庄司の自慢話など気にしている余裕は集達にはない。
操縦席に残った集と大地。
用意されている資料を手当たり次第に選別していく大地。
里桜はそんな資料を纏めている大地をなんとなく手伝っていた。
時間は有限だ。
ドコニ飛んでいくのかもわからない状態ではいられない。
機体に問題はない。
なら後は場所を見つけて責任者が指定する空港に着陸するだけ。
集はもう一度思い直して何とか心を落ち着けるのである。
ともすれば覚悟を決めた集に共感するように副操縦席には大地が滑り込んだのだ。
「大地?」
「…全くの素人よりは役に立てるさ。
こう見えても飛行機は飛ばした事があるからその点では安心してくれたまえ」
「素晴らしく初耳なんだが」
「ああ。海外旅行で飛んでいるセスナの操縦桿を握っただけだからな。
それでも飛ばした事には変わりあるまい?」
「ははは違いない。
なら…計器関連は解るんだろ?」
「おおよそな」
フムフムなるほどと呟きながら大地は計器の意味を紐解いていた。
何故かそういった一般常識的な所で不思議な発言しか言わない大地であるが。
全く持って日常には役に立たない機材に対する知識だけは多く持っている。
謎のバイトを探してくる能力の延長なのか。
今回もその知識に大きく期待する事にしたのだ。
少しでも情報は多い方が良い。
判断材料が欲しかった。
それこそ集には直感で解る数個の計器を見て判断するのが精一杯。
「経験は人を救うか」
「その通りだとも。さぁ集よ思う存分やるがいい。
私の命集に握らせてやろう」
「それは…頼もしい事で」
ふう…と、深呼吸をする。
思い出せ。
何が出来る。
やり切れると言う自信が集には漠然であるが生まれていた。
その経験は勿論一周目を経験しているからである。
飛行機に興味があった訳ではない。
ただ自動車の免許が必要な様に。
集も立場上その免許が必要になったと言うだけである。
小型機のライセンスの取得には時間がかかる。
それを押してもでも他人を雇い入れ広大な土地で高貴な方々の呼び出しに応じて。
会議の為に行ったり来たりするのには金も時間もかかりすぎたのだ。
せめてもの妥協案である。
海外での赴任期間。
広大に広がる商談相手に会いに行くのと確認の為の現地視察は必須。
何せ見栄を張りたがる相手がほとんどだ。
現実と違う事を軽く言ってのける。
それでも相手は数千万~数億円を取り扱う相手なのだ。
他人の操縦では見たい所もわざと外される。
上空から現状を確認できると言うだけでもアドバンテージを持ちたかった。
その為にもどうしても航空機の免許が必要だった。
仕事半分で取った事で操縦した回数こそその時は多かったが、
それでも日本に戻ってきてからは自分自身で飛ぶことは無かった。
だからこそほとんど朧気状態な部分もある。
必要な時に必要な知識と経験がよみがえるとでも言うべきか。
操縦席に座り視認する計器類で何を確認しなくてはいけないのか。
それを思い出すのに時間はかからなかった。
操縦桿を握ろうとしない庄司よりも自分自身でやった方がマシ。
そう直感できるほどに。
体は覚えていなくとも知識は裏切らない。
昔取った何とやらである。
どうだと?大地からの返事を待っていれば返答は直ぐにでも来る。
「オートパイロットは…操縦桿を動かせば外れる様だ。
機長が気を失う寸前にスイッチを入れてくれていて助かった」
「それは」
意識を失うギリギリまで飛ばそうと努力してくれたこと。
その事に感謝しますと言葉にはせずにいられない。
けれど今はそんなに余裕は無かった。
この際オートパイロットでの着陸を行ないたい。
シロートが頑張って努力して着陸するよりかはマシなはずだと思い。
大地はそのやり方を調べ続ける事に集中してもらう事にしたのだ。
「ともかく手動で飛ばずぞ」
「わかった。やってくれ」
