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1-02 ハコ

「すみませーん」

「え?」

「この辺ってどこにローゾーンあるか、ご存じですか?」

「ヘブンなら、そこにあるけど」

「あ、ATMでお金下ろしたいだけなんです。私の銀行、ローゾーンじゃないと使えないんですよお……こんな日に限って、スマホ家に忘れてきちゃったみたいで」

「ああ、そういう事……ちょっと待ってね」


 オジサンは、持ってたスマホで地図アプリを起動した。私は横に座って肩を寄せ、一緒に画面を覗き込む。

 女子高生の急接近に一瞬身を引くオジサンだったけど、私が気にしない素振りでいると、逆にスマホを見せる風を装いすり寄ってきた。

 お酒の匂いが鼻をつき、眉間に皺が寄りそうになるのをなんとか堪える。


「ここだね。ここからだと……あっちの方角かな?」

「わ~! ありがとうございます。ホント助かりました~」

「一緒に行ってあげようか?」

「いえいえ~、一人で行けるから大丈夫です。ありがとうございました~!」


 パッと立って頭を下げると、背中を向けて歩き出す。なるべくゆっくり、自然な速さで。

 背後から呼び止められる事もなく公園を出ると、コンビニとは反対方向の駅に向かう。ポケットに手をつっこみ再確認……あーやっぱり二千円ぽっち。今夜の残業代はショボショボだ。


 現金主義も今は昔、時代は電子マネー全盛だ。細々とした支払いはスマホで済ませ、財布の中には必要最低限の現金しか入ってない。

じゃあ現金以外はどうかというと、そっちはもっとダメだ。

クレカやスマホは足が付きやすく、アクセサリーも箱や証明書がなければ買い叩かれる。そもそもチェーンのリサイクルショップは、親の同意書なしに未成年から買い取ってくれない。


 他に狙い目があるとすれば……記念コインくらい?

 金運が良くなるとかで、たまに高価なコインを財布に忍ばせてる人がいる。一度だけ、一九九〇年発行の『天皇陛下御即位記念十万円金貨』を手に入れた事があった。裏通りの老舗の古銭商は、身分証も確認せず、二十五万円で買い取ってくれた。

 それ以来珍しいコインを見つけたら念のため確保してるけど、ほとんどが二束三文で、二匹目のどじょうは掬えてない。


 というわけで、やっぱり現金しか勝たんのよ。

 お札だけ抜き取って財布は元の場所に戻しておけば、どっかで使ったんじゃないかって思ってくれるし、警察に訴えても相手にされない。せいぜい家族の誰かを疑って、険悪ムードになるだけだ。

 それで、罪悪感がないと言えば嘘になるけど……こっちも背に腹は代えられない。

 蕎麦屋のバイトだけじゃ、足りないのは分かってるんだから。


 そんな事を考えながら歩いていると、いつの間にか駅に着いた。

 改札機にスマホを翳そうとした瞬間、黒髪ロングの美少女が、凄い勢いで反対側ホームから通り抜けてきた。


「ごめんなさい!」


 サイドを髪後ろで結んだ、黒髪ロングのハーフアップ。可愛いレースの黒ボレロに、フィッシュテールスカートの白ワンピ、白パンプス。

 少女漫画から飛び出したような典型的お嬢様スタイルの女の子は、私と肩が掠るくらいのギリギリをすれ違い――後ろのヤンキー二人組にぶつかった。

 謝り倒してはいるけれど、飢えた野獣がセレブ美少女を見逃してくれるはずもなく。

「骨折れちゃったよ~、どうすんの~?」と、昭和の任侠映画ばりに絡み始めた。


 多少の同情はするけど、こちとら今しがた、人には言えない残業を終えたばかり。

 現場に長居は無用だし、目立つ行動も避けたいところ……だけど!?

 私は見てしまった。ぺこぺこ謝るお嬢様の胸元で、キラキラ踊るコイン・ペンダントを。

 例の十万円金貨ではない。それでもセレブの胸元を飾るアクセ、高価なものに違いない。

 更なる残業代を求め、私は彼女の背中に声を掛けた。


「遅かったじゃーん、ハコ……って、どうしたの?」

「あ? いきなりなんだお前」

「私はほら、ハコのお友達よ。この子世間知らずで心配だったから、駅まで迎えに来たの」


 左ヤンキーはジーンズ右後ろに二つ折り財布。

 右ヤンキーはバッグの中。

 お嬢様は……ペンダント以外、ポケットのスイカ一枚だけ?

 そういえばこの子、バッグも持ってないじゃない!?


「まぁいいか、これでニーニーになったわけだし。ぶつかった詫びに、ハコちゃんには付き合ってもらう事になったから。心配だったらお前も来いや」

「ごめんねー。もうすぐお父さんが迎えに来るから、それは難しいかなあ」

「はぁ~!? なめてんじゃねーぞコラ」

「……ハコ?」


 凄むヤンキーには目もくれず。ハコは小首を傾げ「違いますよ?」と大きな紫目を向けてくる。

 いや分かるでしょフツー! このハコ入り娘、ちょっとは話合わせてよ!


「おい。こっちは全然ピンときてねーみたいだぞ。おまえ、適当な事言って逃げる気だな?」

「あ、お父さん来た。おーいっ!」


 駅前にさっきの二千円オジサンを見つけると、私はハコと手を繋ぎ大きく手を振った。

 私たちに気付いたオジサンは、不思議そうな顔で手を振り返し、こっちに歩いてくる。


「ちっ、行くぞ」


 ヤンキー二人組は舌打ちを打つと、足早に去っていく。

 入れ違いで、赤ら顔のオジサンがやってきた。

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