「こんにちは~……」
私とみひろ、伊織さんが『古銭買取店 エーちゃん』のスチール扉を開けると、相変わらずカウンター奥の作業スペースで、バッグを修理してるエーちゃんの姿が目に入る。
店の中にはお祖母ちゃんはもちろん、他のお客さんは誰もいない。
「エーちゃん、久しぶり!」
「おう、待ってたぜ」
いつもと変わらない様子のエーちゃんは、直したバッグを『完了』箱に放り入れると、いそいそとカウンターから出てくる。
「商談スペースは一人しか座れないからな。そっちのテーブルを使ってくれ」
そう言って待合席を顎で指しながら、エーちゃんはいつものタブレットを操作する。
扉に自動でロックがかかり窓がしゃかしゃか閉まっていくと、伊織さんがにわかに慌てだした。
「どうして鍵を閉める!」
「そうだよエーちゃん。まだお祖母ちゃん、来てないんでしょ?」
電気ポットでお茶を淹れるエーちゃんは、伊織さんの大声もなんのその、飄々としている。
肩を震わせ「けけっ」と変な引き笑いを披露すると、吐き捨てるように返事した。
「あの婆さんが、扉が閉まってるだけで引き返したりするものか。到着すれば俺の携帯に連絡が入る。そしたらロックを解除すればいい」
「エーちゃんって、昔からお祖母ちゃんの事知ってたの?」
「ああ」
「だったら……私がお祖母ちゃんの孫だって事も、知ってたの?」
「詳しい事は、婆さんが来てから話してやる。それより藍海、茶ぁ運ぶの手伝え。ああ、葉室家のお二方はそのまま、どうぞごゆるりと」
エーちゃんは、腰を上げかけた伊織さんに手のひらを翳して制した。代わりに私が席を立ち、エーちゃんからお盆を受け取ると、お茶碗を四つテーブルに運ぶ。
その際、エーちゃんの顔をちらりと窺うも、いつもと表情は変わらない。
頬こけた小顔と皺の集まる目尻、裏街道の商売人らしい荒れた口調は粗暴な印象を与えるけど、私に向ける眼差しはいつも優しい。
それも私が、スリお祖母ちゃんの孫だから? だから盗品と知りつつ取引してくれたの?
「ありがとうございます、いただきます」
緑茶を振る舞われたみひろは、エーちゃんに礼を言ってから茶碗に手を添える。
伊織さんも、完全に警戒心を解くまでいかないものの、みひろより先にお茶を飲んだ。
みひろはゆっくり緑茶を味わってから、エーちゃんに話し掛ける。
「その節は大変助かりました。あの写真がきっかけで、藍海が私たちの仲間になってくれました」
「いやいや。こちらこそ言い値で買い取ってもらったわけで、いい商売でした。さすがは葉室財閥のお嬢様、太っ腹でいらっしゃる」
そういえばそんな事もあった。思い出したら、ちょっとムカっ腹が立ってくる。
「そういやエーちゃん。よくも私に断りもなく、コインの写真を売ってくれたよね? もう信じらんない」
「別に現物のコインを売ったわけじゃないんだから、いいだろう? 元を正せば、尾行に気づかずウチの店まで二人を案内した、藍海が悪い」
「うっ、それを言われると……」
「それに、あの時言ったろ? 『コインが持ち主の元に戻りたがってる』って。どうだ。百年続いた古銭商の勘も、バカにできないって分かったろ」
「それはそうかもしんないけど!」
「あら」
いつもの調子でエーちゃんと軽口叩き合ってると、みひろが会話に入ってくる。
「エーちゃんさんは、百年続いた古銭商の店主になって、何年目なのでしょう?」
「そうだな、ひぃふぅみぃ……」
指折り数えてみるものの、エーちゃんは途中で諦めたようにパッと両手を広げた。
「もう長い事やってるからな。いちいち覚えちゃいねぇよ」
「なら私が、お答えしましょうか?」
その一言で、場の空気が凍り付く。
みひろはいつものように人差し指を立て、踊るように左右に振って推理を披露する。
「あなたがここの店主になったのは、おそらく十年ほど前。百年続く古銭商の権利を、先代店主から購入されたのではないでしょうか? 有海、春子さん」
みひろはエーちゃんの目をじっと見つめて、その反応をつぶさに観察している。
当の本人は、やれやれといった具合で軽く肩を竦めてみせた。
「俺が婆さんの、変装だとでも言うのかい?」
「スリの名人が変装の名人であっても、なんら不思議ではありません。藍海と同じく、
エーちゃんはオジサンらしく「はんっ!」と鼻で笑った。
その仕草はとてもお婆さんとは思えない、男の人の仕草。
「そういえば葉室のお嬢さんは、氏立探偵だって言ってましたな。探偵さんなら、憶測だけでモノを語らないで頂きたい。せめて法務局に行って、ウチの登記事項証明書を確認するくらいしてもらわないと」
「いいえ。そんな事をしても無駄足になるのは分かっています」
エーちゃんの指摘も、みひろは平然と跳ね除ける。
「なぜなら登記上は何十年も前から、エーちゃんさんの名前になってるでしょうから」
「うん? じゃあなんで俺が、本当は婆さんじゃないかって言い出したんだ?」
「例えば、こういうシナリオはいかがでしょう?」