春彦さんが言ってた通り、トラックはジムカーナの駐車場に停まっていた。
トラックの外では、秋人さんが三人から殴る蹴るの暴行を受け、その横で夏美さんが泣き叫んでいる。
バイクで近づくと三人は暴行を止め、怯える夏美さんに武骨な銃口を突き付けた。
私はバイクから降り、ポケットから<タクトシュトック>のコインを取り出す。
「コインは私が持ってるわ。その二人と交換なら、渡してもいい!」
殺気立つ目出し帽の二人を英語で制し、一人だけ素顔を晒した男が前に出る。
二十代後半くらいの、痩せぎすの男。堀の深い顔と、見上げるほどの長身……日本人とどこかのハーフ?
男は指抜きグローブの手に何も持っていないが、シャツとジーンズの隙間に拳銃を差し込んでいた。
「君が、あれか。有原藍海か」
ハーフ男は、流暢な日本語で話しかけてくる。
「そうよ。それが何か?」
「そうツンツンしないでくれ。君と少し話がしたい」
「はあ?」
男は銃を構えている伊織さんに向かって両手を挙げると、特に怖がりもせずこっちに近付いてくる。
まぁ……近付いてくる分には、願ったり叶ったり。
腰の拳銃さえスリ取っちゃえば、後はかったいアスファルトに投げちゃえばいいんだから。
後ろの外人二人も、伊織さんがいればなんとかなるはず。
「どうして私の事を知ってるの? どこかで会ったかしら?」
「会った事はないさ。だが君の事はよーく知ってる。ババアに散々聞かされたからな」
「ばばあ?」
ハーフ男は、私の目の前で立ち止まった。
身長差がある分、手を伸ばせば腰の拳銃もスリ取れる距離。
私は左手にコインを握りしめ、男の腰に右手を伸ばし拳銃を奪った。
なのに――っ!?
「なっ……!?」
拳銃と引き換えに、男の指先にコインがきらきら輝いていた。
私がスった瞬間に……こいつも私からスリ取った!?
「ちょっ! 何するのよ、返しなさいっ!」
「おいおい。スリがスリに返せはないだろ?」
慣れない手つきで銃を構えるも、どうせ撃てるわけがないと、ちっとも怖がってくれない。
代わりに伊織さんが発砲するも、ハーフ男はアクロバティックな動きでそれを回避する。
私は拳銃を放り投げ、男との距離を一気に詰めて右手を取った。そのまま小手返しで、思いっきり地面に投げつける。
「んがっ!」
その拍子に、男が持ってたコインが地面に弾けて……っ!?
「しまっ……!」
「伊織さんっ!」
伊織さんはバイクに飛び乗り、外人アマルガム二人に威嚇射撃しながら夏美さんの元へ。
コインが夏美さんの耳にくっつくと、伊織さんはすぐ傍にバイクを横付けする。
「夏美さん! 秋人さんを乗せて逃げて下さい!」
夏美さんは小さく頷くと、伊織さんと入れ違いでバイクに乗る。
秋人さんがタンデムシートに跨ると、バイクはすぐに逃げだした。
「このっ……!」
関節を極め無力化したはずのハーフ男は、自らの身体を地面スレスレで回転させ、器用に技を抜けてしまう。
一旦距離を取って相手の攻撃に備えると、男はゆらり立ち上がった。
「やるじゃねぇか。肩が外れるかと思ったぜ……」
「次は腕一本、へし折ってあげましょうか?」
「は~、最近の女子高生は勇ましいねぇ」
ハーフ男はダッシュで一気に距離を詰め――私の眼前にスマホを翳す。
なっ、えっ!? と思ってる内に、見覚えのある待ち受け画面が消え……顔認証でスマホのロックを解除した!?
こいつ……さっき技を抜けるついでに、私のスマホをスリ取ったのっ!?
「なんだこりゃ。コンビニスイーツばっかで、えっちな動画どころか男の写真も出てきやしねえ」
目の前で、私のスマホを堂々と覗き見する男を見て、一気に頬が熱くなる。
こいつ……、一体何がしたいのよっ!
「返してよ! この変態!」
「まぁ待てよ。どっかのSNSで裏垢とか、彼氏とエロ写真交換してるかもしんねぇし」
「するわけないでしょ!」
飛び掛かって奪おうとするも、ボクシングのような華麗なステップで躱される。
ちょっ……一体なんなのコイツ! なんでこの私が、スリ返す事もできないわけっ!?
ハーフ男を追い駆けまわしてる間に、アマルガムの仲間の車がやってきた。
伊織さんと銃撃戦を繰り広げていた二人は撤退し、車に乗り込む。
「ほらよ、返してやる。東京で待ってるぜ」
ハーフ男はいきなり私のスマホを放り投げた。ちょっ! どこ投げてんのよ!
微妙に遠くに飛ばされたスマホを追い駆け、決死のダイビングキャッチ。なんとか落ちる前に確保したが……その間にハーフ男は迎えに来た車に乗り込み、逃げられてしまう。
「藍海さん! 大丈夫でしたか? お怪我は?」
そこに葉室警備の車もやってきて、みひろは降りるなり私に駆け寄り抱きついた。
「藍海さん!」
「みひろ……」
「大丈夫ですか? どこか怪我したりしてませんか? 逃げて来た夏美さんから銃撃戦になってるって聞いて……もう心臓飛び出すんじゃないかってくらい心配しました……」
「あはは、大丈夫だって。どこも怪我してないよ、ありがと」
「良かったです……あの、それは?」
みひろは身体を離すと、手の中のスマホに視線を落とす。
「あぁ。なんかよく分かんないけど、ハーフ男に絡まれて……って、えっ!?」
スマホには、アドレス帳アプリが立ち上がっていて。
黒い画面に白字で携帯電話の番号『090-7432-7415』と、名前欄にたった三文字――『ジルコ』と記載されていた。
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