「持ち主の手、ねぇ……」
自宅への道すがら、私はエーちゃんとの会話を反芻していた。
まさか今更、盗品なら返してこいとか、そういう遠回しの説教だったりする?
それとも、百年続いた古銭商らしく、もっともらしい事言ってみたかったとか?
いずれにせよ、コインの持ち主は二度と会う事もないお嬢様だし、高値が付くと分かって返すほど、私もお人好しじゃない。気にしないのが一番。
一番って、分かってるのに……どうしてこんなに気になるんだろう。
箱入り娘の透き通った紫の瞳が……どことなくママに似てるから?
自宅付近まで戻ってくると、家の前に黒塗りの高級車が路駐していた。
なんでこんな夜の住宅街に……まさかまた、叔父さんが!?
警戒しながら車に近付くと、後部座席の扉が開く。
車の中から思いもよらない人物が、ふわり地上に舞い降りた。
「こんばんは、有海藍海さん」
今夜のお嬢様のお召し物は、黒と紫を基調とした、ゴシックロリータ・ファッション。
透け感ある長袖と、谷間が見えるレースたっぷりのワンピースは、セクシーなお胸に目がいきがちになるけれど……右目を覆う黒眼帯の異様な存在感が、それを阻んでしまっている。
ファッションでやってるのか中二病なのか、判断に苦しむとこだけど……ううん、この際、恰好なんてどうだっていい。
なんであの時のお嬢様が家の前に……。
どうして私のフルネームまで、知ってるのっ!?
「あの、えっと、ごめん。昨日のハコちゃんだよね?」
「それは藍海さんが勝手に付けた名前です。私の事は、みひろと呼んで下さい」
「あ、そうだ。ごめんね、みひろちゃんだったね。昨日教えてもらってたね」
いちいち謝る私がおかしかったのか、みひろは口に手を添えて、くすくすと笑い出した。
「あ、この眼帯は気になさらないで下さいね。目を悪くしたのではなく、ファッションで付けてるだけですから」
「あ、そうなんだ。なんか、この前のザ・お嬢様って感じと違って、ギャップがあって驚いちゃったよ。でも、すごくかわいいね」
「ありがとうございます」
実際、肌も白くてスタイル抜群のみひろに、漆黒のゴスロリ・ファッションが似合わないわけではなく……でもなぁ。
一般人はコスプレ大会でもない限り、ゴスロリは着ないんだよなあ。
やっぱどっかズレてるわ、この子。
「ええと、こんな夜中に突然で申し訳ありません。昨夜は助けて頂きありがとうございました。お礼に、藍海さんに良いお話をもって参りましたので、少しだけお時間頂けますか?」
その言葉で、ハッと我に返る。落ち着け私。良い話なんて方便だ。
コイン・ペンダントが無くなった事に気付いて、私が盗んだと当たりを付けて、家を調べてきたんだろう。それでも、決定的なスリの証拠なんてあるはずがない。
ペンダントの事を訊かれても、知らぬ存ぜぬでやり過ごせばいい。
「えーと、どんなお話でしょうか?」
「立ち話もなんですし、どうぞ車に乗って下さい」
運転席に目を向けると、昨日駅ですれ違ったイケメン執事が座っていた。フロントガラス越しに会釈を見せるも、その目は全然笑ってない。
車はダメだ……ブレザーのポケットには、例のコインが入ってる。
乗ったが最後どこか遠くに連れてかれ、身体検査でもされたら一発だ。
ならいっその事――。
「あー、じゃあ、家の中で話そうよ」
「え、いいんですか?」
ぱああっと、暗い小径にゴスロリ笑顔の花が咲く。
何この子。もしかして私の事、全然疑ってない?
「私も同席してよろしいでしょうか」
運転席の扉が開くと、執事がハスキーなイケボを響かせた。
こっちは不信感を隠せていないわけだけど……断るわけにもいきませんよねえ。
「もちろん。家のガレージが空いてますから、車はそちらに停めて下さい」
「ありがとうございます」
まぁいい。家の中ならコインを隠すのは容易い。
あとは探偵気取りのゴスロリお嬢様を、どう煙に巻くか。
私はカーゲートを開きながら、必死に考えを巡らせていた。
* * *