伊織さんから新たな札束封筒を受け取ると、みひろはソファーに座ったままポンポンとスカートを払い、膝上に封筒を乗せた。
「この封筒をスって下さい。見事スれたらあなたの勝ち、百万円はあなたのものです。スリの手を掴めたら私の勝ち。改めて、私のお願いを聞いてもらいます」
「分からないな。もし私が本当に凄腕のスリ師なら、みひろさんが百万損するだけじゃん?」
「私はその、凄腕のスリ師に会いに来たのです。そのための必要経費と思えばこれくらい。それとも……やっぱり酔っぱらいが相手じゃないと、スリって難しいんですか?」
安い挑発と分かっていても、勝手に全身の毛が逆立ち、血が煮えたぎっていく。
お金に困った事もない世間知らずのお嬢様が……どうやって私のスリを見破ったかは分からない。
ならいっその事試してやろうと思った瞬間、私の右手が飛んでいた。
いつものように瞬息で伸びる右手。爪の先が封筒に届いたと思った、次の瞬間――、
私の右手首は、みひろの左手でがっちり捕まえられていた。
「えっ……!?」
「私の勝ち、みたいですね」
手を強引に振りほどき、みひろを睨みつける。
どういう事……右手の動きが、見えてる? ううん、そんなわけない!
百歩譲って見えてたとしても、その細腕で私の右手が掴めるはずないじゃない。
だってそれは……みひろも私と同じか、それ以上の速さで手が動かせるって事で――まさか!?
「もしかしてみひろちゃんも……
「いいえ。推理には多少の自信はありますが、それ以外は平々凡々な女の子です。ただ――」
みひろは、おもむろに黒眼帯を取った。
露わになった右目を見て、私の腕にぶわっと鳥肌が立っていく。
みひろの右目は、左の紫目とは似ても似つかない……黄金色に輝いていた。
眼帯をしてたのは右目のカラコンを隠すため? いや、違う。
右目の金の虹彩に、うっすら女性の横顔が――フリジア帽を被った女神マリアンヌが、瞳に貼り付いている!?
みひろは首筋のチェーンを引っ張った。ポンッと胸元からコイントップが飛び出てくる。
大きな胸の上に着地したそれは……コインの嵌ってない丸フレーム。
本当にあのコインが……右目の中に入ってるっていうの!?
「これは、
ゴスロリオッドアイ女の芝居がかった説明に、私は「はぁ」と、気のない溜息を零した。
やっぱりこの子、ただの中二病じゃないかしら。
* * *
その後、みひろと伊織さんの説明を聞いて、おおよその事情は把握できた。
「つまりみひろちゃんは、錬金術で造られた金貨――プロビデンスアイに認められたコレクタで、コインを右目に貼り付けちゃえば、視力に関する超能力が使えるようになる……」
「その通りです。眼帯をしていても、透視でバッチリ見えてるんですよ」
右目からコインを外したみひろは、眼帯を付け、指でピンとコインを宙に弾いてみせた。
飛び上がったコインは勢いよく眼帯に落ちていき、中に消えてしまう。
みひろが眼帯をずらすと、確かに右目の中に、金のコインが光っている。
「封筒の中身を確認してる間に、そうやってコイントスして貼り付けたのね……」
「はい。藍海さんのスリの手を掴む事ができたのも、プロビデンスアイの未来視で、どこに手が伸びてくるか分かっていたからです。そこで待ち伏せしていれば、あとは伸びてきた手を掴むだけ。簡単です」
「そのゴスロリチックな衣装も、黒眼帯に違和感ないファッションだから……って事?」
「目の色が左右で違うと、どうしても目立ってしまうので。
錬金術やら
こうしてコインが目の中に貼り付いたり、実際にスリの手を掴まれたからには、信じざるを得ない。
「そのコインが、みひろちゃんにとって大事なものって事は分かった。でもどうして、私にそんな話するの?」