「葉室家では、私のような未成年が重宝される場面も多いんです。例えば私が社会人で、結婚もして旦那様や子供がいたとします。それだけで葉室の者は、私を篭絡する方法をいくつも思いつくでしょう。ですが私はまだ高校生で、葉室家当主久右衛門様の孫娘です。社会のしがらみと無関係な私に、忖度の心配はございません。清廉潔白な推理が保障されているのです」
うーん。納得したような、しないような。
それでも昨夜、みひろが披露した推理は本物だった。
探偵としての能力を疑う気はないけれど……やっぱり話が見えてこない。
「それで。可愛くて清廉潔白な探偵さんは、どんなお話をしに来られたんですか?」
みひろは、声を落として切り出した。
「実は、助けて頂いたご縁でもうひとつ。藍海さんにお願いしたい事がございます」
「なんでしょう?」
「あなたは、私の大切なコインをお持ちになっています」
「……え?」
「ただで返せとは言いません。それを私に、売っては頂けないでしょうか?」
「……」
ここまで正面切って来られるとは、正直思っていなかった。
にわかに跳ね上がる胸の鼓動を感じながら、どう答えていいか迷っていると、みひろは隣の助手に声をかけた。
「伊織」
「はい」
伊織さんはジャケットの内ポケットからスマホを取り出すと、テーブルの上に置いた。
画面に表示された写真は、繁華街の裏通り。古銭商のビルに入っていく……私の後ろ姿!?
「失礼ながら、今朝から藍海さんを尾行させて頂きました」
「なっ……!?」
当然のように発せられた『尾行』という言葉に、さーっと血の気が引いていく。
「本日学校帰りにアルバイトを終えた藍海さんは、駅前公園を経由して、繁華街裏通りにある古銭商に入りました。店主にも、藍海さんがコインを持ってきた事を確認しています」
尾行、聞き込み、隠し撮り。
目の前の令嬢と執事が、本物の探偵と助手である事を否が応でも認識させられる。
「エーちゃんに……何かしたの?」
「ご安心下さい。コインの写真を、いくつか買い取らせて頂いただけです」
伊織さんは二枚の写真を取り出して、スマホの横に置いた。
それは金貨の表裏――フリジア帽を被る女神マリアンヌと、プロビデンスアイ。
これではもう、言い訳のしようもない。
「分かりました、私の負けです。どうせ売る気だったし、葉室財閥のご令嬢が高く買い取ってくれるって言うなら、私に異論はありません」
「理解が早くて助かります。伊織」
「はい」
伊織さんはアタッシュケースから分厚い封筒の包みを取り出すと、みひろに手渡した。
私には分かる……あの封筒の中身は、札束。
更に言えば、あの鞄の中には同じ封筒が、まだまだたんまり入ってる……。
「では、百万円で買い取らせて頂きます。コインをテーブルの上に出してもらえますか?」
私は制服のポケットからコイン・ペンダントを取り出すと、表裏を見せてからテーブルに置いた。するとみひろは頬に手を当て、あらあらとでも言いたげな困り笑顔を見せる。
「ああ、忘れてました。買い戻したコインを、またすぐスられてしまったら大変です」
「そんな事、できるわけないでしょ」
「いいえ、分かりませんよ。だって藍海さんは、
左の紫目が妖しく光り、私は思わず息を呑む……この子、何をどこまで知ってるの?
「藍海さん、あなたの事は少々調べさせて頂きました。一年前にお父様が亡くなり、半年前にはお母様も失踪。一人残されたあなたは家のローン返済のため、放課後お蕎麦屋さんでアルバイトをされていると」
みひろは話しながら、札束封筒とコイン・ペンダントを交換した。
私が封筒の中身を確認している間に、みひろはペンダントを首にかけ、トップのコインを服の中に収めた。
「お蕎麦屋さんのアルバイトでは、十分なお金は稼げないでしょう。かといって、酔った男性からお金をスるのは感心しません。今夜だけでなく昨晩も、駅前公園でスリを働いていたのは明白です。こんな小悪党な真似、いつまで続けるおつもりですか?」
ハッタリだ。
いくら尾行してたからって、遠くから私のスリを視認できるわけがない。
合気道の先生だって、私の小手返しに、くるっくるなんだから!
「……人のプライベート勝手に調べ上げて、妄想だけでお説教? 私がスリ師なわけないっしょ。そのコイン・ペンダントはあなたが落としたもので、魔が差して拾っただけよ」
「いいえ、あなたは希代のスリ師です。今夜の駅前公園では、酔ったサラリーマンの前を通り過ぎる瞬間、ジャケットの内ポケットから財布をスり取り、紙幣だけ抜いて財布は元の場所に戻していました。こう言ってはなんですが、ほれぼれするほど見事な手際でしたよ」
ここまで言い当てられてしまっては、下手な言い訳も喉奥に詰まってしまう。
「もちろん、あなたが私達を警戒する気持ちも分かります。そこでひとつ、ゲームをしませんか?」
「……ゲーム?」