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スリJKと推理令嬢 ~ 氏立探偵と錬金金貨 ~
トモユキ
現代ファンタジー異能バトル
2024年07月16日
公開日
50,014文字
連載中
スリの天才女子高生、有海藍海(ありうみあいみ)と、
財閥内のトラブルを解決する氏立(しりつ)探偵、葉室みひろ(はむろみひろ)が、
錬金金貨で異能を得た蒐集家(コレクタ)相手に、コインを盗み取る!
藍海とみひろ――スリと推理の異色バディがコイン争奪戦に挑む、
全く新しい、百合 X 異能 X ミステリー!


0-01 コイン・マジック

 魔法使いだって、聞いてきたのに。

 ステージ中央のスーツ姿のおじちゃんは、握った右手を小指からゆっくり広げていき、最後にその手をぱっと開き、ひらひらと振ってみせた。

 手の中にあるはずの金貨コインがないと、観客のみんなはどよめいている。

 おじちゃんは、左手で自分の右肘を指し示した。


「どうやらコインは、右手のひらから腕の中を通って転がって、今このあたりにいますね」


 そんな事、あるわけない、と思った瞬間。

 おじちゃんは左手で右肘をつまみ、ピカピカ光るコインを取り出した。


「イッツ、マージック!」


 その瞬間、ステージを囲むお客さんから大きな拍手が送られる。みんながみんな、笑顔で手を叩いている。

 ステージのおじちゃんは、おおげさなお辞儀でそれに応えた。

 なに? なんなのこれ? ホントにみんな、これが魔法だって信じてるの!?


「藍海、今の見た? すごいわねぇ!」


 隣のママが、拍手しながら興奮した声で話しかけてくる。

 私は「うん」とだけ答えたけど、とてもみんなみたいに喜べない。なんだかすごく、騙された気分だった。


「はい、ではもっと近くで見てみたい人、手を挙げて下さ~い!」


 進行役のお姉さんの呼びかけに、次々と手が挙がる中、私とママも負けじと「ハイ、ハイ!」と大きな声を出して手を伸ばした。運良く私たちは指名され、お姉さんに連れられステージに上がる。

