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1-09 ゴスロリ

「持ち主の手、ねぇ……」


 自宅への道すがら、私はエーちゃんとの会話を反芻していた。

 まさか今更、盗品なら返してこいとか、そういう遠回しの説教だったりする?

 それとも、百年続いた古銭商らしく、もっともらしい事言ってみたかったとか?

 いずれにせよ、コインの持ち主は二度と会う事もないお嬢様だし、高値が付くと分かって返すほど、私もお人好しじゃない。気にしないのが一番。

 一番って、分かってるのに……どうしてこんなに気になるんだろう。

 箱入り娘の透き通った紫の瞳が……どことなくママに似てるから?


 自宅付近まで戻ってくると、家の前に黒塗りの高級車が路駐していた。

 なんでこんな夜の住宅街に……まさかまた、叔父さんが!?

 警戒しながら車に近付くと、後部座席の扉が開く。

 車の中から思いもよらない人物が、ふわり地上に舞い降りた。


「こんばんは、有海藍海さん」


 今夜のお嬢様のお召し物は、黒と紫を基調とした、ゴシックロリータ・ファッション。

 透け感ある長袖と、谷間が見えるレースたっぷりのワンピースは、セクシーなお胸に目がいきがちになるけれど……右目を覆う黒眼帯の異様な存在感が、それを阻んでしまっている。

 ファッションでやってるのか中二病なのか、判断に苦しむとこだけど……ううん、この際、恰好なんてどうだっていい。

 なんであの時のお嬢様が家の前に……。

 どうして私のフルネームまで、知ってるのっ!?


「あの、えっと、ごめん。昨日のハコちゃんだよね?」

「それは藍海さんが勝手に付けた名前です。私の事は、みひろと呼んで下さい」

「あ、そうだ。ごめんね、みひろちゃんだったね。昨日教えてもらってたね」


 いちいち謝る私がおかしかったのか、みひろは口に手を添えて、くすくすと笑い出した。


「あ、この眼帯は気になさらないで下さいね。目を悪くしたのではなく、ファッションで付けてるだけですから」

「あ、そうなんだ。なんか、この前のザ・お嬢様って感じと違って、ギャップがあって驚いちゃったよ。でも、すごくかわいいね」

「ありがとうございます」


 実際、肌も白くてスタイル抜群のみひろに、漆黒のゴスロリ・ファッションが似合わないわけではなく……でもなぁ。

 一般人はコスプレ大会でもない限り、ゴスロリは着ないんだよなあ。

 やっぱどっかズレてるわ、この子。


「ええと、こんな夜中に突然で申し訳ありません。昨夜は助けて頂きありがとうございました。お礼に、藍海さんに良いお話をもって参りましたので、少しだけお時間頂けますか?」


 その言葉で、ハッと我に返る。落ち着け私。良い話なんて方便だ。

 コイン・ペンダントが無くなった事に気付いて、私が盗んだと当たりを付けて、家を調べてきたんだろう。それでも、決定的なスリの証拠なんてあるはずがない。

 ペンダントの事を訊かれても、知らぬ存ぜぬでやり過ごせばいい。


「えーと、どんなお話でしょうか?」

「立ち話もなんですし、どうぞ車に乗って下さい」


 運転席に目を向けると、昨日駅ですれ違ったイケメン執事が座っていた。フロントガラス越しに会釈を見せるも、その目は全然笑ってない。

 車はダメだ……ブレザーのポケットには、例のコインが入ってる。

 乗ったが最後どこか遠くに連れてかれ、身体検査でもされたら一発だ。

 ならいっその事――。


「あー、じゃあ、家の中で話そうよ」

「え、いいんですか?」


 ぱああっと、暗い小径にゴスロリ笑顔の花が咲く。

 何この子。もしかして私の事、全然疑ってない?


「私も同席してよろしいでしょうか」


 運転席の扉が開くと、執事がハスキーなイケボを響かせた。

 こっちは不信感を隠せていないわけだけど……断るわけにもいきませんよねえ。


「もちろん。家のガレージが空いてますから、車はそちらに停めて下さい」

「ありがとうございます」


 まぁいい。家の中ならコインを隠すのは容易い。

 あとは探偵気取りのゴスロリお嬢様を、どう煙に巻くか。

 私はカーゲートを開きながら、必死に考えを巡らせていた。


* * *


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