昼休み。
私とみひろは連れ立って保健室にやってきた。
実は今日、新しく学校に入ってきたのはみひろだけではない。本日付けで着任した新しい保健の先生に挨拶に来たのだ。
もちろんそのヒトは……。
「なんであなたまで、ウチの学校に来ちゃってるんですか……」
「みひろ様の身を案じ、常にお傍にお仕えするのが私の仕事。いつか世間一般の学校に通われる日が来るかもしれないと、養護教諭免許を取っておいて正解でした」
白衣にブラウス、ベージュのパンツ姿になった伊織さんは、お椀のように盛り上がった二つの山を見せつけて堂々胸を張る。
その姿はどこの学校でも見かける、典型的な保健室の先生なわけで――って事は!?
「伊織さんって、女の人だったの!?」
「はい。近侍の男装はご法度ですが、みひろ様は氏立探偵というお立場のため、外部との折衝は助手の私が担当しますので」
「マジかぁ……」
相変わらず天高くティーポッドを掲げ、紅茶を淹れてる伊織さん。
その癖さえなければ、昨夜拳銃ぶっぱなしてた執事と同じ人とは到底思えない、フツーの女の人だ。
「だからって、わざわざ男の人にならなくても……」
「交渉の場では、メイド姿の小娘よりもスーツ姿の男性の方が、軽んじられずに済みますので」
「そうかもしれないけどさあ……」
スーツの下にきっちりベストまで着こんでいたのは、胸を隠す理由もあったのね。
私は丸椅子に座って片膝を立て、顎を乗せた。イケメン執事じゃないと分かれば、男子の前ではできない仕草も自然と出てしまう。
「ねぇ伊織! この制服、今朝より断然可愛くなったと思わない? クラスメイトの瑞穂さんが、スカート丈を短くするテクニックを教えて下さったのよ!」
「ええ。みひろ様、大変可憐でございます」
チェックのスカートを翻し、姿見の前でくるくると嬉しそうに回るお嬢様。
その傍で伊織さんがハンカチで目を抑えながら、その所作を褒めちぎっている。
なんだこれ。クララでも踊ってんのか。
「病弱設定なのに、そんなにはしゃいじゃって大丈夫? クラスのみんなには、昼休みは保健室で横にならなきゃいけないって言って、無理やり出てきたのに」
「そんな事より藍海さん、写メ撮って下さい写メ」
「女子高生が写メとか言わない。普通に『写真撮って』と言いましょう」
みひろは自分のスマホを持っていないらしい。
私はスマホを取り出して、連射モードで謝罪会見ばりのフラッシュを焚いてやる。
瞬く光に怯えるみひろが、庇護欲そそられてとってもキュート。
「今度はほら、三人で一緒に撮りましょう! 伊織、今朝届いた自撮り棒を持ってきて。藍海さんもほら、こっち来て入って!」
「かしこまりました」
「あのさあ……初めての学校でテンション上がんのも分かるけど、ここ保健室だよ? 誰か入ってきたらこの状況、どう説明すんの!?」
「あら。その方も一緒に写真を撮れば、仲良くなれるのでは?」
「女子高生が写真撮ってりゃ、なんでも許されると思うなよ。まぁあながち間違いでもないけれど」
「藍海さん、みひろ様の写真は全てこちらのメールアドレスに転送して下さい」
「いいけど……何? このアドレス。ランダムな文字の羅列で、超打ちにくいんだけど」
「すみません、捨てアドですので」
「もうちょっと私の事、信用してくれてもいいんじゃないかなあ!」
もちろん信用されていれば、こんな事態には至ってない。
でも……みひろのはしゃぎっぷりを見る限り、なんか違う。
絶対この娘、普通に女子高生やりたかっただけじゃないっ!
まぁ、喜んでるし。可愛いからいいんだけどさ。