「祖父に代わり、私がお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
細い体躯に仕立ての良い濃紺スーツが似合う彼は、シュッとした面長で、長い髪をポニーテールというか……首後ろで髷のように結んでいる。堀の深いはっきりした顔立ちと日光とは無縁そうな色白肌は、どこぞの個性派俳優かと見間違えるくらい……とにかく、やたらめったらカッコいい。
「こんばんは。お久しぶりです、八雲さん」
「こんばんは、みひろ。こうやって面と向かって顔を合わせるのは、久しぶりだね」
微笑み合う美男美女。それだけで二人の背景に、
なんていうか。私みたいな一般人が声かけていいレベルじゃないってくらい、二人揃って顔がいい。どうしてお金持ちって、みんな見た目がいいんだろう――って見た目にお金、かけれるからか。
ステージでたわいもない世間話をする二人は、それだけで舞台の一幕を見てるみたいで。ハイソな雰囲気に当てられた私は、声を掛けるどころかおひねりでも投げたい気分。
そんな私にみひろは振り返ると、改めて紹介してくれた。
「こちらが回収班の秘密兵器、有海藍海さんです。藍海さん、こちらは
ああ、みひろのお兄さんか。納得。美男美女はお家柄ってわけね。
「初めまして、有海藍海です。よろしくお願いします」
自己紹介と共に右手を八雲さんに差し出すと、卒塔婆のように佇んでいた壁際オジサン達がビクッと反応し、一斉に私たちを凝視する。
え、何、この空気……もしかして私、なんかやっちゃった?
そろーっと八雲さんを見上げると、彼は困り顔を浮かべるだけで手を伸ばす素振りもない。
もしかして葉室家の御曹司って、一般人が握手を求めてはいけない天上人ってわけ!?
私がさっと手を引っ込めると、八雲さんは申し訳なさそうな顔で謝ってくる。
「すまない、気を遣わせてしまって。
「いえいえ! こちらこそ、お会いできて光栄です」
握手の代わりに会釈を交わす。
ふぅん。八雲さん自身は特に気にしてないけど、周りが許さないって感じかしら……。
まぁ、みひろのお兄さんって事は葉室財閥の跡取り息子って事だし。私みたいなスリ師で合気道やってる女と接触させたくない気持ちもわからなくはない。
「探索班の方は、進捗いかがですか?」
微妙な空気を振り払うように、みひろが明るく問いかける。
八雲さんは苦笑いを浮かべ、軽く肩をすくめた。
「なかなかに難航してるよ。各領域でここ最近突出した人物と言われても、コレクタだってバカじゃない。徐々に頭角を現すよう周りに配慮してるはずだから、コレクタかどうかを見極めるのはとても難しい」
「そこの確度にこだわる必要はないですよ。こうして藍海さんも回収班に加わって頂けたわけですし。伊織を含めて三人の新体制……結果的にターゲットがコレクタでなくとも、予行練習できたと思えばそれもいい経験になります」
「ふむ……それもそうだね。では、近いうちに」
「わかりました」
話がひと段落つくと、八雲さんは私に振り返った。
「すまない藍海さん。僕はそろそろ戻らなきゃならない。お祖父様にお目通しも済んだ事だし、これで君も僕らの仲間だ。何か分からない事があったら、なんでもみひろに相談してほしい」
「あ、はい。ありがとうございます」
「みひろも。いくら伊織がいるからって、お転婆しすぎてはダメだよ」
「はい。八雲さんもお身体ご自愛下さい」
「ありがとう。じゃあ、おやすみなさい」
出てきた時と同様、八雲さんはすーっとステージの天幕を抜け去って行った。
緊張が解けた私は、みひろに軽口を叩いてしまう。
「はぁっ、なんだか一生分の気を遣った気がするわ」
「ふふっ、お疲れ様でした。今夜は色々な事が一気に押し寄せてしまって、藍海さんも混乱してしまった事でしょう。場所を変えて、少しお話しませんか?」
みひろは大講堂の壁オジサン達を見回し、会釈を送る。
確かに。オジサンに見られるのは合気庵のバイトで慣れっ子だけど、ここの壁オジサンたちの視線は毛色が違って気持ち悪い。これ以上一秒だって、こんな異常な環境に身を置きたくない。
みひろに頷き返すと、私たちは一緒に大講堂を後にした。
* * *