ノーテンキな声で挨拶してカウンターに座ると、老眼鏡の上から一瞥をくれたエーちゃんは、傍に置いてあったタブレット端末をポンポンポンとタップする。
すると背後のスチール扉からカシャンと小気味良い音が響き、窓のブラインドカーテンがシャカシャカ自動で閉まっていく。表のディスプレイは今頃、『CLOSED』の画面に切り替わっているだろう。エーちゃん特製、密室商談スペースの出来上がりだ。
初めて来た時はかなり怖かったけど、今となっては安堵の息が漏れる。
盗品売りたい女子高生と、コイン狂いの古銭商オジサンには、それなりの舞台が必要なのだ。
ブラインドが完全に閉まると、エーちゃんはバッグの底に顔をつっこんだまま、くぐもった声で話し掛けてきた。
「久しぶりだな、藍海。元気にしてたか?」
「せめて顔見て言ってよ。ブランドバッグの底よりは、元気な顔してるはずだよ?」
「確かに。中古ビートンの底なんざ、どいつもこいつも疲れきってる。だが、綺麗に化粧してやりゃ金になる。歓楽街の永久機関だ」
「ビートンのバッグで発電できれば、世の中クリーンになるのにねえ」
「はっ! ちげえねえ」
バッグから顔を出すと、エーちゃんは吐き捨てるように笑った。
ビートンを買ったオジサンが、夜のお姉さんにプレゼントする。
お姉さんはエーちゃんの店に売りに来て、また別のオジサンがそのバッグを買う。
歓楽街が生んだ究極のエコシステムは、誰も傷つかないハッピーバッグ・リサイクル。
皆が笑顔でバッグを回していく姿は、子供の頃に遊んだハンカチ落としを思い出す。
世の中不毛でいいんだなと、女子高生にあるがままの世界を教えてくれる。
「百年続いた
いつもの高めイケボでそう言うと、エーちゃんは手元のバッグを後ろに放り投げる。
見事、山盛りの『完了箱』に収まった事も確認せず、いそいそとカウンター席にやってきた。
「で、今日はどんなコインを持ってきた? 偽物でも構わないぜ。今日は朝からバッグしか触ってないんだ。ギザジュウでも買い取ってやりたい気分だぜ」
「えー、私もブランドバッグ、売りに来たかもしれないじゃん」
「そんなもん持ってきたら、つまみだす。いいか、俺がわざわざリスク冒してまで女子高生と取引してんのは、お前が珍しいコインを持ってくるからだ。その期待を裏切るような真似、絶対すんなよ」
「はいはい。密室で可愛い女子高生には目もくれず、コインに夢中でしたなんて、警察の人も信じてくれないだろうしね~」
私はポケットから例のコインを取り出し、アクセサリートレイに置いた。
トレイのデジタル表示窓に『三〇グラム』と表記され、老眼鏡の奥で、エーちゃんの瞳に光が宿る。白手袋をはめるのももどかしく、様々な角度からコインを鑑定し始めた。
「こいつぁフランスの金貨だな。表面は、有名なルースター金貨と同じデザイン。フランスを擬人化した女神、マリアンヌだ」
「マ!? もしかして、お宝コインって事!?」
「いやいや」
エーちゃんはイスに座ったままキャスターを転がして、ショーケースに移動する。
戻ってきたその手には、立派な桐の箱に入った金貨が輝いていた。
「こいつが本物の、マリアンヌ・ルースター二〇フラン金貨。表面は同じだが――」
白手袋が、コインをひっくり返す。
「裏はほら、
確かに……立派なニワトリがなにやら雄叫びを上げている。
気色悪いピラミッドの瞳とは、似ても似つかない。
「じゃあこのコインって、ルースター金貨のニセモノって事?」
「いや。偽物なら、裏面もそっくりなデザインにするはずだろう? こいつは、ルースター金貨を模して造られたお土産用の金メッキか、どっかの金持ちが道楽で造らせた記念金貨。ま、こいつで調べりゃ一発で分かるさ」
エーちゃんが机の下から取り出したのは、ちっちゃい拡声器みたいな機械だ。
「こいつは、小型の元素分析機だ。物体にエックス線を照射し、物質を構成する元素を調べる事ができる」
「えーと……意味がよく、分かんないんだけど?」
「いいか。金貨ってのは当たり前だが、金で造られている。問題はその含有率だ。偽造コインや土産屋で売られてる金貨なら、真鍮や銅に金箔を貼り付けただけの金メッキで、金含有率はせいぜい数パーセント。だがもし、金持ちが道楽で造らせた記念金貨だったら、十八金以上――金含有量七十五パーセントは下らない。ちなみにルースター金貨は二一・六金、金含有率は九〇パーセントにも上る」
「へ~。つまりその機械で、このコインにどれくらい金が入ってるか調べれば、おのずと価値が分かるって事ね」
「そういうこった」
エーちゃんは拡声器の上蓋を開けると、コインを中に入れた。スイッチを押して数秒すると、ぶいーんと動き始める。
お嬢様がアクセサリーにしてた金貨なら、金メッキって事はないだろう。
それどころか――。
「もしかしてさ。ルースター金貨より価値が高い~、なんて事ある?」