目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
4-07 電話

 翌日の昼休み。

 保健室に集まった私たちは、春子お祖母ちゃんに電話をかける事にした。

 もちろん電話をするのは私。みひろと伊織さんは、スマホに接続された機械のイヤホンを、片方ずつ耳に付け聞いている。

 震える手で伊織さんがメモした番号をタップすると、何度目かのコールの後、電話はあっさり繋がった。


「もしもし?」


 皺がれた老人の声。私は緊張でカラカラになった喉から、なんとか声を捻り出す。


「もしもし。あの、突然のお電話すみません。私、有海藍海です」

「あぁ、藍海ちゃんかい? どうしたんだい、突然」

「あの、実は大事な話があって。ママが……有海真知子が行方不明になってるって、知ってますか?」

「え? ああ、随分前に警察の人が訪ねてきてね、色々聞いてきたんで知ってるよ。もちろん私にも心当たりなかったから、知らないと答えはしたが」

「実は今日お電話したのは、ママの行方について、お話したい事があるからです」

「どんな話だい?」

「あの……もし良かったら、直接会ってお話したいんですけど」

「そりゃ私は構わないけど、藍海ちゃんのお母さんは嫌がるかもしれないよ」

「……どうしてママは、私とお祖母ちゃんを会わせないようにしてたんですか?」

「そりゃあイヤだろうさ。天賦の才ギフテッドの右手を持つ自分の娘が、自分の親のようなスリになっちゃうのはね」


 やっぱり……ママが私とお祖母ちゃんを会わせないようにしてたのは、そのため。

 でも、今はもうそんな事言ってられない。


「お祖母ちゃんと会わなかったけど、私、スリになっちゃいました。住所を教えてもらえるなら、すぐそちらに出向きます。もし外の方がいいなら、車でお迎えに行く事もできると思います」


 少し間をおいて「いひっひっひ」と、魔女のような含み笑いが聞こえてくる。


「藍海ちゃん……今あんたの後ろに、葉室財閥の人がいるね」

「えっ?」

「ゴスロリ趣味のお嬢様と、男装執事の二人だろう。この会話も、息を潜めて聴いているんじゃないのかい?」


 背筋を冷たい汗が伝う。なんでそんな事まで分かるの……。

 どう答えればいいのか分からず、助けを求めるようにみひろを見ると、彼女は小さく頷いた。

 伊織さんが手元のスイッチを操作すると、みひろは穏やかな口調で話し出す。


「初めまして、有海春子さん。私は葉室財閥当主・葉室久右衛門の孫娘、葉室みひろと申します。盗み聞きするような真似をして、申し訳ございませんでした」

「あら、こちらこそ初めまして。もう少ししらばっくれるかと思ってたけど、案外早く出てきてくれて助かるよ」

「私と助手が裏で聞いていると見抜いたのは、私たちの事をよく知ってらっしゃるからでしょうか?」

「よくは知らないさ。ただ、万智子の家を一晩でリフォームしたり、付近を葉室警備の連中がうろうろしてる事は、あんたんとこのご近所さんなら誰でも知ってるよ」

「なるほど。それはなんとも、お騒がせして申し訳ございません」


 もしかしてお祖母ちゃん、ママの失踪を気にかけていて、陰ながら私を見守っててくれていた?

 だから、ウチの近所の様子も知っている?

 家の合鍵だって、私と直接会うとママに怒られるから、保護者候補の叔父さんに渡したのかもしれない。


「是非おばあ様を、新しい有海邸にご招待させて頂きたいのですが、いかがでしょう?」


 みひろの誘いに、老婆は電話の向こうでせせら笑う。


「せっかくのお誘いだが、ホームツアーは別の機会にさせてもらうよ。藍海、聞いてるかい?」

「え、あっ、はい」

「学校終わった放課後、駅前商店街のエーちゃんの店に、何時頃来れるかい?」

「あ、えーと……」


 私は伊織さんに目線を送った。

 彼女が取り出したノートには『合気庵のバイトは、葉室家の者がヘルプで入ります』と書かれている。


「十六時半くらいには行けると思うけど……お祖母ちゃん、なんでエーちゃんのお店なんて知ってるの?」

「何いってんだい。あたしゃ、あんたが生まれる前からの常連だよ」

「あ……え? もしかして」


 お祖母ちゃんは豪快に笑い飛ばす。


「ひひっ! 黙って盗品買い取ってくれる店を、スリの私が知らないわけないだろう? 葉室のお嬢さんも助手の人も、古銭商の場所は知ってるね? 今日の十六時半に待ち合わせ、いいね?」

「はい、必ずお伺いします」

「結構。それじゃあよろしくね」


 電話はそこで切られてしまった。


「お祖母ちゃん……私たちの事、どこまで知ってるんだろう?」

「さぁ……少しお話ししただけでも、只者ならぬ雰囲気は感じ取れましたし……。とにかくこれで、お会いする事ができます。ジルコの件をどう伝えるかも含めて、少し作戦を練っておく必要がありますね」


 いつになく真剣な表情のみひろ。お祖母ちゃんが只者でない事は、今の電話でも嫌というほど分かる。

 私と伊織さんは小さく頷くと、その場でお祖母ちゃん篭絡作戦の会議が始まった。


* * *


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?