しっかりと操縦桿を握り込めばその感触が手を伝って体に伝わってくる。
それなりの大きさの飛行機でありながら操縦桿越しに伝わる感触。
それは動きの鈍さもあるが集の知っている感触とそう変わらなかった。
何とかなる…
同時に副操縦席に座って計器とマニュアルを確認し続ける大地を見る。
「喜べ集。まだ目的地までは時間がある様だ」
「それは良かったのか。
それまでにできる事をやろう」
「ああ」
やるべき事をやりなすべき事を成す。
そう決めた集と大地の落ち着きよう。
それは何時もの笑いを誘うための冗談をほのめかしている姿からは程遠い。
今はともかく入力された座標に向かって機首を向け高度を維持する事注力する。
それだけでも凄まじい緊張感と計器との数字のにらめっこ。
何よりも神経を削られる事が眼前に迫っていた。
状況を教えてくれる大地は計器の示す意味を理解して。
集に直ぐに対処を迫る様に進言し始めていた。
「一難去ってまた一難だな。
気象観測レーダーなのか。
天候用のレーダーが大きな雨雲を示している」
「進路上にあるのか?」
「このままいったらぶつかるだろう。
それこそ避けた方が良い位にサイズはでかそうだ」
「進路は?」
「右旋回で高度を上げて回避が一番楽だと思うが…」
「なんだよ?」
「いや何初めての事で疲れが出てしまってね。
集も喉がカラカラでないか?」
チラリと振り向くと座席の後ろには心配そうにしている里桜の姿が見える。
王様気取りの庄司に付いていく事をせずにその場にい続けているその姿。
この場で里桜が一番信頼して傍にいたいと思ったのは大地なのだろう。
「…そうだな」
「里桜!済まないのだが飲み物を何か持って来てくれないか?」
「あ…うん」
大地は自然な形で操縦席から里桜に飲み物を取りに行かせて。
集と二人だけで話をする。
その言動と里桜をこの場から離れさせる理由。
何となくであるが彼女に聞かせたくない様な事に大地が気付いてしまった。
「…正確な空港の位置は座標に入力されている。
私達はそれに従って飛ばなくてはいけない訳だが…
どうにも燃料の消費量を考えると非常に厳しい」
「燃料代をケチったのか?」
「と言うよりもアレの要望だろう。
荷物を積むために燃料を減らして帳尻を合わせ…
更に言うのであれば天候不良の所為で随分と目的地まで、
当回りさせられていた様だ。
そしてアレが操縦席にいないでグダグダしていた分更に目的地まで離れた」
そこまでして…
状況を悪化させられたのかと思う集であった。
けれど理路整然と述べ続ける大地。
それが解りながら問題だけを列挙するはずもない。
「対策はあるんだろう?」
「あるにはあるが…集の腕次第と言った所か」
「なら説明してくれ。
やらなくてはいけないのなら実行するしかないだろう」
「そう言ってくれると思っていた」
綱渡りでバランスの取り。
燃費を伸ばす為に高度を上げろと大地は言うがそれは、
同時に操縦を難しくする事になる。
操縦桿を握っている集の手。
自分自身で考えているよりも強く握りしめていて。
目標の進路に向かって思い通り動いてくれず格闘しながら必死に修正を続ける。
大地の言うとおりに難しく苛立ちが口がこぼれてきていた。
「…どうしてこうも、ついてないのかな」
「いや。私達はついているぞ。
こんな形だが曲がりなりにも飛行機を操縦する機会など、
普通に生きていたらパイロット志望でもなければないだろう?
ほらレアを引けた私達はラッキーだ」
「…そうだな前向きに考えよう」
大地から放たれるその冗談は集を和ませる結果となり。
その緊張感の中で集は必死に飛行機を飛ばし続ける事になっていた。
事態に対処できる事への余裕。
それが二人に色々と考える余裕を与え飛行は順調に進んでいく事にある。
ほどなくして二人の元に里桜が飲み物を運んできてくれたのだ。