「実はコインは、全部で五枚ありまして。残り四枚は事故で行方不明になっています。コインは自身が認める
「ん? でも葉室財閥だったら、コレクタってのを見つけるのも簡単なんでしょ? だったらいくらでもお金積んで、返してもらえばいいんじゃないの?」
みひろは小さく、かぶりを振った。
「コインが貼り付いたコレクタは五感全てが鋭敏になり、特にコインの司る感覚が、超能力レベルに引き上げられます。お金で買えない異能を、お金で売ってくれる人はいません。力ずくで奪おうにも、五感の鋭いコレクタに不意打ちは難しいですし、
みひろと伊織さんが、じっと私を見つめてくる……え? ちょっと待って?
「私に……コインをスってこいっていうの!?」
伊織さんはアタッシュケースから長方形の小冊子とペンを取り出すと、みひろに渡した。
みひろは慣れた手つきでサラサラと書き込み、冊子から一枚を切り離す。
「有海邸の住宅ローン残金とほぼ同額、五千万円の小切手です。これを前金とし、全てのコインを集めた際には成功報酬としてもう五千万、計一億円をお支払いします」
「……マ?」
「また……もし藍海さんがご希望されるなら、失踪した有海万智子さんを捜索する事もできます。葉室財閥のコネクションを使えば、何らかの手がかりは見つかるでしょう」
個人情報を、どうこう言う気はもう失せた。
逆に言えば、たった一日でここまで私の情報を調べ上げれるならママの居場所だって見つかるはず。
動かない警察、欲まみれの親戚、気まぐれな
「この依頼、お引き受け頂けますか?」
でも……私には、どうしても確認しなきゃならない事がある。
「その前に一つだけ教えて。どうしてみひろちゃんや葉室財閥は、コインを集めなきゃならないの? そんなもの無くったって、お金ならいくらでも持ってるんでしょう?」
みひろは、隣の伊織さんに視線を向ける。
彼が僅かに頷くと、指を三本、ほっぺの横に立ててみせた。
「理由は三つ。一つめは、全てのコインのコレクタが揃うと万能薬が手に入ると、コインが発掘された遺跡の古文書に書かれていたからです。もしそれが本当なら、コイン同様現代医学を根底から覆す薬で、間違いないでしょう」
まぁ……異能を与える偽造天賦って時点でかなり非現実的な話だし、嘘だと笑い飛ばす事はできない。
「二つめに、錬金金貨
「えーっと……?」
「古文書には、錬金術によって造られた金貨だと書かれていましたが、それを今風に言えば、元素変換技術です。その技術を応用すれば、有害物質を無害な物質に変える事もできるはずです」
「うん……うん?」
いまいちピンと来ない私に、伊織さんが助け船を出してくれる。
「葉室グループには、原子力発電に使われる原子炉を製造している、葉室重工という会社があります。藍海さん、核のゴミ問題は知ってますか?」
「えーと。使用済み核燃料を、どこに捨てるか決まらない……って話ですよね?」
みひろはこくんと頷いた。
「核のゴミは高レベル放射性廃棄物とも呼ばれ、生身で近付けば二十秒で死に至る最悪の有害物質です。その放射能が尽きるまで千年、万年かかるとも言われていて、地震大国日本で、その保管施設を受け入れる自治体はまず出てこないでしょう」
みひろは瞳からコインを取り外すと、ペンダント・トップに嵌めこんだ。
「このコインが、本当に鉄から金に元素変換されているのなら……その技術を使って、放射性物質を無害な物質に変換する事も可能なはずです。これが実現できれば、人は未来永劫エネルギー問題に悩まなくて済みます。人類史上、類を見ない偉業として、後世に語り継がれる事でしょう」
なんとも壮大で、夢のある話だ。
一介の女子高生には壮大すぎて、あんま実感湧かないけど。
「これは同時に、葉室財閥にとって大きなビジネスチャンスでもあります。競合他社に知られる前に全てのコインを回収し、元素変換技術の解明、特許取得を急がなければなりません」
「そのためなら、スリに一億円払っても惜しくないと」
「凄腕のスリ師に、ご協力頂けるのであれば安いものです」
ああ、やっぱりこの子の笑顔は、ママのそれによく似てて――、あの日の約束が、頭の中で蘇る。
『藍海の右手は、神様がくれた
スリの神様はひょっとして……このために、私に
「コインを手に入れたコレクタは、まず間違いなく、偽造天賦の力を使って成り上がります。葉室財閥のコイン探索班は、あらゆる領域でここ最近頭角を現した人物をリストアップし、コレクタ確度の高い人物を回収班に伝えてくれます。私が推理で、その人物がコレクタかどうかを見極めますので、藍海さんは――」
「コレクタからコインをスリ取る――それだけで、いいんだよね?」
「はい! ありがとうございます!」
みひろは立ち上がると、私の手を取って上下に振り、感謝を伝えてくる。
それと同時にバリバリと、家の外からとんでもない騒音が聞こえてきた。
みひろと伊織さんに緊張が走る。