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3-16 二人の距離

「はぁ~、やーっと帰ってきたああ! やっぱり我が家が一番落ち着く~!」

「ワンピースでそれは……皺になっちゃいますよ、藍海さん」


 革のソファーでごろごろ寝転ぶ私を見て、みひろは眉をへちょんと下げ、たしなめてくる。


「いいじゃん、どうせみひろしか見てないんだし。この服だって、明日には回収されちゃうし」


 私とみひろはお揃いの、葉室財閥ご用達純白無菌ワンピースを着ていた。

 そう、私たちは無事確保した二枚目のコイン<タクトシュトック>を、八雲さんに預けてきたところだ。

 回収報告を終え、着替えて帰るのも面倒くさかったので、そのまま家まで送ってもらったのだ。

 ちなみに伊織さんは残務処理のため、今夜はお屋敷に泊る事になった。『助手の助手は不要です』と言われてしまっては返す言葉もなく、私とみひろだけおうちに帰る事になった。

 伊織さん、私たち以上に活躍してくれたのに……、ホント頭が上がらない。


「はぁ……しょうがないですね。じゃあ私も失礼して」


 寝っ転がる私の頭を持ち上げると、みひろはお尻を滑り込ませた。

 思いがけず膝枕される事になった私は、見上げる連峰谷間越し、みひろの笑顔に頬が熱くなる。


「さすがにこれは、恥ずかしいよ」

「大活躍だった藍海さんには、ご褒美が必要ですから」

「それを言うなら、みひろも大活躍だったじゃん。やっぱ探偵の推理力ってすごいね~」

「藍海さんのスリの方が、もっとすごかったですよ」

「じゃあ私たち――スリJKと推理令嬢は、どっちもすごいって事で!」

「はい」


 みひろは紫目を細めて、下ろした髪を優しく梳いてくれる。

 冷たい指が心地よく、私は自然と目を瞑った。


 結局タクトシュトックのコインは、葉室財閥が預かる事になった。

 その見返りとして、葉室工業は夏美さんとスポンサー契約を結び、秋人さんも新チーム加入が決定した。

 レースでコインを使う事は当然禁止になったけど、葉室研究所の実験協力という名目で、練習ではコインを着けてバイクに乗る事が許された。もちろんコースは、葉室研究所が用意する専用コースになるけれど。

 偽造天賦コインドの走りを手本に、コインなしの状態でも同じように走る事ができれば、結果は自ずとついてくる。夏美さんは秋人さんと二人三脚で、本気で世界を獲りにいく。


 岡島家の父・春彦さんは、案の定アマルガムの甘言でいいように踊らされていた。

 海外レースチームに岡島兄妹を加入させ、MOTO GPに参戦しようと、ジルコが持ちかけてきたようだった。偽造書類と巧みな話術ですっかり信じてこんでしまった春彦さんは、トラックから蹴落とされるまで、自分が騙されてるとは思わなかったらしい。

 どうやらジルコは、武装派集団アマルガムの中でも珍しい、権謀術数めぐらすタイプのようだ。

 そして……私と同じかそれ以上のスリ師である事も、間違いない。


 そのジルコから、私のスマホに連絡はない。

 葉室財閥から登録された電話番号にかけてみたが繋がらず。番号自体、現在使われていないものと判明した。

 去り際、東京で待ってるぜとか言ってたけど、そんなの範囲広すぎてこっちから探しようもない。

 話し合いでコイン争奪戦を回避できればそれが一番いいんだけど……こちらから連絡が取れない以上、向こうの連絡を待つ以外どうしようもない。

 じゃあなんで……私のスマホをスってまで、ジルコは携帯番号を登録したのか。

 私の事、ババアに聞かされたとかなんとか言ってたから、ママじゃないだろうし……何か因縁めいたものを感じるけど、心当たりは全くない。

 ただ確実に言える事は、今後アマルガムはコレクタを殺して奪うのではなく、人知れずコインをスる方向にシフトしていくだろうって事。いちいち戦闘ヘリとか飛ばしてたら、目立ってしょうがないもんね。

 そうなれば、どっちが先にスるかの勝負になるわけで……私はジルコに勝てるのだろうか?


「あいみさぁん? どうしたんですか? 怖い顔しちゃって」

「うっ、そんな顔だった? ごめん、ちょっと考え事してただけ」

「アマルガムの、ジルコさんについてですか?」

「うん」


 みひろは頬を優しく撫でてから、私のほっぺをつねってきた。


「うひぃっ!? なにひてんの?」

「うふふっ、心配いりませんよ。ジルコさんはおそらく、触覚のコイン<ミダスタッチ>のコレクタです。蒐集家コレクタは、天賦の才ギフテッドには適いません」

「なんでそんな事分かるの!?」

「彼は、指抜きグローブを付けていたんですよね? 手の動きが生命線のスリ師がそんなもの、好んで付けるでしょうか?」

「確かに……」


 私はグローブどころか、指輪やネイル、腕時計だって付けたくない派だ。

 裸の手であるからこそ、いつもと同じ動きができる。手に感じる違和感は極力排除したい。


「であれば、彼がグローブをしていた理由はひとつ。その下に、コインが貼り付いているからです」


 私は上半身を起こすと、みひろに抱きついた。


「ありがとみひろ! だったらジルコのコインをスっちゃえば、私が勝つって事だ!」

「ふふっ、どういたしまして。それで、あの、藍海さん……」

「なに?」


 身体を離すと、みひろは頬を染め、もじもじと身体をくねらせてる。


「私も、その、藍海さんの事……」

「みひろ?」

「はうっ……ですから、あの」

「どうしたのみひろ? 顔真っ赤だよみひろ? アイス食べるみひろ?」

「で~す~か~ら~!」


 ぽかぽかパンチを放つみひろ。私はその手を掴み、軽く引っ張り抱き寄せる。

 そして、真っ赤になってる耳に優しく囁く。


「ん。いいよ、聞かせて?」


 びくっと身体を震わせたみひろは、私の真似して、おずおずと耳元に口寄せる。


「これからも、よろしくお願いしますね……藍海」


* * *



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