「お帰りなさいませ、みひろ様、藍海さん」
「ただいまって……何コレ!?」
バイトを終え自宅に戻ってくると、当然のように伊織さんが出迎えてくれた。
それも驚いたけどもっと衝撃だったのは、我が家の玄関周り。壁紙、装飾、靴箱に至るまで、どこを見ても前とは比べ物にならないくらい高級感が漂ってる!
昨夜から葉室建設が修理修繕してくれてるって聞いてたけど……もうこれ、完全フルリフォームってレベルじゃん!
「もしかして、他の部屋も!?」
「はい。気に入らないところがあればすぐに直させますので、遠慮なく仰ってください」
私は廊下を大股で歩いて、リビングの扉を開けた。
そこにはモデルルームでしか見ないような、オシャレ空間が広がっていた。
壁紙は玄関と同じ白基調で、でっかいテレビが壁掛け設置されている。その周辺は、サラウンドスピーカーと調光ライト。テレビ前の部屋中央には、本革の匂い漂う高級ソファーセットが置かれていた。
……ちょっと待ってよ。私は急いで、他の部屋も見て回る。
キッチン、トイレ、バスルームは最新設備が
二階にある自室だけは変わりなかったが、元パパとママの部屋は一新されていて、それぞれみひろと伊織さんの私室になっていた。
二人が我が家に越してくる事は、事前に知らされてはいた。
とはいえたった一日で、家ってここまで変えられるもんなのっ!?
啞然とする私に、伊織さんが深々頭を下げる。
「ご相談もせず、勝手に変更してしまい申し訳ありませんでした。しかしスピードと利便性、セキュリティを考慮しますと、ある程度こちらの判断で手を加えさせてもらった方が良いと考えました」
「ある程度……ですか」
複数の監視モニタに映る近所の様子を確認しつつ、私は呆れ混じりの溜息を吐いた。
モニタの横には、『エマージェンシー』と書かれた、なにやらヤバそうな真紅のボタンもあって……これ押したら、一体何人の警備員がすっ飛んでくるのやら。
「これってもう修理修繕っていうより大規模リフォームなんじゃ? パパとママの部屋にあった荷物はどこにやったの?」
「元のお部屋のお荷物は、全て葉室建設の倉庫で保管しております。ご入用のものがあればすぐに持ってこさせますし、ご希望でしたら我々が退去した後、以前のお部屋に作り直す事も可能です」
「そこまでしなくてもいいけどさあ……」
どう見ても、内装は今の方が上等だ。ママが帰ってきたとしても、絶対こっちの方が気に入るに違いない。
私が家の中を見回っている間、みひろは制服を着たまま本革ソファーに寝っ転がり、猫のように全身を伸ばしていた。
「はぁ~! さすがに立ちっぱなしは疲れました~!」
「お風呂も湧いてますし、足のむくみを取るパットもご用意してあります。それとも、お紅茶をお淹れしましょうか?」
「うーん、お風呂かな~……あ! 藍海さんも一緒に入りませんか?」
みひろはがばっと起き上がり、私ににじり寄ってくる。
なんだろう、この子。プライベートになると急に距離感バグるタイプ?
「落ち着かないから、やだ。一人ずつ入ろうよ。先に入っていいから」
「え~、そんな~、お願いします~! 私、友達と一緒にお風呂入った事ないんです~。女の子同士~、恥ずかしがる事もないじゃないですか~!」
「昨日、葉室のお屋敷で一緒に入ったじゃない」
「あれは儀式みたいなもので、他にメイドさんもいっぱいいて、話せなかったじゃないですか! 今度こそ二人きりで~!」
昨日のメイドの真似をして、私の制服を脱がしにかかるみひろ。
その手を掴んで止めさせるも、まさか投げるわけにもいかず。みひろを高速で払いのけ、階段下まで逃げ出した。
「私、着替えてくるから! みひろさんは先にお風呂入ってきて!」
「えー、そんなー」
ぶーたれるみひろ。なんだろうこの感じ。懐かしい記憶が蘇ってくるような……。
そうだ。ママも私と一緒にお風呂に入りたがる人だった。
みひろも……亡くなったお母さんと、よく一緒に入っていたのだろうか。
「ねーえー、お願いですからー」
物思いに耽る私に、みひろの腕が絡みつく。仕方ないなぁと思っていたら。
駄々っ子みたいに甘えてくる彼女の、豊満な胸が腕に押し付けられる。
むにゅっと形を変える魔性の塊に――、
「一緒に入りましょ、藍海さん」
「……やっぱ、やだ」
私にも女としてのプライドがあったんだなと、改めて思い知らされてしまった。
* * *