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3-05 五感のコイン

「もしかして、マシンの方が速くなったとか?」

「可能性は否定できませんが……エンジン始めほとんどのパーツは、レギュレーションでガチガチに規制されてます。レース前に必ずチェックが入るので、違反パーツを使ってマシンを速くしても、すぐバレて失格になってしまいます」


 うーん。マシンの性能が変わらないとしたら、やっぱりライダーの方が変わった事になるのかあ。


「夏美さんがコレクタだったとしてもさ……そもそも偽造天賦コインドで速く走れるようになるの?」


 伊織さんは微笑を浮かべて頷いた。


「おそらく全てのモータースポーツの中で、バイクレースが一番コレクタ向きでしょう」

「どうして?」

「先ほど申し上げたようにパーツは厳格に規制されてるため、セッティングさえちゃんとできていれば、マシンに性能差はほとんどありません。勝ち負けは、それを乗りこなすライダーの腕次第という事になります」

「ふんふん」

「例えばエンジン音、路面状況、素早い体重移動、適切なアクセルワークとブレーキ……ライダーは自らの身体を高感度センサーのように研ぎ澄ませ、平均時速一二五キロ以上の世界でマシンを制御しなければなりません。つまり――」

「五感が研ぎ澄まされたコレクタに、ライダーはうってつけってわけね」

「はい。もちろん、ライダーとしてのテクニックが身に着いた上での話ですが」

「それはライダーに限った話かしら? メカニックは?」


 黙って口にアイスを運んでいたみひろが、食べるペースを落とさず訊いてくる。


「え?」

「マシンパーツは事前チェックできたとしても、使用するオイルやガソリンの成分まで、いちいち確認しませんよね? もしメカニックが黄金を産み出す手ミダスタッチ蒐集家コレクタだった場合、オイルやガソリンをバイクに注入する際、人智を超えた超高品質にアップグレードできるかもしれません」


 伊織さんはハッと顔を上げると、腕組みしてぶつぶつ呟き始める。


「まさか……今までの常識を覆すほど燃焼効率の高いガソリンと、冷却性能に優れたオイルが合わされば、あるいは……。これらを利用できるなら、エンジンのセッティングもそれ専用に調整して……もしかして、ブレーキフルードなんかも?」

「ねぇ、ミダスタッチってなに?」


 伊織さんが呟く専門用語は、正直私にはちんぷんかんぷん。

 とりあえずコインの名前らしきそれを、みひろに訊いてみる。

 みひろは私に向き直ると、木べらを振って語り出す。


「触覚を司る錬金金貨クリソピアコインの裏には、右手の指先から黄金の花を咲かせるレリーフが刻まれています。これはギリシャ神話に登場するミダス王の右手と思われ、触れるものなんでも黄金に変えてしまう能力から――黄金を咲かせる手ミダスタッチと命名されています」

「すごっ! そのコインのコレクタは、黄金作り放題って事?」

「さぁ……どういう異能かは、確認するまで分かりせん。ただ、私が複数の視力系超能力を使える事から、ミダスタッチも単に黄金を生み出すだけの能力ではないと考えられます」


 伊織さんは、抹茶アイスを食べながら話に加わってくる。


「ミダスタッチの偽造天賦コインドを使って、とんでもなく高性能なガソリンやオイルを精製できるなら……マシンパーツはそのままで、より高性能なマシンを組む事は可能だと思われます」

「でも、それって……」

「みひろ様は、メカニックの秋人さんがコレクタではないかと疑っているのですか?」


 みひろは名残惜しそうに最後のアイスをぱくっと食べ、全身を震わせてる。


「今の段階では可能性の一つでしかありません。でも、あの兄妹は強い信頼関係で結ばれてるように思います。どちらかがコレクタだったとして、もう一人がそれを知って協力してる可能性は高いでしょう。もちろん、それはご両親も同じですが」


 さすが氏立探偵、とでも言うべきか。秋人さんを疑うあたり私にはない着眼点だ。

 そもそもコインの能力がトンデモすぎて、思い付くはずもないけど。


「ねぇ。他の三枚のコインはどんな能力なの?」

「そういえば、藍海さんにはお見せした事がなかったですね。伊織」

「はい」


 伊織さんがタブレットを操作すると、リビングの壁掛けテレビに五枚の金貨が表示された。


「現在能力が判明しているコインはみひろ様のプロビデンスアイだけですが、他のコインも裏面レリーフから、どのコインがどの五感に属するか、ある程度予想は付いています」

 伊織さんはテレビの横に立つと、五枚のコインを簡単に紹介してくれた。


 まず、視覚を司る錬金金貨クリソピアコイン蒐集家コレクタは葉室みひろ。

 ピラミッド中央に片目が描かれたレリーフは、『万物を見通す目』<プロビデンスアイ>

 能力は類まれな動体視力、瞬間記憶能力、透視、未来視の四つ。


 触覚を司ると思われる錬金金貨。

 レリーフは右手指先に咲く黄金の花。『黄金を咲かせる手』<ミダスタッチ>

 ギリシャ神話に登場するミダス王は、触れた物全てを黄金に変えたという伝説がある。


 聴覚を司ると思われる錬金金貨。

 『指揮棒を口に咥える音楽家』ドイツ語で指揮棒を意味する<タクトシュトック>

 難聴に悩んでいた晩年のベートーヴェンは、口に咥えた指揮棒をピアノに押し当て、骨伝導で音を判別し作曲していたという。


 味覚を司ると思われる錬金金貨。

 『ワインを飲む酔いどれ赤子』酒神の宴を意味する<バッカナール>

 赤子のレリーフは十七世紀イタリアの画家グイド・レーニが描いた、ローマ神話の酒神バッカスの肖像画。バッカナールはサン=サーンスのオペラ『サムソンとデリラ』の一幕で、長髪の怪力サムソンを捕らえた兵士たちの、酒宴のシーンで演奏されている。


 嗅覚を司ると思われる錬金金貨。

 八角の角と鳥の翼を持つ異形。香りを食す『食香しょっこうの奏楽師』<ガンダルヴァ>

 インド神話においてインドラに仕える半身半獣で、神々が住まう王宮で音楽を奏でる役目を担う。肉と酒を食さず、代わりに香りを食べて生きているとされる処女の守護神。


「ふーん。宗教だったり神話だったり偉人だったり……コインのレリーフって多種多様だね。なんでこんな、思い付きみたいなラインナップになってるんだろ?」

「フルカネリ自体、特定の宗教宗派に属さなかった人物のようで、そのあたりのこだわりもなかったかもしれませんね。そもそもコレクタに偽造天賦コインドを授ける理屈も分かっていませんし、レリーフがどこまで能力に関係するかも分かりません」

「そう考えると、ますます不思議だよねぇ、コインって」


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