みひろに続き、私も一階通路奥に向かう。
通路の壁には十八個ずつ、計三十六個のコインロッカーが
「ねぇ、090の謎ってなんだったの?」
「単純な言葉遊びですよ。090って『おくまる』とも読めませんか?」
「えっ……ええっ!?」
そりゃ確かに、ここのコインロッカーは奥まった場所にあるけど……。
「続く番号、『7432-7415』も、このロッカーの配置をみれば分かります。左側のロッカーは17番~36番、右側のロッカーは01~16番になっています。74は『なし』という意味でしょう」
「てことは……『ジルコTOKYO』のコインロッカー、32番と15番を調べろって事?」
「その通りです……ほら、あった。天井にガムテープが張り付いてます」
みひろはコインロッカー32番に手を突っ込んで、天板のガムテープを剥がした。ぺりぺり剥けたテープの裏には、プラスチック製のカードが貼り付いている。テープを剥がすとカードの裏面に、070から始まる携帯電話番号が書かれていた。
なるほど……ロッカーの入口は庫内より少し狭くなってるから、普通に覗いただけでは天井手前は死角になる。この隠し方なら荷物を預けたお客さんも、集金に来たロッカー管理人にも、気付かれる事はないだろう。
同じようにコインロッカー15番の天板にも、ガムテープが張られていた。剥がしてみると、こちらは薄いスマートフォンが張り付いていた。スマホの電源を入れると初期化直後だったみたいで、初期設定画面が表示された。
とりあえずカードとスマホを手に車に戻ると、初期設定を終わらせる。スマホはスピーカーモードにして、カード記載の電話番号にかけてみる。数回のコール音の後、電話はあっけなく繋がった。
「もしもし」
聞き覚えのある男の声。私たち三人に緊張が走る。
「もしもし、私は有海藍海。あなたの事は……ジルコと呼べばいいのかしら?」
* * *
「ああ、それで構わない。それにしても、ロッカーに辿り着くまで一ヶ月もかかるとは……。いい加減、他の方法を考えてたところだ。どうやら葉室財閥の探偵さんは、謎解きがあまり得意ではないようだな」
みひろは黙ったまま。私が会話を繋げていく。
「待つのがイヤなら、なんでこんな回りくどいやり方したの? 最初からこの電話番号を書いておけばよかったじゃない」
「俺は葉室財閥に用はねえ。奴らを排除した上で、あんたらと話がしたかっただけだ。天才スリ師の有海藍海に、葉室財閥の氏立探偵・葉室みひろ。そしてその専属近侍・井ノ原伊織……そこにいるのは、お前ら三人だけだろう?」
どこまで情報が筒抜けなのか……認めていいのかどうか迷ってると、ここまで黙ってたみひろが、私に代わって話し出す。
「初めましてジルコさん。葉室みひろです。この場に私たち三人しかいないと断言されてますけど、どこかから私たちを監視してるのですか?」
「お、ようやく喋る気になったか、氏立探偵。てっきり外部の人間とは口を利かないのかと思ったぜ」
「葉室家専属の氏立探偵とはいえ、内弁慶で探偵は務まりません」
「なら、世間知らずな探偵さんに教えてやる。きょうび東京は、あらゆる場所に監視カメラが仕掛けられてる。そのほとんどが素人設置の甘々セキュリティで、よく海外のテロ組織に利用されてるんだ。日本が、世界屈指のスパイ天国と言われる
「あのコインロッカーも、ライブハウスの方が設置した監視カメラが仕掛けられていて……あなたはその映像を見てたわけですね」
背筋にぞわっと悪寒が走る。
人の目なんて気にせずどこでも銃ぶっぱなすアマルガムが、都内の監視カメラをハッキングして、私たちの動向を探ってただなんて……。
アマルガムは、ただの力任せな武装組織じゃない。抜け目なく情報を集め、徐々に日本に適応し始めてる。
「そんな事より本題だ。有海藍海、よく聞け。俺はお前の失踪した母親、有海万智子の居場所を知っている」
「え!?」
「会わせてほしかったらお前の祖母――有海春子の居場所を教えろ」
は? なんでジルコが私のママや、お祖母ちゃんの名前まで知ってんの!?
