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2-01 葉室財閥

 高速を下りて十数分。

 伊織さんの運転する車は物々しい門と厳重なセキュリティを潜り抜け、都内の私有地とは思えぬ広大な庭園に入っていった。

 正面には、闇夜にライトアップされた威圧感あるお屋敷。長方形の大窓が縦にも横にもずらっと並ぶ荘厳な佇まいは、豪邸というより高級ホテルに近い。

 どうして個人宅にこれほどの広さと部屋が必要なのか不思議に思うも……みひろが言っていた『親戚、使用人を含めると数千人に上る大所帯です』のセリフを思い出す。

 もしかしてこのお屋敷にある部屋って……ほとんどが、住み込み使用人の部屋ってわけ!?


 車は大きいロータリーをぐるりと一周し、正面玄関前に停車した。

 後部座席の扉が外から開かれると、白手袋の手が差し伸べられた。私は緊張しつつもその手を取り、車から降りる。

 目の前には高さ三メートルはあろうかという巨大玄関扉が観音開きに開け放たれ、その前では老執事と六人のメイドが整然と並び、恭しく頭を下げていた。

 あ、なんかこういうの外国映画で見た事ある。

 ああいうの憧れちゃうなぁとか思ってたけど、まさか日本でお目にかかるなんて……!


「お待ちしておりました、みひろ様、有海様。さぁ、どうぞこちらに」


 みひろは老執事に「ありがとう」と声をかけると、後ろに続く私を振り返った。


「藍海さん。どうか、なすがまま。流れのままでお願いします」

「え?」


 頭にはてなマークを浮かべたまま、みひろと一緒に屋敷の中に入ると、あっという間に六人のメイドさんに取り囲まれた。


「どうぞこちらに」

「御履き物はこちらで」

「肌アレルギーはございますか?」


 口々に世話を焼かれ質問を受け、あれよあれよとデッカイお風呂に連れてかれ……メイドさんは私の服を脱がしにかかる!?

 物心ついた時から誰かに脱がしてもらう経験なんてなかった私は、「下着は自分でっ、脱ぎますからっ!」と言っても、なかなか引き下がってくれない。

 助けを求めようと隣を見ると、みひろも私同様二人のメイドに介助され、平然と裸体を晒している。


 流れのままって、そういうっ!?

 お金持ちって、帰ってくるたび裸に剥かれちゃうの!?

 視線を下げると困り顔のメイドさんが、私のパンツの前でひざまずいてる。

 しょうがない……郷に入っては郷に従えだ。


「はぁ……もう、好きにして下さい」


 諦めて介助を受け入れると、そこからがまたすごかった。

 高級スパみたいなラグジュアリーなお風呂に、みひろと二人寝そべって。周りに何人ものメイドさんを侍らせて、完全介護の丸洗い。

 髪はもちろん、顔も身体も爪も耳も歯磨きまで。全身つるっつるのぴっかぴかになった私たちは、高級下着を身に着けお揃いの白ワンピースに着替えさせられ、学校の講堂みたいな大部屋に通された。


 使用人の全体会議でもやってんのかってくらいだだっ広い講堂には、正面に一段高くステージがしつらえてあり、垂れ幕の中央に巨大モニタがででんと鎮座していた。

 私とみひろは促されるままステージに上り、二人並んでモニタ前に立つ。

 後ろを振り返ると観客席には人っ子一人いないのだが……講堂の壁がどういうわけか透明なアクリル板のようになっていて、外にはたくさんのオジサンがいた。

 彼らは談笑しながら、まるで奴隷を品定めする悪徳貴族のように愉悦の視線を向けてくる。

 これだけ人に囲まれてるってのに、話し声が全く聞こえてこないのも気味が悪い。


「あのさぁ……これから何が始まるの? もしかしてエッチな事とか、されないよね?」

「まさか。壁の外の人達は気にしないで下さい。もうすぐ始まると思いますよ」


 みひろの言葉が終わるや否や、正面モニタの電源が入った。

 画面に映ったのは、淡茶の着流しに家紋入りの羽織を着た、威厳たっぷりなお爺さん。

 私をじろりと一瞥すると、すぐにみひろに視線を移した。


「ただいま戻りました、お祖父じい様」


 礼儀正しく頭を垂れて挨拶するみひろ。私も彼女に倣い頭を下げる。

 お祖父様って事は……この人が葉室家当主、葉室久右衛門さんか。

 これはチャンスだ。上手く交渉すれば、めちゃくちゃにされた家の修繕とか、ただで直してもらえるかもしれない。


「その娘が、スリのギフテッドか」

「はい、有海藍海さんです。これでコレクタから、コインを回収する目途が立ちました」


 モニタの中のおじいちゃんが、恐ろしい形相で私を睨みつける。


「あ、あの……初めまし――」

「分かった。後の事は全てお前に任せる」

「はい、ありがとうございます」


 そこでモニタはぷつっと切れ、黒い画面に戻ってしまう。

 謁見時間、十秒足らず……え、これだけ? 私、なんにも話してないのにっ!?

 胸に手を当て安堵してるみひろに、口を尖らせてまくしたてる。


「ちょっと! 何なのよ今の! 全然こっちの話聞いてくんないじゃん!」

「すみません……祖父は忙しい方でして」


 みひろではなく。バリトンの声は背後から。

 振り返るとステージ後ろの天幕から、若いイケメンが現れた!


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