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1-14 コインは人の心を狂わせる

「で、では藍海さん。今から葉室家にご案内しますね。まずはお祖父様にお目通し頂き――」

「ちょっ、ちょっと待ってよ。まだ三つめの理由、教えてもらってない」

「それは車の中でお話します。今はとにかく早く、この場を離れないと――」


 その時、轟音と共にリビングの窓ガラスが一気に砕け散った。


 舞い上がるガラスの破片と粉塵に目を背けると、シャリッとガラスを踏む音が聞こえる。

 顔を上げると、黒ずくめの武装集団が数人、窓枠を越え家の中に入ってきた。

 その内の一人と目が合うと、鈍色の銃口が当然のように向けられる。


「藍海さん、こっち!」


 予想外の事態にフリーズしてた私を、みひろが下から引っ張った。

 倒れ込むようにソファーの陰に隠れると、プシュッと音が鳴ってソファーが小刻みに揺れる。

 これって……今、銃で撃たれてるって事!?

 間髪入れず、右隣からパァンと大きな音が響き……って伊織さん?

 イケメン執事は拳銃をソファーから突き出し、武装集団相手に銃撃戦を始めている!?

 左を見ると右目を金色に光らせたみひろが、恐る恐るソファーから顔を出して敵の数を数えている。


「右に二人、左に一人の計三人。皆さん、拳銃とライフルで武装しています」

「ありがとうございます。みひろ様は藍海さんを連れて、玄関からお逃げ下さい」


 そう言うと、伊織さんは手りゅう弾のピンを抜き右に投げた。

 激しい爆発音にうずくまって耳を塞ぐと、みひろが私の背中に覆いかぶさった。

 耳元に、甘く物騒な声が囁かれる。


「これが三つめの理由……コレクタは海外の過激派テロ組織、アマルガムに狙われます。彼らは交渉なんて全く考えません。殺してコインを奪うだけです」

「分かった……分かったから早く逃げよ!」

「こっちです」


 先を行くみひろに倣い中腰で進み、リビングを脱出した。

 廊下を走って玄関から逃げようとするも、今度は玄関扉が爆発する。私とみひろは、折り重なるように廊下に倒れてしまった。

 粉塵舞う玄関から現れたのは、ゴリラのような巨漢の男。

 土足でズカズカ中に入ってくると、片手でみひろの首を掴み、軽々と持ち上げる。

 白い少女の首筋に、極太の指がじょじょに食い込んでいく。


「コインを渡せ。さもなくば――」

「その子を離して! コインならあげるから、私の家から出て行って!」


 私は咄嗟に、みひろの瞳からコインをスリ取っていた。

 コインを見せつけると、大男はみひろを壁に投げ捨て、こちらに近付いてくる。


「いいだろう……コインを渡せ。そうすればすぐに出ていってやる」


 私は軽く頷くと、コインを指でつまんで、前方に差し出した。

 男は右手で拳銃を構えたまま、慎重に左手を伸ばしてくる。

 あと数センチ――取られる寸前、私はコインを指で弾いた。

 予想外のコイントスに男が顎を上げた瞬間、拳銃をスり取って男の手を掴む。


「……なっ!?」


 そのまま手首を捻り、小手返しで投げ落とす。

 身体に沁みついた動きそのままに、手首、肘、肩関節を次々と極め、男を廊下に組み伏せた。


「藍海さん! 左手にナイフ!」


 廊下の壁によりかかっていたみひろが、金の右目を見開き叫ぶ。

 胸のポケットに忍ばせたナイフを握ったところで、男の手を思いっきり踏んづけてやる。


「ぐっ……!?」

「お嬢様!」


 伊織さんがリビングから飛び出してくると、その勢いのまま男の横っ腹を蹴り上げた。

 男がくぐもった悲鳴を上げると、極めてた腕からストンと力が抜けていく。


「二人とも、お怪我はありませんか? 早く車に!」


 先頭に立ち、ガレージに走っていく伊織さん。私はみひろに肩を貸し、一緒に玄関を出た。

 上空のヘリがライトで私たちを照らしてくるものの、攻撃してくる様子はない。


「さっきはありがと。おかげで助かったよ」

「私の方こそ……すみません。おうち、めちゃくちゃにしてしまって」


 後ろを振り返ると、リビングの方から煙が上り、真っ赤な火の手がちらっと見えた。

 慣れ親しんだ我が家が燃えている光景は、もちろんショックではあったけど……どこか安堵する自分もいて、万感の思いが胸に去来する。


 もうこの家で一人、ママの帰りを待たなくてもいいんだ――。


「大丈夫ですか? 藍海さん」

「なんでもない、行こう」


 私たちは寄り添ってガレージに向かい、伊織さんの車に乗りこんだ。

 クラクションを鳴らして近所の野次馬を遠ざけると、車は大通りへと走り出す。

 上空のヘリは追い駆けてこなかった。「仲間の救助を優先するのでしょう」と伊織さんが教えてくれた。

 車通りの多い国道に出ると、緊張で凝り固まってた身体もようやく人心地つく。

 座席に背中を預け安堵の息を漏らすと、隣に座るみひろがにっこり微笑んだ。

 脳裏に、エーちゃんの言葉が蘇る。


『コインは人の心を狂わせる』


 百年続く古銭商の、格言は伊達じゃない。

 オッドアイのみひろは、殺されかけた事が嘘のように可愛らしく微笑んでいる。

 万物を見通す金色のコインを、その瞳に宿して。


 これから私も、不思議なコインに魅了され狂っていくのだろうか。

 ママによく似た紫目を持つ、可愛らしい推理令嬢と一緒に。


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