翌日の昼休み。
保健室に集まった私たちは、春子お祖母ちゃんに電話をかける事にした。
もちろん電話をするのは私。みひろと伊織さんは、スマホに接続された機械のイヤホンを、片方ずつ耳に付け聞いている。
震える手で伊織さんがメモした番号をタップすると、何度目かのコールの後、電話はあっさり繋がった。
「もしもし?」
皺がれた老人の声。私は緊張でカラカラになった喉から、なんとか声を捻り出す。
「もしもし。あの、突然のお電話すみません。私、有海藍海です」
「あぁ、藍海ちゃんかい? どうしたんだい、突然」
「あの、実は大事な話があって。ママが……有海真知子が行方不明になってるって、知ってますか?」
「え? ああ、随分前に警察の人が訪ねてきてね、色々聞いてきたんで知ってるよ。もちろん私にも心当たりなかったから、知らないと答えはしたが」
「実は今日お電話したのは、ママの行方について、お話したい事があるからです」
「どんな話だい?」
「あの……もし良かったら、直接会ってお話したいんですけど」
「そりゃ私は構わないけど、藍海ちゃんのお母さんは嫌がるかもしれないよ」
「……どうしてママは、私とお祖母ちゃんを会わせないようにしてたんですか?」
「そりゃあイヤだろうさ。
やっぱり……ママが私とお祖母ちゃんを会わせないようにしてたのは、そのため。
でも、今はもうそんな事言ってられない。
「お祖母ちゃんと会わなかったけど、私、スリになっちゃいました。住所を教えてもらえるなら、すぐそちらに出向きます。もし外の方がいいなら、車でお迎えに行く事もできると思います」
少し間をおいて「いひっひっひ」と、魔女のような含み笑いが聞こえてくる。
「藍海ちゃん……今あんたの後ろに、葉室財閥の人がいるね」
「えっ?」
「ゴスロリ趣味のお嬢様と、男装執事の二人だろう。この会話も、息を潜めて聴いているんじゃないのかい?」
背筋を冷たい汗が伝う。なんでそんな事まで分かるの……。
どう答えればいいのか分からず、助けを求めるようにみひろを見ると、彼女は小さく頷いた。
伊織さんが手元のスイッチを操作すると、みひろは穏やかな口調で話し出す。
「初めまして、有海春子さん。私は葉室財閥当主・葉室久右衛門の孫娘、葉室みひろと申します。盗み聞きするような真似をして、申し訳ございませんでした」
「あら、こちらこそ初めまして。もう少ししらばっくれるかと思ってたけど、案外早く出てきてくれて助かるよ」
「私と助手が裏で聞いていると見抜いたのは、私たちの事をよく知ってらっしゃるからでしょうか?」
「よくは知らないさ。ただ、万智子の家を一晩でリフォームしたり、付近を葉室警備の連中がうろうろしてる事は、あんたんとこのご近所さんなら誰でも知ってるよ」
「なるほど。それはなんとも、お騒がせして申し訳ございません」
もしかしてお祖母ちゃん、ママの失踪を気にかけていて、陰ながら私を見守っててくれていた?
だから、ウチの近所の様子も知っている?
家の合鍵だって、私と直接会うとママに怒られるから、保護者候補の叔父さんに渡したのかもしれない。
「是非おばあ様を、新しい有海邸にご招待させて頂きたいのですが、いかがでしょう?」
みひろの誘いに、老婆は電話の向こうでせせら笑う。
「せっかくのお誘いだが、ホームツアーは別の機会にさせてもらうよ。藍海、聞いてるかい?」
「え、あっ、はい」
「学校終わった放課後、駅前商店街のエーちゃんの店に、何時頃来れるかい?」
「あ、えーと……」
私は伊織さんに目線を送った。
彼女が取り出したノートには『合気庵のバイトは、葉室家の者がヘルプで入ります』と書かれている。
「十六時半くらいには行けると思うけど……お祖母ちゃん、なんでエーちゃんのお店なんて知ってるの?」
「何いってんだい。あたしゃ、あんたが生まれる前からの常連だよ」
「あ……え? もしかして」
お祖母ちゃんは豪快に笑い飛ばす。
「ひひっ! 黙って盗品買い取ってくれる店を、スリの私が知らないわけないだろう? 葉室のお嬢さんも助手の人も、古銭商の場所は知ってるね? 今日の十六時半に待ち合わせ、いいね?」
「はい、必ずお伺いします」
「結構。それじゃあよろしくね」
電話はそこで切られてしまった。
「お祖母ちゃん……私たちの事、どこまで知ってるんだろう?」
「さぁ……少しお話ししただけでも、只者ならぬ雰囲気は感じ取れましたし……。とにかくこれで、お会いする事ができます。ジルコの件をどう伝えるかも含めて、少し作戦を練っておく必要がありますね」
いつになく真剣な表情のみひろ。お祖母ちゃんが只者でない事は、今の電話でも嫌というほど分かる。
私と伊織さんは小さく頷くと、その場でお祖母ちゃん篭絡作戦の会議が始まった。
* * *