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1-12 クリソピアコイン

 伊織さんから新たな札束封筒を受け取ると、みひろはソファーに座ったままポンポンとスカートを払い、膝上に封筒を乗せた。


「この封筒をスって下さい。見事スれたらあなたの勝ち、百万円はあなたのものです。スリの手を掴めたら私の勝ち。改めて、私のお願いを聞いてもらいます」

「分からないな。もし私が本当に凄腕のスリ師なら、みひろさんが百万損するだけじゃん?」

「私はその、凄腕のスリ師に会いに来たのです。そのための必要経費と考えればこれくらい。それとも……やっぱり酔っぱらいが相手じゃないと、スリって難しいんですか?」


 安い挑発と分かっていても、勝手に全身の毛が逆立ち、血が煮えたぎっていく。

 お金に困った事もない世間知らずのお嬢様が……どうやって私のスリを見破ったかは分からない。

 ならいっその事試してやろうと思った瞬間、私の右手が飛んでいた。

 いつものように瞬息で伸びる右手。爪の先が封筒に届いたと思った、次の瞬間――、

 私の右手首は、みひろの左手でがっちり捕まえられていた。


「えっ……!?」

「私の勝ち、みたいですね」


 手を強引に振りほどき、みひろを睨みつける。

 どういう事……右手の動きが、見えてる? ううん、そんなわけない!

 百歩譲って見えてたとしても、その細腕で私の右手が掴めるはずないじゃない。

 だってそれは……みひろも私と同じか、それ以上の速さで手が動かせるって事で――まさか!?


「もしかしてみひろちゃんも……天賦の才ギフテッドなの?」

「いいえ。推理には多少の自信はありますが、それ以外は平々凡々な女の子です。ただ――」


 みひろは、おもむろに黒眼帯を取った。

 露わになった右目を見て、私の腕にぶわっと鳥肌が立っていく。


 みひろの右目は、左の紫目とは似ても似つかない……黄金色に輝いていた。


 眼帯をしてたのは右目のカラコンを隠すため? いや、違う。

 右目の金の虹彩に、うっすら女性の横顔が――フリジア帽を被った女神マリアンヌが、瞳に貼り付いている!?

 みひろは首筋のチェーンを引っ張った。ポンッと胸元からコイントップが飛び出てくる。

 大きな胸の上に着地したそれは……コインの嵌っていない丸フレーム。

 本当にあのコインが……右目の中に入ってるっていうの!?


「これは、錬金金貨クリソピアコインと呼ばれています。自身が認めた蒐集家コレクタに貼りつく事で、後天的天賦の才ギフテッド――偽造天賦コインドを授ける奇跡のコインです。右目に貼り付く私のコイン『万物を見通す目プロビデンスアイ』は、視力に纏わる異能――類稀な動体視力、瞬間記憶能力、透視能力、数秒先の未来すらえる未来視を、私に授けてくれるのです」


 ゴスロリオッドアイ女の芝居がかった説明に、私は「はぁ」と、気のない溜息を零した。

 やっぱりこの子、ただの中二病じゃないかしら。


* * *


 その後、みひろと伊織さんの説明を聞いて、おおよその事情は把握できた。


「つまりみひろちゃんは、錬金術で造られた金貨――プロビデンスアイに認められたコレクタで、コインを右目に貼り付けちゃえば、視力に関する超能力が使えるようになる……」

「その通りです。眼帯をしていても、透視でバッチリ見えてるんですよ」


 右目からコインを外したみひろは、眼帯を付け、指でピンとコインを宙に弾いてみせた。

 飛び上がったコインは勢いよく眼帯に落ちていき、中に消えてしまう。

 みひろが眼帯をずらすと、確かに右目の中に、金のコインが光っている。


「私が封筒の中身を確認してる間に、そうやってコイントスして貼り付けたのね……」

「はい。藍海さんのスリの手を掴む事ができたのも、プロビデンスアイの未来視でどこに手が伸びてくるか分かっていたからです。そこで待ち伏せしていれば、あとは伸びてきた手を掴むだけ。簡単です」

「そのゴスロリチックな衣装も、黒眼帯付けてても違和感与えないファッションだから……って事?」

「目の色が左右で違うと、どうしても目立ってしまうので。眼帯これは手放せないんですよね……」


 錬金術やら偽造天賦コインドやら、にわかには信じがたい話だけど……。

 こうしてコインが目の中に貼り付いたり、実際にスリの手を掴まれたからには、信じざるを得ない。


「そのコインが、みひろちゃんにとって大事なものって事は分かった。でもどうして、私にそんな話するの?」


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