ふわふわショートのボブにナチュラルメイク、タイトなシャツにガーリーなスカートを合わせた夏美さんは、ファッション誌の読モと言われても信じてしまうくらい、おしゃれで可愛い。
対するみひろがアニメキャラみたいな隻眼ゴスロリだけに、見ていて安心感を与えてくれる。
「あの、本日はお招き頂きありがとうございます。こんな立派なお屋敷、初めて入りました……」
夏美さんは椅子に座るなり、おっかなびっくり礼を言う。
分かる、分かるよ夏美さん。こんな現実離れしたお屋敷に呼ばれりゃ、そりゃ萎縮するよね。
でもあなたはまだいい方だよ。六人のメイドによってたかって丸洗いされずに済んだんだから。
「いえいえ。こちらこそご足労頂きありがとうございます。どうぞリラックスして、なんでも思ってる事を話して頂ければと思います」
「はい……その事なんですけど」
夏美さんの主張は彼女の両親、兄とほぼ同意見。
「夏美さんのご意見、確かに拝聴しました。秋人さんの事は前向きに検討したいと思いますので、少しお時間を戴けますか? 軽食をご用意しておりますので、別室でしばらくおくつろぎ下さい」
「分かりました、よろしくお願いします」
夏美さんが一礼して出ていくと、みひろは私たちに振り返った。
「やっぱり夏美さんも、コインは持っていませんでしたね」
「ホントに持ってないのか、バイクに乗る時以外は持ち歩かないようにしてるのか。これじゃわかんないね」
「伊織はどう思う?」
「いくら家族がいると心強いからと言って、ここまで秋人さんの新チーム加入に拘る必要はない気がしてます。応援は応援席ですれば済む話ですし、外国人チームに英語のできない秋人さんが加わる事の方が、よっぽど不安に思うはずですが……」
それは私も思った。
そう考えると『秋人さんがいなくちゃいけない、イコール、秋人さんがコレクタである』の可能性が高くなる。
みひろは私たちの近くまで歩み寄ると、声を落として囁き声になる。
「このままではコインの陰すら見つかりません。私たちも、勝負に出るしかないみたいですね」
「勝負?」
氏立探偵は、左の紫目を光らせる。
「コインを使わざるを得ない状況に追いこんで、その真実を確かめる事にしましょう」
* * *
初秋の風が心地よいサーキットで、二台のバイクがスタートラインのグリッドに並ぶ。
「絶対、負けませんからね!」
私とみひろに堂々宣言すると、夏美さんはヘルメットを被りバイザーと口角を上げ笑った。
自信に満ちたその笑顔は、素人がどんなマシンでこようが負ける気なんてさらさらないと言わんばかり。
夏美さんが跨るマシンは、ホンダNSF250R。総排気量二五〇CCとコンパクトな車体ながら、最高時速二二〇キロを叩き出す最新レーシングマシンだ。J-GP3で最も多く使われているベース車両で、もちろん秋人さんの手によるチューンが施されている。
レース直前、私とみひろは秋人さんのメンテ作業を見学させてもらった。
様々な事前チェック、調整に、オイルやガソリンが注入されるところまでしっかり確認したが、コインを身体に貼り付けてる様子はなかった。
チーム岡島に対するは、我らが男装イケメン執事、氏立探偵助手・井ノ原伊織。
マシンは同じくホンダだが、こちらは市販車のフラッグシップ・スポーツモデル、CBR1000RR-R通称トリプルアール。夏美さんのマシンの約四倍、総排気量一〇〇〇CCを誇るスーパースポーツは、リミッターカットすれば時速三〇〇キロを計測する化物バイクだ。
普通に勝負を挑んでも、プロライダーの夏美さんに勝てっこない。
そのためウチのチームだけ、市販のバイクならなんでもいいというハンデを付けてもらってる。
とはいえ、サーキットの直線は全体の二〇パーセントにも満たない。レースはいかに速くコーナーをクリアするかが重要で、単純なマシンスペック、最高速度で勝敗が決まるわけではない。
「伊織さんどう? いけそう?」
マシンに跨った伊織さんはメットのバイザーを上げ、興奮と緊張がない交ぜになった瞳を見せた。
「マシンのハンデはあっても、素人の私がプロのライダーに勝つのは難しいでしょう。とはいえこんな機会は滅多にないわけですし、負けて元々、全力で挑ませてもらいますよ!」
「はい、頑張ってください!」
この勝負、夏美さんが勝てば秋人さんの新チーム加入が決まり、負ければ夏美さんのみ加入になる事を伝えてある。
伊織さんがどれほどのライダーかはあえて伝えてないし、排気量のハンデもある。
もし夏美さんがコレクタなら絶対コインを使わなければならない状況だ。
それなのに……。
「見える限り、夏美さんの身体にコインは見当たりませんでした……」
いつものゴスロリ黒眼帯に日傘を差したみひろは、夏美さんのマシンの周囲をゆっくり回り、戻ってきた。やっぱりか。
私もヘルメットを被る直前まで夏美さんの顔を見てたけど、金色に輝くコインはどこにもなかった。鼻も、耳も、笑った口の中にも赤い舌があるだけで、コインを付けてない事は明らかだ。
「レース中に何か動きがあるかもしれません。秋人さん含め、引き続き監視をお願いします」
「ええ、分かったわ。伊織も頑張って下さいね」
レース開始時刻が近づくと、私とみひろ始め全てのスタッフがパドックに戻っていく。
夏美さんは家族に軽く手を振ると、バイザーを少しだけ開き意識をシグナルに向ける。
伊織さんはバイザーを完全に閉じ、密閉空間の中ひたすらシグナルを睨んでいる。
もしかして、スタート直前にどこかからコイントスされて飛んでくるかもしれない……そう思って注視するも、今のところコインらしきものは見当たらない。
そうこうしてる内、レッドシグナルがアラームと共にひとつずつ点灯する。
四つのシグナルが全灯した次の瞬間、全てが消えグリーンシグナルが灯った。
それと同時に二台のマシンは爆音を上げ、弾かれたように飛び出していく。
結局コインは影も形もなく、レースがスタートした。