目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
3-15 スリVSスリ

 春彦さんが言ってた通り、トラックはジムカーナの駐車場に停まっていた。

 トラックの外では、秋人さんが三人から殴る蹴るの暴行を受け、その横で夏美さんが泣き叫んでいる。

 バイクで近づくと三人は暴行を止め、怯える夏美さんに武骨な銃口を突き付けた。

 私はバイクから降り、ポケットから<タクトシュトック>のコインを取り出す。


「コインは私が持ってるわ。その二人と交換なら、渡してもいい!」


 殺気立つ目出し帽の二人を英語で制し、一人だけ素顔を晒した男が前に出る。

 二十代後半くらいの、痩せぎすの男。堀の深い顔と、見上げるほどの長身……日本人とどこかのハーフ?

 男は指抜きグローブの手に何も持っていないが、シャツとジーンズの隙間に拳銃を差し込んでいた。


「君が、あれか。有原藍海か」


 ハーフ男は、流暢な日本語で話しかけてくる。


「そうよ。それが何か?」

「そうツンツンしないでくれ。君と少し話がしたい」

「はあ?」


 男は銃を構えている伊織さんに向かって両手を挙げると、特に怖がりもせずこっちに近付いてくる。

 まぁ……近付いてくる分には、願ったり叶ったり。

 腰の拳銃さえスリ取っちゃえば、後はかったいアスファルトに投げちゃえばいいんだから。

 後ろの外人二人も、伊織さんがいればなんとかなるはず。


「どうして私の事を知ってるの? どこかで会ったかしら?」

「会った事はないさ。だが君の事はよーく知ってる。ババアに散々聞かされたからな」

「ばばあ?」


 ハーフ男は、私の目の前で立ち止まった。

 身長差がある分、手を伸ばせば腰の拳銃もスリ取れる距離。

 私は左手にコインを握りしめ、男の腰に右手を伸ばし拳銃を奪った。

 なのに――っ!?


「なっ……!?」


 拳銃と引き換えに、男の指先にコインがきらきら輝いていた。

 私がスった瞬間に……こいつも私からスリ取った!?


「ちょっ! 何するのよ、返しなさいっ!」

「おいおい。スリがスリに返せはないだろ?」


 慣れない手つきで銃を構えるも、どうせ撃てるわけがないと、ちっとも怖がってくれない。

 代わりに伊織さんが発砲するも、ハーフ男はアクロバティックな動きでそれを回避する。

 私は拳銃を放り投げ、男との距離を一気に詰めて右手を取った。そのまま小手返しで、思いっきり地面に投げつける。


「んがっ!」


 その拍子に、男が持ってたコインが地面に弾けて……っ!?


「しまっ……!」

「伊織さんっ!」


 伊織さんはバイクに飛び乗り、外人アマルガム二人に威嚇射撃しながら夏美さんの元へ。

 コインが夏美さんの耳にくっつくと、伊織さんはすぐ傍にバイクを横付けする。


「夏美さん! 秋人さんを乗せて逃げて下さい!」


 夏美さんは小さく頷くと、伊織さんと入れ違いでバイクに乗る。

 秋人さんがタンデムシートに跨ると、バイクはすぐに逃げだした。


「このっ……!」


 関節を極め無力化したはずのハーフ男は、自らの身体を地面スレスレで回転させ、器用に技を抜けてしまう。

 一旦距離を取って相手の攻撃に備えると、男はゆらり立ち上がった。


「やるじゃねぇか。肩が外れるかと思ったぜ……」

「次は腕一本、へし折ってあげましょうか?」

「は~、最近の女子高生は勇ましいねぇ」


 ハーフ男はダッシュで一気に距離を詰め――私の眼前にスマホを翳す。

 なっ、えっ!? と思ってる内に、見覚えのある待ち受け画面が消え……顔認証でスマホのロックを解除した!?

 こいつ……さっき技を抜けるついでに、私のスマホをスリ取ったのっ!?


「なんだこりゃ。コンビニスイーツばっかで、えっちな動画どころか男の写真も出てきやしねえ」


 目の前で、私のスマホを堂々と覗き見する男を見て、一気に頬が熱くなる。

 こいつ……、一体何がしたいのよっ!


「返してよ! この変態!」

「まぁ待てよ。どっかのSNSで裏垢とか、彼氏とエロ写真交換してるかもしんねぇし」

「するわけないでしょ!」


 飛び掛かって奪おうとするも、ボクシングのような華麗なステップで躱される。

 ちょっ……一体なんなのコイツ! なんでこの私が、スリ返す事もできないわけっ!?

 ハーフ男を追い駆けまわしてる間に、アマルガムの仲間の車がやってきた。

 伊織さんと銃撃戦を繰り広げていた二人は撤退し、車に乗り込む。


「ほらよ、返してやる。東京で待ってるぜ」


 ハーフ男はいきなり私のスマホを放り投げた。ちょっ! どこ投げてんのよ!

 微妙に遠くに飛ばされたスマホを追い駆け、決死のダイビングキャッチ。なんとか落ちる前に確保したが……その間にハーフ男は迎えに来た車に乗り込み、逃げられてしまう。


「藍海さん! 大丈夫でしたか? お怪我は?」


 そこに葉室警備の車もやってきて、みひろは降りるなり私に駆け寄り抱きついた。


「藍海さん!」

「みひろ……」

「大丈夫ですか? どこか怪我したりしてませんか? 逃げて来た夏美さんから銃撃戦になってるって聞いて……もう心臓飛び出すんじゃないかってくらい心配しました……」

「あはは、大丈夫だって。どこも怪我してないよ、ありがと」

「良かったです……あの、それは?」


 みひろは身体を離すと、手の中のスマホに視線を落とす。


「あぁ。なんかよく分かんないけど、ハーフ男に絡まれて……って、えっ!?」


 スマホには、アドレス帳アプリが立ち上がっていて。

 黒い画面に白字で携帯電話の番号『090-7432-7415』と、名前欄にたった三文字――『ジルコ』と記載されていた。


* * *


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?