「へぇ……藍海も目利きが効くようになったな。俺はその可能性が高いと踏んでる」
「マ!?」
「実はこいつ、べらぼうに重いんだよ。同じ大きさのルースター金貨が六・五グラムしかないのに、こいつは三〇グラム。硬貨としてはちょっと考えられないくらいの重さなんだ」
「尻尾までぎゅーっと、金詰まってる感じ?」
「たい焼きじゃねーっての。だが、今の金相場はグラム一万まで高騰している。三〇グラムの十八金だったら、それだけで二十二万五千円。ロマンはあるな」
「あるある! マロンも詰まってる!」
「栗まんじゅうでもねーっての」
下らない話をしてる間に、ぶいーん音が止まって分析が終わる。
液晶画面に表示された検査結果を見たエーちゃんは、何とも言えない表情を浮かべている。
「ねぇ、どうだったの?」
「こいつぁ、驚きだ」
見せてくれた液晶画面には、たった一行。
Au=一〇〇パーセント。
「これってどういう意味?」
「Auってのは、金の元素記号だ。つまりこいつは、混ぜ物なしの二十四金。純金製だ」
「え、ちょっ、凄くない? 三十グラム丸々金って事は……三十万円っ!?」
「あり得ない」
声を裏返した私とは対照的に、エーちゃんは極めて冷静な顔でコインを取り出し、トレイに置いた。
「よく見てみろ。このコイン、傷一つ付いちゃいない」
「もしかして、プレミア価格まで付いちゃうやつ!?」
これみよがしに大きな溜息を吐くと、エーちゃんは少し早口で説明し始めた。
「あのなぁ……金ってのは元々柔らかい金属で、簡単に曲がったり傷ついたりするんだ。だから金のアクセサリーは十八金ばっかだろ? 二十四金ってのは仏像とか装飾とか、とにかく人が普段、触れないモノにしか採用されない」
「そうなんだ」
「特に硬貨なんて、人から人の手に渡るもんだからな。傷も汚れも付きまくってるのが普通だ。傷一つない金貨なんてのは、昔お前が持ってきた十万円金貨のように、常時ケースに入れてあるものか、造りたての偽造コインだけ。お前、このコイン、ポケットから出したよな?」
「なんなら、家の鍵と一緒に入れてたね……」
自宅のカギをポケットから出しながら、「てへへ」とバツの悪い笑顔を返した。
「それで傷一つ付いてないって事は、こいつが純金製じゃないって証拠だな。きっとこの分析機が、バグってるだけだろう」
「そっかあ……。じゃあこのコイン、買い取ってくれないの?」
「今日はな。現時点で値が付けられない事は確かなんだが、ワンチャンありそうなコインではある。写真、撮ってもいいか? どこかで出回った事がないか調べてみる」
「どうぞどうぞ」
スマホで一通り撮影を終えると、エーちゃんはトレイに乗ったコインを、私に押し返した。
「なんならこれ、エーちゃんに預けておこうか? 私が持っててもしょうがないし」
「あまり古銭商を信用するな。調べた結果とんでもない価値があると分かったら、次来た時、店がもぬけの殻になってるかもしれねぇぞ」
「えーまさか。百年続いた古銭商を潰すなんて、エーちゃんはそんな事しないっしょ」
私があっけらかんと笑い飛ばすと、エーちゃんは少しだけ眉尻を下げた。
「いいか藍海。人を信用するなとは言わない。だが、コインは信用するな」
「何それ。意味わかんない」
エーちゃんは、トレイに置かれたままのコインに視線を落とす。
目の前の私じゃなく、まるでコインに語り掛けるように……静かに語り出す。
「これは、先代の受け売りだがな……コインは人の心を狂わせる。最近じゃ、ビットコインなんかもそうだろ。真面目なサラリーマンが億り人とか、夢みたいな事言っちゃって。たった三日で人生三回分の借金をこさえたりする」
「あはは。エーちゃんもビットコインとか、興味があったんだ」
「コインと名が付くものは、いつの時代も元凶だ。『金に目がくらむ』の意味は、金欲しさに良心や分別を失う事だが、逆に言えば、そいつは普段から分別を弁えたいいヤツだったって事だろ? コインは人の心を狂わせる。ビットコインだろうが古銭だろうが関係ねえ。これはコインの持つ宿命と言ってもいい」
いつになく真剣な顔で言うもんだから、私も軽口は止め、殊勝なフリして聞いていた。
お金に目がくらむなんて、今の私には想像つかない。
この右手を使えば、いくらでも小銭なんて手に入るんだから。
じゃあもし……大金を目の前に積まれたとしたら?
家のローンを完済できるくらいの大金が、ポンッと目の前に……。
私はコインを取って立ち上がると、ポケットに入れた。
「私は大丈夫だよ。こんなコイン一枚で、人生狂わされたりなんかしない」
「そうか……ならそれは、藍海が持ってた方がいいだろう」
「エーちゃんは元々、コイン狂いだしね。心配しちゃうのは分かるけど」
「はっ! こちとら老舗の古銭商だ。そんな心配してねーよ。けど……」
「けど?」
「こんな商売やってるとな、たまに見かけるのさ」
声を落としたエーちゃんは、まことしやかに呟いた。
「コインがな、持ち主の手に戻りたがってるところを」
* * *