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2-04 葉山みひろ

 朝起きると、クローゼットの前に高校の制服がぶら下がっていた。


 スカートのプリーツはもちろん、ブレザー、シャツ、リボンに至るまで、パリッとアイロン掛けされている。仄かに香る香料が、お風呂で私が好きだと伝えたシトラスなあたり、メイドさんたちのおもてなし精神を感じてしまう。

 デスクにはスクールバックが置いてあり、普段学校に持ってってる私物も、その隣に綺麗に並んでいた。

 どうやら私が寝ている間に、学校に必要なものを一式、自宅から持ってきてくれたようだ。

 その心遣いは嬉しいけど……はぁ。今日くらい、学校サボってもいいかなって思ってたんだけどな~。

 そう。アマルガム襲撃から一夜明けた今日は、通常運転ド平日。

 自宅襲撃はネットニュースにも上がってないみたいだし……ここまでしてもらっちゃ、行かないわけにはいきませんよねぇ?


 諦めて制服に着替えポニーテールを結び終わったところで、扉がノックされた。

 ドアを開けると、朝からビシッと執事スーツを着込んだ伊織さんが立っている。


「おはようございます、藍海さん。昨夜はご苦労様でした」

「おはようございます。いえ、こちらこそ……伊織さんにはお世話になりっぱなしで」

「いえ。これからお世話になってしまうのは私たちの方ですし……とにかく、本日は朝食を召し上がって頂いた後、学校までお車でお送りします」

「ありがとう……って私、今日くらい学校休んじゃってもいいかな~って、思ってたんだけど……」

「それはいけません! 藍海さんには絶対に登校して頂かないと……」

「あはは、ちゃんと行くって。こうして制服まで持ってきてくれたわけだしね」

「いえ、あの……すみません。どうしても、と言われまして」

「え?」


 苦笑いで言葉を濁す伊織さん。

 その後ろからひょこっと顔を出したのは、朝から上機嫌なお嬢様。


「おはようございますっ、藍海さん!」


 そんなみひろの、本日のお召し物は――!?


* * *


「藍海、藍海!」

「ううっ……うおおっ!」


 強い地震で目が覚めた。が、揺れていたのは私だけ。

 前の席に座る瑞穂みずほが、朝っぱらから教室の机に突っ伏して寝てた私を、揺り起こしたのだ。


「そうやって寝てっと、首痛くするよ? あと、もうちょっと女子高生らしく起きなよ」

「きゃっ♡ もぉ~、地震かと思ったじゃ~ん! 瑞穂じゃなかったら、ローリングソバットかましてたとこだぞっ☆彡」

「イマドキの女子高生、空中殺法知らないから」

「あれ? 私の目の前にいる女は?」


 こらえきれず、二人同時に吹きだした。

 瑞穂はマッチョ好きで、それが高じて格闘技全般が大好き。もちろんそんな話、他のクラスメイト女子に通じるはずもなく。

 だから瑞穂は、合気道やってる私に何かと絡んでくるようになったのだが……私もアイドルやらコスメの話に付き合わされなくていいので気が楽だ。


「藍海が寝不足なんて珍しいね。いつも道場で朝練してからガッコ来る、雪崩式なだれしきパワーボム登校なのに」

「誰がコーナー最上段から登校してるって? 昨日はちょっとゴタゴタがあってね。今朝は道場、サボっちゃったよ」


 私は再び、机に突っ伏した。

 結局、伊織さんに車で送ってもらったわけだけど、さすがに校門前にベンツで乗り付けるわけにはいかず。私だけ自宅近くで降ろしてもらったのだ。

 まだ所々ブルーシートが張ったままの我が家は……夜通し作業してくれたおかげか、だいぶ修繕が進んでいるようだった。この分なら、帰る頃にはすっかり元に戻ってるかもしれない。


「ゴタゴタって、何があったのさ?」

「すぐに分かるって……」


 説明できないからゴタゴタ言って誤魔化してるわけで。

 そうこうしてる内、担任の先生が教室に入ってきた。瑞穂含め生徒は雑談を切り上げ、自分の席に着く。


「今日は転校生を紹介する。みんな、仲良くするように」


 ガラッと引き戸が開き、女の子が入ってきた。それだけで、男女問わず感嘆の息が漏れる。


 歩くたびキューティクルが舞い踊る、サラサラ黒髪ロングヘア。

 おめめパッチリ睫毛バッサバサの美少女は、「めっちゃ美人!」「かわい~!」という歓声の中、はにかんだ笑顔で教壇横に立つ。

 上品な所作でお辞儀をすると、天使のように透き通る声で自己紹介した。


「初めまして。葉山はやまみひろと申します。不束者ですが、どうぞよろしくお願いします!」


 野太い声を張り上げる男子、黄色い声で歓迎する女子。

 ハイテンションなノリと拍手に迎えられたみひろは、嬉しそうにクラスを見回すと、最後に私と目を合わせ小さく右手を振った。

 どういう事だと、一斉に私に振り向くクラスメイト。みひろは慌てて弁明する。


「私、以前は都内の学校に通っていましたが、今は藍海さんの家で、ごやっかいになっているんです」

「ちょっ、藍海! さっき言ってたゴタゴタって、葉山さんの事!?」


 前の席の瑞穂が、すごい勢いで振り返る。

 私は、伊織さんに説明された設定をそのまま口にした。


「みひろちゃんは遠縁の親戚の子でね、元お金持ちのご令嬢。病弱で可哀想な子だから、仲良くしてあげてね」

「なんか色々訳アリみたいね……でも、元お嬢様か~。これは色々、教え甲斐ありそう!」


 本当は元どころか、現役バリバリの財閥令嬢なんだけどね……。

 それにしても、転校生みひろの立ち振る舞いは、堂々としたものだ。世を忍ぶ仮の苗字『葉山』で呼ばれても、ちゃんと違和感なく反応してる。

 私も経験あるけれど、苗字が変わるって結構大変な事。そうまでして隠さなきゃいけないほど、『葉室』の影響力はえぐいんだろうけど。


 みひろは最後尾の空いてる席に座り、きょろきょろと物珍しそうに教室を眺めている。

 庶民の学校に通うのはこれが初めてらしいけど、ちゃんとクラスに馴染めるのかしら? 

 と思ってたら、ホームルームが終わるや否や、みひろがこっちに走り寄って来た。


「あの、藍海さん。教室まで一緒に――」

「ここが教室だから」

「あっ、えっ、こんな狭いとこで?」

「この狭い部屋で、ほとんどの授業を受けるからっ!」

「ふええっ?」


 前の席に座る瑞穂が、みひろの素っ頓狂な声に吹きだした。

 そりゃずっとあんなお屋敷住んでちゃ、こうなっちゃうか。


* * *

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