「とにかく今日はもう遅いですし、帰ってもらっていいですか」
ソファーに置きっぱなしになってた鞄を取ると、叔父さんに突き返した。
叔父さんはよいしょっと言って立ち上がると、鞄を受け取る。
その流れで私の肩に手を伸ばしかけた瞬間、半身になってその手を掴み、手首を捻って締め上げる。
「いたっ! いだだだだっ!」
「何が触ったりしないよ! この嘘吐き変態オヤジ!」
「分かった! 分かったから離して! ホントに痛い!」
小手を極めたままリビングの扉を開け、叔父さんを玄関まで引きずっていく。そのまま
「二度と私の前に現れないで下さい! もし今度見かけたら、叔父さんに襲われそうになったって、奥さんと警察に訴えます」
「そ、そんな……僕はただ」
「出てけっ‼」
怒りの一喝に、叔父さんは慌てて靴と鞄を拾い上げると、靴下のまま逃げ出した。
車の音が聞こえなくなるまで見送ると、ポケットの中から鍵を取り出し、目の前でぶらりと垂れ下げた。
水色が涼しげな、京風小鞠のキーホルダー。
パパやママが、叔父さん夫婦に家の鍵を預けていたとは思えない。どこで手に入れたんだろう?
まぁ、もうどうでもいいや。
これだけ脅しておけばしばらく家には来ないだろうし、合鍵がなければ勝手に入られる事もない。
私は自室に戻るとノートパソコンを立ち上げて、例の金貨について調べ始めた。
ママが失踪した理由は分からない。分かっているのは、ママの口座の引き落としが滞ってしまえば、この家に住んでいられなくなるって事。
でもそれさえクリアしていれば、ちょーっと破天荒な母親が、ちょーっと自分探しの旅に出てるってだけで、何も問題は起こらない。
背もたれを反らし背中を伸ばすと、右手を天井に突き上げた。
筋張った右手の凹凸が、ライトに照らされ浮き上がる。
『藍海の右手は、神様がくれた
そう、スリは自分のためなんかじゃない。他でもないママのため。
もし違うって言うんなら――とにかく早く帰ってきてよ。
いくらでも、叱ってくれていいから。
* * *
翌日。
学校の授業をこなし、合気庵でバイト終えると、辺りはすっかり薄暗くなっていた。
ここからはいつもの残業タイム。駅前公園に入っていくと、入口の手すりに座って舟をこぐおじさんが一人。どうやら今夜は、声をかけるまでもなさそうだ。
おじさんの前を通り過ぎる瞬間、右手を飛ばす。背広ポケットから財布を取り出し紙幣だけを抜き取ると、財布はポケットに戻す。相手がうたた寝の酔っ払いなら、余裕をもってスリ取れるってもんだ。
ポケットの中の紙幣を指でなぞると――、一万円札が一枚、千円札が三枚。
はぁ……ホントにこの商売は、良くも悪くも労力と稼ぎが比例しない。昨日はあれだけ大変な目に合ったのに、まだ一銭にもなってないんだから。
そう。いつもならこれで電車に乗って帰るとこだけど、今夜の私には寄るところがある。
私は、ネオン輝く駅前商店街に足を向けた。
入り組んだ裏通りを抜け、怪しいピンクの看板を通り過ぎると、古い雑居ビルに入る。
昭和の香りハンパないエレベータの黒ボタンを押し、最上階まで上っていく。
扉が開いてすぐ、目の前に立ち塞がるスチール扉の中央には『古銭買取店 エーちゃん』の文字。その横には安っぽいフォト・ディスプレイが備え付けてあり、センスの欠片もない虹色フォントで『OPEN』と表示されていた。
重たい扉を両手で引くと、三人掛けソファーの待合スペース、その奥に商談カウンターが見える。お客さんはいないが、カウンター奥では、ブランドバッグをひっくり返し何やら作業してるオジサンがいた。
「こんばんはー、エーちゃん!」