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1-06 古銭買取店 エーちゃん

「とにかく今日はもう遅いですし、帰ってもらっていいですか」


 ソファーに置きっぱなしになってた鞄を取ると、叔父さんに突き返した。

 叔父さんはよいしょっと言って立ち上がると、鞄を受け取る。

 その流れで私の肩に手を伸ばしかけた瞬間、半身になってその手を掴み、手首を捻って締め上げる。


「いたっ! いだだだだっ!」

「何が触ったりしないよ! この嘘吐き変態オヤジ!」

「分かった! 分かったから離して! ホントに痛い!」


 小手を極めたままリビングの扉を開け、叔父さんを玄関まで引きずっていく。そのまま三和土たたきに投げ捨ててやると、廊下に落ちてた鞄を蹴って渡す。


「二度と私の前に現れないで下さい! もし今度見かけたら、叔父さんに襲われそうになったって、奥さんと警察に訴えます」

「そ、そんな……僕はただ」

「出てけっ‼」


 怒りの一喝に、叔父さんは慌てて靴と鞄を拾い上げると、靴下のまま逃げ出した。

 車の音が聞こえなくなるまで見送ると、ポケットの中から鍵を取り出し、目の前でぶらりと垂れ下げた。

 水色が涼しげな、京風小鞠のキーホルダー。

 パパやママが、叔父さん夫婦に家の鍵を預けていたとは思えない。どこで手に入れたんだろう?

 まぁ、もうどうでもいいや。

 これだけ脅しておけばしばらく家には来ないだろうし、合鍵がなければ勝手に入られる事もない。


 私は自室に戻るとノートパソコンを立ち上げて、例の金貨について調べ始めた。


 ママが失踪した理由は分からない。分かっているのは、ママの口座の引き落としが滞ってしまえば、この家に住んでいられなくなるって事。

 でもそれさえクリアしていれば、ちょーっと破天荒な母親が、ちょーっと自分探しの旅に出てるってだけで、何も問題は起こらない。

 背もたれを反らし背中を伸ばすと、右手を天井に突き上げた。

 筋張った右手の凹凸が、ライトに照らされ浮き上がる。


『藍海の右手は、神様がくれた天賦の才ギフテッド。だから自分のために使っちゃダメ。人を助けるためだけに使うと、ママと約束して』


 そう、スリは自分のためなんかじゃない。他でもないママのため。

 もし違うって言うんなら――とにかく早く帰ってきてよ。


 いくらでも、叱ってくれていいから。


* * *


 翌日。

 学校の授業をこなし、合気庵でバイト終えると、辺りはすっかり薄暗くなっていた。

 ここからはいつもの残業タイム。駅前公園に入っていくと、入口の手すりに座って舟をこぐおじさんが一人。どうやら今夜は、声をかけるまでもなさそうだ。

 おじさんの前を通り過ぎる瞬間、右手を飛ばす。背広ポケットから財布を取り出し紙幣だけを抜き取ると、財布はポケットに戻す。相手がうたた寝の酔っ払いなら、余裕をもってスリ取れるってもんだ。

 ポケットの中の紙幣を指でなぞると――、一万円札が一枚、千円札が三枚。

 はぁ……ホントにこの商売は、良くも悪くも労力と稼ぎが比例しない。昨日はあれだけ大変な目に合ったのに、まだ一銭にもなってないんだから。

 そう。いつもならこれで電車に乗って帰るとこだけど、今夜の私には寄るところがある。

 私は、ネオン輝く駅前商店街に足を向けた。


 入り組んだ裏通りを抜け、怪しいピンクの看板を通り過ぎると、古い雑居ビルに入る。

 昭和の香りハンパないエレベータの黒ボタンを押し、最上階まで上っていく。

 扉が開いてすぐ、目の前に立ち塞がるスチール扉の中央には『古銭買取店 エーちゃん』の文字。その横には安っぽいフォト・ディスプレイが備え付けてあり、センスの欠片もない虹色フォントで『OPEN』と表示されていた。

 重たい扉を両手で引くと、三人掛けソファーの待合スペース、その奥に商談カウンターが見える。お客さんはいないが、カウンター奥では、ブランドバッグをひっくり返し何やら作業してるオジサンがいた。


「こんばんはー、エーちゃん!」


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