 結局三組の親子が、小さなテーブルを挟んでおじちゃんの目の前に立った。


「いいかい。よーく見ておくんだよ」

「ママ、抱っこして!」


 テーブルよりだいぶ背の低い私を、ママが抱っこしてくれる。

 私はマジシャンのおじちゃんの言う通り、テーブルに身を乗り出して、至近距離でその手元を見つめた。

 かぶりつくような私の姿勢に、司会のお姉さんや観客のみんな、ママまで笑い出す。

 おじちゃんも苦笑いしてたけど「じゃあいくね~」と言って、マジックを始めた。


 左手でコインをつまんで見せて、右手を被せるようにして、コインを受け取る。

 握った右手を軽く振ってから、ゆっくり指を広げると……やっぱりコインは消えている。

 この後、消えたコインはおじちゃんの右肘から出てくる――はずだけど。

 そこでおじちゃんの動きが止まった。

 青い顔でぷるぷる震えて、なかなか左手を右肘に持っていこうとしない。

 観客がざわめき始めた頃、私はおじちゃんにニッと笑って、後ろを振り返った。


「じゃ~ん! なんとコインは、ここにありま~す!」


 私は右手でつまんだピカピカのコインを、観客のみんなに見せびらかした。

 お客さんは大盛り上がり! 青い顔してたおじちゃんも私に両手をかざして、「イッツ、マージック!」のキメゼリフを叫ぶ。


 私はコインを指で弾いておじちゃんに返すと、ママを引き連れ大手を振って、ステージを降りていった。


* * *


 マジックショーが終わると、私とママはおじちゃんの楽屋に招待された。

 大人のお辞儀のやり取りが終わると、おじちゃんは感心したように私の頭を撫でる。


「いや~、驚きましたよ。まさかこんな小さな女の子に、してやられるとは」

「はあ……?」


 ママが不思議そうな顔してるので、私はニンマリしながらネタバラシ。


「さっきのコイン。私がパッて、取っちゃったんだよ!」


 遠くから見てても、右肘からコインが出てない事は間違いなかった。

 という事は最初から左手にコインを持っていたわけで、いつ左手に持ち替えたのかだけ、分からなかった。でも近くで見ればなんの事はない。

 コインマジックの一番最初。おじちゃんは左手のコインを右手で受け取るフリをして、実際は左の手のひらにコインを隠し持っていたのだ。

 ゆっくり右手の指を広げる仕草にみんなの視線が集中した瞬間、私は手を伸ばして、左手のコインを盗み取った。


「それ、本当なんですか?」


 怪訝な顔でママが訊くと、おじちゃんは例のコインを左手でつまみ私の前に差し出した。


「もう一回、やってみせてくれるかな?」


 私はすぐに、右手を飛ばす。コインは瞬間移動したかのように、私の指先に収まった。

 ママは目をまん丸にして、呆気に取られている。


「ね? 私の方が魔法使いみたいでしょ?」

「お嬢ちゃんは、マジシャンになりたいのかい?」

「うーん、わかんない」


 素っ気ない私の返事に会釈を返すと、おじちゃんは顔を引き締めママに振り返った。


「奥さん。お嬢さんはすごい才能の持ち主です。今すぐ私の弟子にしたいくらいだ」

「はぁ……」

「弟子なんてやだよ。おじちゃん、嘘吐きだもん。全然魔法使いじゃないし」

「いやはや面目ない。本物の魔法使いは、お嬢ちゃんの方かもしれないね。その手さばきは正に天賦の才。神様からの贈り物だ」

「神様からの?」

「ああ。マジシャンの世界では天賦の才ギフテッドとも呼ばれている。普通の人が何十年練習しても絶対に辿りつけない、神業かみわざだ」


 おじちゃんはそう言うと、ポケットから小さな紙を取り出しママに手渡した。


「今日はお越し頂きありがとうございました。今すぐでなくとも結構です。もしいつか、お嬢さんをマジシャンに育てたいと思いましたら、ご連絡下さい」

「はぁ……ありがとうございます」

「ママ、もう行こう? あいみ、アイス食べたい。おじちゃん、バイバイ!」


 このままだと、嘘吐きおじちゃんの弟子にされてしまうかもしれない。

 私はママの腕をぐいぐい引っ張って、おじちゃんに手を振り、強引に部屋を出て行った。


* * *


 屋台で買ったアイスを二人でベンチに座って食べてると、不意にママが聞いてきた。


「藍海はマジシャン、なりたくないの?」

「魔法使いならなりたいけど、マジシャンにはなりたくない」

「どうして?」

「だってマジックなんて全部インチキだし、あのおじちゃんも嘘ばっか吐いて、みんなを騙してるだけだもん」


 コインのマジックだけじゃなく、おじちゃんが見せてくれたマジックは全部、お客さんに見えないように何かを隠したり、用意してた何かとこっそりスリ替えたり……もう、やりたい放題。

 よーく見てればあんなの、すーぐズルだってバレちゃうのに。


「確かに嘘吐きおじさんかもしれないけど……藍海の右手がギフテッドって言ってたのは、ホントだと思うよ。お正月のかるただって、負け知らずだもんね」

「かるたの神様が、手をくれたって事?」

「ふふっ、それも素敵ね。でも、ママのママも似たような特技を持ってたし……隔世遺伝かも?」

「ふーん」


 かくせいいでんがなんなのか、よく分かんなかったけど……私は適当に相槌を打った。

 舌を突き出し、右手に持つアイスの棒を、指先でくるくる高速回転させながら。


 小さいし、力も弱い右手だけど、速さと器用さはよく褒められた。かるたはもちろん、お絵描き、粘土、おもちゃの奪い合い――、手先の勝負ではほとんど負けた事がない。

 これがギフテッドだとしたら……神様は、私に何かしてほしいのかな?


「いい? 藍海」


 ママは私を抱き寄せると、透き通る紫目で私を見つめてくる。


「藍海の右手は、神様がくれた天賦の才ギフテッド。だから自分のために使っちゃダメ。人を助けるためだけに使うと、ママと約束して」

「分かってるよ……でもあのおじちゃん、嘘ばっか言ってみんなを騙してたんだよ? だから――」

「仕返ししてやろうって、思った?」


 私はこくんと頷いた。


「騙されたみんなを助けてあげたんだから、これって人のためだよね?」

「うーん……でも、あの場にいたみんなは、騙されたくて来てたんじゃないかな?」

「………え?」

「藍海は、私の方がマジシャンのおじちゃんよりスゴイって、みんなに見せたかったんでしょう?」

「そんな事……」


 ない――とまでは、言葉にできなかった。

 ママに抱っこされながらコインをみんなに見せびらかした瞬間、スカッとした気分だった。

 まるで正義のヒーローが、悪役の悪巧みを暴いた時みたいに。


「たとえ相手が悪い人でも、自分のために使っちゃダメ。神様はなんでもお見通しよ。せっかくあげた贈り物を、自分のためばかりに使ってたら、天罰が下るかもしれないよ?」

「えええ……それはイヤだよ」

「じゃあ、約束」

「分かった! 約束する!」


 子指同士を引っ掛けて指切りげんまんすると、ママは大きな紫目を細めて、嬉しそうに「ありがと」と笑った。


 ママが大好きな私は、この時の約束をずっと守り続けてきた。

 ママがいなくなる、あの日まで。

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