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1-08 信用問題

「へぇ……藍海も目利きが効くようになったな。俺はその可能性が高いと踏んでる」

「マ!?」

「実はこいつ、べらぼうに重いんだよ。同じ大きさのルースター金貨が六・五グラムしかないのに、こいつは三〇グラム。硬貨としてはちょっと考えられないくらいの重さなんだ」

「尻尾までぎゅーっと、金詰まってる感じ?」

「たい焼きじゃねーっての。だが、今の金相場はグラム一万まで高騰している。三〇グラムの十八金だったら、それだけで二十二万五千円。ロマンはあるな」

「あるある! マロンも詰まってる!」

「栗まんじゅうでもねーっての」


 下らない話をしてる間に、ぶいーん音が止まって分析が終わる。

 液晶画面に表示された検査結果を見たエーちゃんは、何とも言えない表情を浮かべている。


「ねぇ、どうだったの?」

「こいつぁ、驚きだ」


 見せてくれた液晶画面には、たった一行。

 Au=一〇〇パーセント。


「これってどういう意味?」

「Auってのは、金の元素記号だ。つまりこいつは、混ぜ物なしの二十四金。純金製だ」

「え、ちょっ、凄くない? 三十グラム丸々金って事は……三十万円っ!?」

「あり得ない」


 声を裏返した私とは対照的に、エーちゃんは極めて冷静な顔でコインを取り出し、トレイに置いた。


「よく見てみろ。このコイン、傷一つ付いちゃいない」

「もしかして、プレミア価格まで付いちゃうやつ!?」


 これみよがしに大きな溜息を吐くと、エーちゃんは少し早口で説明し始めた。


「あのなぁ……金ってのは元々柔らかい金属で、簡単に曲がったり傷ついたりするんだ。だから金のアクセサリーは十八金ばっかだろ? 二十四金ってのは仏像とか装飾とか、とにかく人が普段、触れないモノにしか採用されない」

「そうなんだ」

「特に硬貨なんて、人から人の手に渡るもんだからな。傷も汚れも付きまくってるのが普通だ。傷一つない金貨なんてのは、昔お前が持ってきた十万円金貨のように、常時ケースに入れてあるものか、造りたての偽造コインだけ。お前、このコイン、ポケットから出したよな?」

「なんなら、家の鍵と一緒に入れてたね……」


 自宅のカギをポケットから出しながら、「てへへ」とバツの悪い笑顔を返した。


「それで傷一つ付いてないって事は、こいつが純金製じゃないって証拠だな。きっとこの分析機が、バグってるだけだろう」

「そっかあ……。じゃあこのコイン、買い取ってくれないの?」

「今日はな。現時点で値が付けられない事は確かなんだが、ワンチャンありそうなコインではある。写真、撮ってもいいか? どこかで出回った事がないか調べてみる」

「どうぞどうぞ」


 スマホで一通り撮影を終えると、エーちゃんはトレイに乗ったコインを、私に押し返した。


「なんならこれ、エーちゃんに預けておこうか? 私が持っててもしょうがないし」

「あまり古銭商を信用するな。調べた結果とんでもない価値があると分かったら、次来た時、店がもぬけの殻になってるかもしれねぇぞ」

「えーまさか。百年続いた古銭商を潰すなんて、エーちゃんはそんな事しないっしょ」


 私があっけらかんと笑い飛ばすと、エーちゃんは少しだけ眉尻を下げた。


「いいか藍海。人を信用するなとは言わない。だが、コインは信用するな」

「何それ。意味わかんない」


 エーちゃんは、トレイに置かれたままのコインに視線を落とす。

 目の前の私じゃなく、まるでコインに語り掛けるように……静かに語り出す。


「これは、先代の受け売りだがな……コインは人の心を狂わせる。最近じゃ、ビットコインなんかもそうだろ。真面目なサラリーマンが億り人とか、夢みたいな事言っちゃって。たった三日で人生三回分の借金をこさえたりする」

「あはは。エーちゃんもビットコインとか、興味があったんだ」

「コインと名が付くものは、いつの時代も元凶だ。『金に目がくらむ』の意味は、金欲しさに良心や分別を失う事だが、逆に言えば、そいつは普段から分別を弁えたいいヤツだったって事だろ? コインは人の心を狂わせる。ビットコインだろうが古銭だろうが関係ねえ。これはコインの持つ宿命と言ってもいい」


 いつになく真剣な顔で言うもんだから、私も軽口は止め、殊勝なフリして聞いていた。

 お金に目がくらむなんて、今の私には想像つかない。

 この右手を使えば、いくらでも小銭なんて手に入るんだから。

 じゃあもし……大金を目の前に積まれたとしたら?

 家のローンを完済できるくらいの大金が、ポンッと目の前に……。


 私はコインを取って立ち上がると、ポケットに入れた。


「私は大丈夫だよ。こんなコイン一枚で、人生狂わされたりなんかしない」

「そうか……ならそれは、藍海が持ってた方がいいだろう」

「エーちゃんは元々、コイン狂いだしね。心配しちゃうのは分かるけど」

「はっ! こちとら老舗の古銭商だ。そんな心配してねーよ。けど……」

「けど?」

「こんな商売やってるとな、たまに見かけるのさ」


 声を落としたエーちゃんは、まことしやかに呟いた。


「コインがな、持ち主の手に戻りたがってるところを」


* * *


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