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1-04 叔父さん

「じゃあ私、帰るから。気を付けて!」

「あ、あの! お礼をさせて頂きたいのですが、よろしければお名前とご連絡先を……」

「別に大した事してないから、いいよ。気にしないで」

「あの、申し遅れました。私、みひろと申します。せめてお名前だけでも」

「みひろちゃん。可愛い名前だね、バイバーイ!」


 更に呼び止められそうなところを、踵を返し、背中越しに手を振ってやり過ごした。

 探偵だか令嬢だか知らないが、あの子の推理力は本物だ。これ以上は関わりたくない。さっさとズラかるに限る。

 駅構内に入ったところで、燕尾服に白手袋を付けた執事風イケメンとすれ違う。この人が、お嬢様の待ち合わせ相手? 金持ちが、慣れない電車なんか使うから、こういう目に合うんだよ。


 電車の中、扉付近で立ち揺れながら、ポケットの中でペンダント・トップの金具を外した。金貨コインだけを取り出して、その意匠をまじまじ観察する。

 表面は外人女性の横顔で、それを取り囲むエンボス加工のアルファベットは……リパブリック・フランスと読める。フランスの古い金貨?

 ひっくり返した裏面には、三角形の真ん中に巨大な片目が描かれていた。じっとこっちを見つめてくるみたいで、少々気味が悪い。

 表面同様、外周に刻まれた文字を読み取ると――。


「プロビデンス、アイ?」


 スマホで検索してみると、『万物を見通す目』だそうだ。フリーメイソンやら管理社会やら色々書かれているが、要は「神様は、なんでもお見通しですよ」のシンボルらしい。


 私はコインをポケットにしまい、流れる夜景に目を向けた。

 車窓から望むオフィスビルは点々と明かりを灯していて、こんな時間まで働く社畜オジサンたちに、心の中で敬礼を送る。


『女子高生が好んで道を尋ねる相手に思えません』


 一般的にはそうなんだろうけど、私はそうは思わない。

 だってオジサン達は、来る日も来る日も仕事して、社会を回してくれている。

 時に酔っぱらったり過労死したり、女子高生にワンチャン声を掛けてくる不届き者もいるけれど、総じて彼らは善良だ。

 生まれ持った天賦の才ギフテッドなんかなくったって、家族のため将来のため真っ当に仕事してお金を稼ぐってのは、尊敬すべき事だ。


「家族……か」


 嘆息と共に漏れた一言は、トンネルのノイズでかき消された。耳奥まで支配するゴオーッという雑音の中、暗転した車窓に寂しげな顔が浮かび上がる。


 有海藍海ありうみあいみ、十七歳。

 茶髪ポニーテールと琥珀の目をした、ブレザー制服の女子高生。

 蕎麦屋の看板娘で、ギフテッドの右手で悪事を重ねる、スリ常習犯。

 家族は、今はいない。


* * *


 自宅の車庫に車を見つけると、私は慌てて門扉を開き階段を駆け上がった。

 鍵を開けるのももどかしく急いで玄関に入ると――リビングの扉のすりガラスが、ぼんやり光ってる!?


「ママ? 帰ったの!?」


 靴を脱いだ瞬間、期待に膨らんだ胸が急速に萎んでいく。

 見覚えのない男性の革靴……胸に手を当て本来のサイズを確認すると、廊下を大股で歩き、勢いよくリビングの扉を開けた。


「おかえり、藍海ちゃん。遅かったね」


 我が物顔で三人掛けソファーに座っていたのは――パパの兄、孝也たかや叔父さん。スマホから顔を上げ、便器みたいに白くした歯を光らせる。

 肩口にぞわっと、鳥肌が立った。


「どうやってウチに入ったんです? 鍵は持ってないはずですよね!?」


 叔父さんはポケットをまさぐると、水色のキーホルダーが付いた鍵を取り出した。


「藍海ちゃんは僕を避けてるみたいだから、強硬手段を取らざるを得なかった。まずはお互い、話し合うところから始めてみないかい?」


 叔父さんは立ち上がると、こっちに近付いてくる。

 私はスクールバッグをソファーに投げ捨て、腰を落とし身構えた。

 少しでも触ってきたら、また投げ飛ばしてやる。なんなら腕の一本や二本、へし折ってやったって構わない。

 野良猫みたいに警戒する私に、叔父さんは猫なで声で手を振って、人畜無害をアピールする。


「待った待った、落ち着いて。もう触ったりしないよ。言っただろう、話し合いに来ただけだって」

「こんな夜中に勝手に家に入られて、警戒するなって方が無理です。どんな話がしたいんですか!?」

「この家の話だ。それと、君の将来についても。女子高生がこんな広い家で一人暮らしだなんて、世間的に許されるはずないだろう?」

「その女子高生に手を出そうとした叔父さんの方が、よっぽど許されないはずですけど?」

「だからあれは、家族としてだね……もうこの話はよそう。まずは座ってくれるかい?」

「ここは私の家で、叔父さんの家じゃありません。座るも座らないも私が決めます」


 同じ部屋に二人きりなんて死んでもごめんだが、合鍵を持ってるなら、追い出してもまた来てしまう。

 私は三人掛けソファーに座ると、顎で一人掛けを指し示した。叔父さんはこれ見よがしに溜息を吐くも、私の指示に従い腰を下ろした。


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