みひろと伊織さんが、じっと私を見つめてくる。私は小さくかぶりを振ると、スマホに向かってがなり立てた。
「あなた、初めて会った時に私の事、『ババアから散々聞かされた』って言ってたよね? あれって、私のお祖母ちゃんの事なの?」
「そうだ。お前もババアの事はよく知ってんだろ?」
「知らないわよ! 有海のお祖母ちゃんなんて、物心ついた頃から一度も会ってないんだからっ!」
「……本当か?」
「本当よ。父方の親戚は何人か会った事あるけど、母方はほとんどない。写真ですら見た事ないから顔も知らない」
「有海春子っていう名前に、聞き覚えは?」
「ないわよ。でも母方にお祖母ちゃんがいるって話は、どこかで聞いて知ってたわ」
「そうか……そういう事だったのか」
不意に沈黙が訪れ、私は不安になってくる。
このまま通話を切られかねない……私は大慌てでスマホに話しかけた。
「それより! ママの居場所を知ってるって言ったよね? なんであんたが知ってんのよ!?」
「……」
「答えなさい!」
「さあ……どうだったかな。俺、そんな事言ったっけ?」
頭から、さーっと血の気が引いていく。
しまった。私が馬鹿正直に、お祖母ちゃんなんて知らないとか言ったから……コイツ、私達と交渉する気、なくなっちゃったかもしれない!
「私なら、有海春子さんの居場所を突き止める事ができます」
私が焦っていると、隣のみひろが会話を繋いでくれた。
「ほう……どうやって?」
「葉室財閥のコネクションを使って」
「はっ! あの能無し共が役に立つとは思えないがな」
「人探しは、日本全国を網羅する広範なコネクションが必要です。とはいえ、ある程度推理で範囲を絞っておかないと、効率的な調査ができません。私ならある程度絞り込めますので、近日中に見つける事が可能です」
「……」
ジルコは再び黙り込んだ。
今度は通話が切られる事よりも、みひろのハッタリの方が心配になってくる。
孫の私すら顔も知らないお祖母ちゃんを、どうやって見つけだすっていうの?
そもそも葉室財閥の探索班は、ジルコが知ってると言うママの居場所さえ、見つけられてないっていうのに。
「分かった。通話が終わったらスマホの電源を切れ。次に電源を付ける時は、有海春子が見つかった時だ。同じスマホで電話をかけてこい」
「待ってください! 依頼人からノーヒントじゃ、推理できるものもできません。せめてあなたが知ってる春子さんの情報を、話せる範囲で教えて下さい」
スマホの向こうで、小さく「ちっ」と舌打ちが聞こえた。
「あなたが個人的な理由で、春子さんを探している事は分かっています。そしてあなたは、藍海がその居場所を知ってると確信していた。どうしてそう思ったんですか?」
「……人探しならまず、家族に所在を聞くのは当たり前だろ?」
「いいえ。あなたは有海万智子さんの居場所を知ってると言いました。お婆さんを探すなら、孫より娘に聞いた方が知ってる可能性が高いに決まってます。もし万智子さんが知っていれば、こうして私達と電話で話す事もなかったでしょう。もし彼女が知らないなら、その娘である藍海が知ってる可能性は更に低くなるはずです。それでもあなたは、『お前も、ババアの事はよく知ってんだろ?』と言いました。藍海なら知ってて当然、よく会ってたんだろと言わんばかり……これでは筋が通りません」
「……さすが、葉室財閥の氏立探偵。世間知らずでも、頭は回るみたいだな」
「褒め言葉として、受け取っておきます」
さすみひろ。コインや知識に頼らずとも、この手の論理的思考はズバ抜けてる。
電話の向こうで、ジルコはひとつ息を吐く。
「いいだろう。有海春子について教えてやる。その代わり、ババアの居場所は必ず突き止めてもらうからな」
* * *