数日後。
みひろは葉室財閥のお屋敷に岡島一家を招待し、個別に意見を聞く事にした。
家族とはいえ、腹を割って話せない事もあるかもしれない。だからこの機会に一人一人面談し、できるだけ全員の要望を叶えたいと申し出たわけだ。
それはもちろん建前で、実際は誰がコインを持ってるか見極めるためだ。
以前のように四人全員で話をしてしまうと、誰かが綻びを見せても家族の誰かがフォローしてしまう。
個別の面談を設定する事によって、その機微を見逃さないようにしたわけだ。
まず最初に部屋に入って来たのは岡島家の父・春彦さん、次いで母・美冬さんだった。
「私と妻はしがない町のバイク屋です。今更最新の技術と知識が必要なレーシングチームで、仕事したいとは思ってない。今だって、夏美のマシンは秋人に任せっきりだ」
「私たち親は、夏美の新チームに参加する気はありません。ただ秋人は、小さい頃から夏美のバイクを全部一人でメンテナンスしてきました。秋人だけは、夏美のチームに加えさせてもらえないでしょうか……」
ご両親はどちらも、自分はいいから秋人さんをチームに入れてくれとお願いしてきた。大分で夏美さんが優勝できたのも、秋人さんのバックアップのおかげだと。
もちろん秋人さん自身も、新チームへの加入を希望した。
「俺は夏美のマシンをずっとメンテしてきた。そりゃ技術的にまだまだ足りないのは分かってる。でも、だからこそ、夏美と一緒に新天地で成長したいんだ」
来る直前までバイク整備をしてたのだろう。つなぎタイプの作業服姿で、黒く汚れた両手を組み、祈るような面持ちで訴えかけてくる。
ゴスロリ衣装のみひろは、今まさに秋人さんを透視しているのだろうか。黙って彼の話を最後まで聞くと、意を決したように口を開く。
「私たちが今オファーしているメンテナンスチームのリーダーは、MOTO GPで何度も優勝経験のあるアメリカ人メカニックです。彼がこのオファーを承諾すれば、部下のメカニック数名と共に来日するでしょう。当然現場は英語でのコミュニケーションになりますが……秋人さんは英会話もご堪能でいらっしゃいますか?」
妹のために大学を中退したメカニックは、ぐっと言葉を詰まらせる。
「英語は分からんけど……バイクの話なら俺にも理解できるはずだ。夏美だって英語はできないんだから、かみ砕いて説明する人間は必要だろ? そんな外人ばかりのチームに夏美一人放り込まれたら心細いだろうし、俺と一緒ならメンタルケアにもなる」
必死に食い下がる秋人さんに、みひろはここぞとばかり訊き返す。
「では一つお聞きしますが……あなたはなぜ夏美さんが、大分ロードレースで優勝できたと思いますか? それまでの彼女の順位は下から数えた方が早いくらいで、とても優勝候補とは呼べなかった。マシンが劇的に良くなったのか、夏美さん自身が変わったのか……専属メカニックのご意見を伺っても?」
「……あんたみたいなお嬢様に話しても、理解できるわけがない」
「ここには伊織もいます。彼はバイクやオートレースに詳しく、専門用語もほとんど理解しています。私の事は気になさらず、思うまま説明してもらって結構です」
少し考えこむと、秋人さんは重い口を開いた。
「今はまだ明かせない。この契約が決まって、俺もちゃんとチームに加えてもらえるってんなら、全部話す」
「分かりました。秋人さんへの質問は以上です。夏美さんを呼んできてもらってもよろしいでしょうか?」
みひろはあっさり引き下がる。秋人さんはどこかほっとしたような表情で部屋を出て行った。
扉が閉まると同時に、みひろはピンクに頬を染め、どこか興奮したような顔つきで……!?
「もしかして、コイン見つけたの!?」
「男性の服を透視するのは、その……恥ずかしくて。あまりちゃんと見れませんでした」
頬を両手で挟んでふるふると首を振るみひろ。あ、そういう興奮だったのね……。
「対象が男性の場合、お嬢様の透視能力は半分以下になってしまいますね……」
「藍海さんなら、ほくろの位置まで完璧に把握してますのに……」
「ちょっ、そういう事言うのやめて! もうみひろちゃんの前に立てなくなっちゃうからっ!」
今更ながら、胸と股間を腕で隠す私。
伊織さんはやれやれといった表情でタブレット端末を操作し、音声入力された議事録を確認している。
「彼らが
「でも、彼の言い分は理にかなっています。『情報が欲しければ、俺を雇い入れろ』と暗に言ってるわけですから、至極真っ当な転職面接術でしょう」
そうこう話してる内に、扉が二回ノックされる。「どうぞ」とみひろが促すと、私服姿の夏美さんが部屋に入って来た。