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1-10 氏立探偵

「素敵なお家ですね! お邪魔します」


 物珍しそうに玄関を見回していたみひろは、当然のように上がりかまちを土足で跨いだ。


「ちょっ、靴!」

「え?」

「みひろ様。下々の邸宅では、まず靴を脱いでからお上がり頂きます」

「あっ、えっ、あっ、私てっきり……どうりで靴が置いてあるなと。失礼しました」


 シモジモて……石油王の娘かよ。あ、でも、外国暮らしが長いとかはあるのかも?

 苦笑いでスリッパを用意しリビングにお通しすると、私は一旦キッチンに下がった。

 引き出し奥で眠ってたリップトーンのティーパックを引っ張り出すと、お湯を沸かし紅茶を淹れる。

 その間みひろは、姿勢正しくリビングのソファーに座り、きょろきょろ部屋を見回していた。その隣で執事は、心配そうに己が主人を見守っている。

 世話焼きイケメン執事と、ゴスロリぽやぽやお嬢様。なんだこのほのぼのした絵面は。

 とても盗っ人を糾弾しに来たとは思えない。ホントにこの二人、お礼をしに来ただけかも?


「えーと、お口に合うかは分かりませんが……ダージリンです」


 リップトーンの、とはさすがに言えず。

 私は三人分のティーカップをテーブルに並べた。


「まぁ! お気遣いありがとうございます」


 両手を合わせて喜ぶみひろは、テーブルに置かれたカップを見てきょとんとする。


「せっかくのお紅茶ですし、リビングで戴いてもよろしいでしょうか?」

「みひろ様。ここがその、リビングでございます」

「あっ、えっ、あっ、そ、そうなんですね! 私てっきり物置部屋かと……」


 あわあわと、余計な事まで口走るお嬢様。ウチもそこそこ、広い戸建てなんだけどなあ!

 まぁいい。お嬢様ムーブも二回目となればもう慣れた。それよりさっさと本題に入る。


「それで、お話と言うのは? まさか庶民の家に上がってみたかった、とか言わないよね?」


 冗談混じりに水を向けると、みひろはカップをソーサーに戻し居住まいを正す。


「まずは改めて、自己紹介させて下さい。私の名前は葉室はむろみひろ。葉室一族の間で、氏立しりつ探偵を務めております。こちらは助手の、井ノ原伊織です」

「一族の間で? シリツ探偵?」

「はい。葉室家は少々特殊な家柄でして。親戚、使用人を含めると数千人に上る大所帯です。人が多ければその分トラブルも多くなり、葉室家の中で起きたトラブルのみを専門に扱う、うじに立つと書いて氏立しりつと読む――氏立探偵が必要になります」


 色々とツッコミどころ満載な話に思えるが、まず確認しなきゃならないのは、その名前だ。


「葉室家ってもしかして……財閥系企業グループの、葉室財閥の事ですか!?」


 葉室財閥と言えば、銀行、工業、商社、流通……およそ主要な産業で、その名を聞かない事はない超巨大企業グループだ。

 それこそ石油王と比べてどっちが上か……私にはさっぱり分からない。


「仰る通りです」


 みひろに代わって肯定したのは、助手の伊織さんだった。

 二十代後半に見える伊織さんは、これまた少女漫画に出てきそうな、中性的な顔立ちのイケメン執事だ。痩躯が紡ぐユニセックス・ボイスはハスキー通り越し、セクシーの域まで達している。


「みひろ様は葉室財閥現当主、葉室久右衛門様の孫娘です。一族の中でも一目置かれる才媛で、これまで数々のお家騒動を解決に導いています。それゆえ久右衛門様から直々に、葉室家専門の氏立探偵を拝命なさったわけですが――」


 伊織さんが半目を向けると、みひろは照れ笑いで応える。なにその尊いアイコンタクト。


「その特殊な役割ゆえ、みひろ様は葉室家以外の方々との交流が極端に乏しく、多少世間知らずなところがございます。先刻の失礼な振る舞いもそのためでして、何卒ご容赦頂きたく」

「本当に、ごめんなさい」


 二人揃って頭を下げる。私は柄にもなく恐縮し「いえいえそんな」と両手を振った。

 そんな事より、葉室家専門の氏立探偵って方が気になる……。

 スリの私を捕まえて、氏立警察に突き出し、氏立裁判所で断罪し、孤島の氏立刑務所に島流しにでもするつもり!?


「家専門の探偵さんがいるなんて、初めて聞きました。もしかして家専門の学校や病院、警察なんかもあるんですか?」

「学校と病院は、葉室家専門のものがありますね」


 事も無げに言うみひろ。ホントにあるんかい。


「ですが、警察は法が定めた公的機関なので、勝手に私設するわけにはいきません。そのため警視庁、警察庁は葉室一族の根回し、しがらみでがんじがらめになってしまい、葉室家で起きた事件をまともに捜査できないのです」

「はぁ……だから警察の代わりに、一族専門の氏立探偵が必要ってわけですか」

「お恥ずかしながら?」

「お恥ずかしながら、です」


 語尾を上げ小首を傾げるみひろに代わり、お恥ずかしい空気をきっちり醸し出して、お手本のような座礼をする伊織さん。このゴスロリ……親族に一人くらい、探偵いるのが当たり前とか思ってそう。

 こんな世間知らずの箱入り娘に、ホントに探偵なんて務まるんだろうか?


「今、どうしてこんな若くて可愛い女の子が探偵なんて――と、思いましたね?」

「うん、まあ、はい。ちょっと、ニュアンスは違うけど」


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