縁に付いたアイスも綺麗に掬い取ったみひろは、名残惜しそうに木べらをカップに入れ「ごちそうさまでした」と合掌する。
「話を元に戻しますが……コレクタが夏美さんであれ秋人さんであれ、レースで使うためには必ずコイントスしなければなりません。私と同じようにコインが五感の部位に貼り付くなら右手か耳、あるいは舌か鼻。つまり顔と手を注視していれば分かるはずです」
「そういえば、ヘルメット被った夏美さんは透視できない?」
「すみません……革のグローブ程度ならなんとか透視できますが、ヘルメットだと全く中は見えません」
さっきもレーシングブーツは透視できなかったと言ってたし……ぶ厚い素材はできないと思った方が良さそうだ。
「てことは、レース中はヘルメットつけっぱなしなわけだから、その前後で顔にコインが貼り付いてないか確認する必要があるって事ね」
「すみません……なんだか中途半端な能力で」
みひろは申し訳なさそうに、身を縮こませる。
「透視ってだけでチートなんだから、気にしないで。それよりもしコインを見つけたら、私はどうすればいいの? 問答無用でスリとっちゃう?」
「そうですね。コインがスリ取れる状況であればそうしてもらって、動かぬ証拠を突き付けましょう」
「そんなの知らないって、シラを切られた場合は?」
「その場でコイントスして、身体にくっつけてしまえばいいんです。こっちは何度だって、スリ取れるのですから」
「それもそうか」
それを聞いて、正直少し安心した。
相手に気付かれていいスリほど、楽なものはない。
「あとは……結局コイン持ってなかったらどうするの? スポンサー降りちゃう?」
「まさか」
みひろは手で口元を覆い、大袈裟に驚いて見せる。
「これまでの夏美さんの不調は、素人同然の家族チームから抜け出せない事が根本原因にあります。コインを持ってなかったとしても、最高の環境と最高のスタッフで参戦すれば戦績が上がるのは間違いないですし、私も葉室工業に貸しが作れます」
「それでも上がらなかったら?」
「一年ほど様子を見て、芽が出なければ契約解除もやむなしですが、葉室工業はチャンスを与える企業としてライダーの間でイメージアップするでしょう。せっかくバイクレース参戦環境を整えたわけですから、次は自分たちの目利きで他のライダーに投資すればいい。夏美さんを支援するメリットは、葉室工業にも大いにあると思いますよ」
普段はぽやぽやしてるのに……みひろの抜け目なさに驚いていると、伊織さんがフォローしてくれる。
「みひろお嬢様は、経営者的視点や企業の機微にも精通していらっしゃいます。そうでなければ伏魔殿たる葉室財閥で、穏便に揉め事を解決できません」
「ふふっ。氏立探偵なるもの、真相を暴くだけでは半人前。皆が納得できる落としどころを提案できてこそ、初めて一人前と言えるのです」
みひろは誇らしげに胸を張り、ぽんと叩いて揺らしてみせる。
これもひとつのノブレス・オブリージュ――巨万の富を持つ者が果たすべき責務、というわけか。
巨乳の胸を持つ者が、ぱいんぱいん揺らす義務があるかの如く……すごっ。
「それに私たちが接触した以上、今後夏美さんたちはアマルガムに狙われる危険があります。チーム岡島はコインのあるなしに関わらず、葉室財閥の庇護下にいてくれた方が安全です」
伊織さんが物騒な事を言い出した。
「コインを持ってないんなら、襲われる心配はないんじゃないの?」
「私たちコイン回収班の情報を入手するためです。特に藍海さん、あなたはアマルガムの屈強な構成員を一瞬で抑え込んだ、謎多き女子高生合気道家。夏美さんを攫ってコレクタじゃなかったとしても、彼女から私たちの情報を得られると思うかもしれません」
みひろもうんうん頷き、同意する。
「藍海さんには、アマルガムからコインをスリ取ってもらうケースも出てくるかもしれません。スリ師である事は、極力秘密にしておくに越した事はありません」
うおおい! それってもう既に、夏美さんたちヤバイやつじゃん!
いや、ちょっと待って。という事は――。
「じゃあスポンサー契約も、最初から岡島ファミリーまるごと面倒見てあげるつもりだったの!?」
「はい、そのつもりですよ」
「だったらなんで、夏美さんと個人契約したいなんて言ったのさ?」
「個人面談をしたかったからです。誰がコレクタか割り出すために」
みひろはぺろっと舌を出す。
あざといけれど抜け目ない。
こういうところも……ママに似てるんだよなあ。
* * *