かぽーん。
「檜のお風呂は木の匂いがして落ち着きます。気持ちがいいですね~」
「そう……だね」
「藍海さんは温泉お好きですか? もしよかったら今度のお休み、箱根か湯布院にでも行きません?」
どうやらみひろは人との距離感だけじゃなく、温泉地の距離感までバグってるようだった。
結局押し切られた形で一緒にお風呂に入る事になってしまった私は、みひろと向かい合わせで、檜の浴槽に浸かっていた。
リフォームされたお風呂は以前の二倍ほどの広さになっていて、二人で湯船に浸かっても手狭な感覚はなく快適そのもの。ただし。
上機嫌で休日プランを立ててるみひろの、ぷかぷか浮かぶ二つの乳島を目の当たりにしてしまうと……私は湯船に口を浸け、子供のようにぶくぶく小さな泡を作るだけ。
そうする事で、自らのささやかな膨らみが海底都市アトランティスよろしく、みひろに発見されないよう願うばかりだ。
それにしても……これもお嬢様気質のひとつなんだろうか?
みひろは私に裸を見られても、全然恥ずかしいと思っていない。
昨夜のお屋敷でのお風呂もそう。
メイドさんによってたかって身体を洗われ始めた時、私は軽いパニック状態に陥ってしまったが、みひろは平然とその身を委ねていた。驚く私が無言の抗議で見つめても、笑顔を返す余裕っぷり。
だからだろうか。みひろの全身は、ゆで卵のようにつるっつる。
瑞々しい白肌に加え、グラビアアイドルがポンチョ被って裸足で逃げ出す、完全無欠のプロポーション。
おまけに所作がいちいち洗練されてるから、裸なのに品を感じる。
ワンピース、ゴスロリ、制服、作務衣と、何でも上品に着こなすみひろだけど、それは裸でも同じだと知り、私はひそかに落ち込んだ。
「藍海さんは、とても引き締まった身体をされていて羨ましいです。やっぱり幼い頃から、合気道をされているからかしら?」
「……あんまり見ないで。みひろちゃんの方こそ胸大きいし、肌も髪も綺麗じゃない」
「あら、ありがとうございます。でも藍海さんも、とても可愛らしいですよ」
屈託なく笑うみひろ。悪気があるとは思えない。
由緒あるお家で育っただけに、性格だって素直でいい子なんだろう。
スリの私とは心も身体も……住む世界そのものが違うんだ。
「今日は夢がいっぱい叶いました。これも全て藍海さんのおかげです」
「みひろちゃんの夢って、学校通ったり、放課後バイトしたりするって事?」
「そうです! あと……お友達と一緒にお風呂に入る事もです!」
「伊織さんとは何度も一緒に入ってるんじゃないの?」
「伊織はその……私はお友達の一人だと思っていますが、そう言うと『主従の一線は曖昧にしてはなりません』と、怒られてしまいます」
「ふふっ、伊織さんなら言いそうだね。元いた学校の友達は? 確か、葉室家専門の学校に通っていたんだよね?」
「ええ。でも前の学校のみなさんは、与えられた課題や習い事に手一杯でしたから。全員が分単位のスケジュールをこなしていては、一緒にお風呂に入るどころか遊びにだって行けません」
「ふーん」
みひろは俯いて、湯の中の膝を両手で抱えた。
「私はどうも、その……今まで同世代のお友達がいなかったせいか、藍海さんにしつこくしているのかもしれません。もしそう思ってらしたら、ごめんなさい」
「確かに。やけにしつこいなーとは思ってる」
「……ごめんなさい」
「でも直さなくていいよ」
「え?」
顔を上げたみひろは、頬を朱に染め紫目に涙を滲ませて。女の私でもドキドキするほど魅力的だ。
そういうところがやっぱりママに似ていて……ママ同様、異性にモテるはずなのに。
この子は葉室家から出て生活するのは、これが初めてなんだ……。
「私、友達少ないの。昔から協調性皆無だし、放課後はバイトで忙しいから付き合いも悪い。だからクラスで話し掛けてくる子なんて、格闘技好きな瑞穂くらい」
嫌な思い出が、薄っすら脳裏に浮かんでは消えていく。
子供は自由に育ってほしい。親なら誰だってそう願うもの。それがどういうわけか、思いつくままなんでも自由に喋って行動する人間は、周りのひんしゅくを買う。空気の読めない変人だと、からかわれたりもする。
その辺りから「自由に育ってほしい」なんて言われなくなり、個人の主張より集団の秩序が優先される……特に女子なら尚の事。
自由を愛するママに愛されていた私は、その辺りの事情を理解するまで相当の時間がかかったのだ。
「藍海さん?」
「ああ、うん。なんでもない。とにかく、みひろちゃんみたいにしつこく喋りかけてくれる子って、私にとってはかなり助かってるって事」
「藍海さぁん……」
「えっ?」
「そんなに私の事、しつこいしつこい言わないで下さぁいっ!」
目尻に涙を浮かべて、みひろが抱き着いてくる。
柔らかな二つのダイナマイトに、顔が埋もれてしまう。引き剥がそうにも、触ってはいけないあれやこれやに触れてしまい、どうしていいか分からない。そうこうしてるうち、みひろはぐったりと私にもたれかかってきた。
「ちょっ、だからって抱きつかないで……って、みひろちゃん?」
「でも……助かってるって言ってくださるなら……私……嬉しい、で……す……」
消え入る声で呟くと、みひろの全身から力が抜けていく。
なんとか態勢を立て直した私は、肩に寄りかかる彼女の横顔を見て――上気した顔で目を瞑り、はぁはぁと荒い呼吸を繰り返してる!?
「ちょっ、大丈夫!? みひろちゃん、みひろちゃんっ!?」
* * *