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第75話

操縦席周りには撮影スタッフの代表者と騒ぎを聞きつけた集と大地。

そして個室で待つ様にと言われながら気になって待つ事が出来なかった、

有珠と里桜もいたのである。


周囲から期待を浴びる庄司であったが。

しかしコックピット入り口で庄司は足を踏ん張る。

引っ張っている祥子の腕を払いのけたのだ。

バレる訳にはいかない。

操縦席に座ったらその責任から逃げられない。


「だ、ダメだ。今の私に操縦席に座る権利は…」


そこまで言って口を濁すしかない庄司。

ともかくこの無茶苦茶な想定外なこの状況で責任なんて取りたくなかった。

誰かが…自分自身の代わりに何かをしてくれる事を考えるほかなかった。


座れない。

座ったら責任に押しつぶされる。

誰か何とかしてくれと思って周囲を見渡していた。

けれどその場にいる周囲の視線は操縦席に座って責任を引き継いでくれという…

そういった視線しか庄司に向けて来ない。


誰も何も話しかけてはくれなかった。


勇気を出して一歩踏み出す。

経験のないその事態に庄司はもはや何としてでもどうにかして逃げる。

逃げるとしか考えつかない。

それが庄司の持つ唯一の問題の解決法であった。

何処に逃げるのか?と誰かに言われたとしても逃げ道など無いのに。


「庄司さま…なんとかして下さるのでしょう?」

「い、や…その…」


そして全員がある意味この飛行機をどうするのか。

何とか庄司を操縦席に座らせるように動こうとした瞬間だった。

少なくともまともな判断が出来そうな状況に庄司は見えなかった。

過呼吸気味になっていて。

はっはっはと細かく息をしている。


そんな状況を見て動かずにはいられない。

尻込みしている場合ではないと。

まだ幾分自分自身が操縦した方がましかもしれない。

決断した集は沈黙の中でそれを言葉にする事にしたのである。


「伊集院さん。質問させてください。

あなたは飛行機を操縦する覚悟はありますか?」

「わ、私はその…」


その集の言葉に全員の視線が庄司へと向けられる。

けれど言い淀み結局できるとも出来ないとも言わない庄司。

もう決断する時は来てしまったと言う事だろう。


飛行機は飛び続けている。

そして何より今はオートパイロットで飛んでいるもののこのままでは燃料切れ。

何処か解らない場所に落ちる事が決まっているのだ。

ならどうにかして下ろさなくちゃいけない。


「…なら僕がやりますよ」

「で、出来る…のか?」

「…少なくとも伊集院さんがやるよりかマシでしょうから」

「出来るんだな?できるって言えよ」


もはやそういった押し問答をするのも気が引ける。

意識が戻らないパイロットに期待するよりも…

ヤル気が無い責任を取ろうともしない副機長に頼るのもやめだ。

自分自身で何とか着陸させる事。

その事に全力を振る方がまだマシだったのだ。

これから冷たい時間が始まる事になる覚悟を決めた集であった。

誰も操縦席に座らない飛行機で落ちるのを待つよりかは幾分マシな事だろうと。

無言で操縦席に座った集はともかくわかる範囲で状況の把握を始めたのだった。

それに引き続いて撮影クルーの代表者が集の後に続いてついてきた。


「なんだかトンデモ無い事になってしまったな」

「全くですね」

「それで…自ら操縦すると言った君の事を信用しても良いのかな?」

「やる気のない人と知識が全くない人に任せるよりか…

まだ計器の見方が解る人が操縦した方が無事に着陸できると思いませんか?」

「その通りだと思うよ」

「なら…若輩者ですが僕に命を握らせてください」

「ははは…預けるのではなく握らせるんだ」

「そうですよ。預けろなんて高等な事は言いません。

一蓮托生でこの命がけのスリルを楽しんでください」

「それが一番助かりそうだからよろしく頼むよ」

「はい」


もはや待ったも代わりに私がと名乗りを上げる人もいない状況であり、

操縦席に腰かければなんとなくだが理解できることにほっとして。

頭にインカムを付ける。

耳元から無線が流れて来ていて…

こういう時はなんて言えばよかったのかな?

頭を巡らせ思いついた言葉は非常事態を告げる言葉だった。


「メー…」


そのまま知っていた単語を使って非常事態を宣言しようとした瞬間だった。

パチンと音がして無線のスイッチは切られインカムを庄司に奪われたのである。


「冗談じゃない!非常事態宣言なんてしたら予定通りにいかなくなるだろう!」

「この後に及んで何を言っているんですか!」

「私が副機長でこの機体の責任者なんだ!

なら私の意見通りに動くべきだろう」


唐突に怒鳴り散らす庄司であるが。

なら操縦席に座るのかと言えば決して座らない。

まるでハイジャック犯に脅迫されている様な気分だと集は思う。

ここまで傍若無人で他人を引っ張りまわされるのだから。

苛立ちを隠さない庄司に呆れて物もいえない。

それでも暴れさせて自暴自棄で周囲の物を壊されるよりかマシと。

ここまで来ての集は大人の落ち着きと言うか冷静さを庄司に見せ続ける。

そして庄司の目を見ながら何度でも問い質す。

このハイジャック犯と変らない男をどうするべきなのか。


「…ならどうしたらいいんですか?」

「君はすこしばかり知識があるのだろう。

なら君を操縦者として任命する。

この飛行機を無事に着陸させたまえ!」


その瞬間全員が凍り付いた。

何を言っているんだコイツはと。

責任者だと言うぐらいなら自身で操縦すればいい。

何故操縦桿を頑なに握らない?

そして同時に次の言葉が更に強烈に響く事になる。

素人に操縦を任せる時点で正気じゃないが。

庄司は決められた予定だけはしっかりと熟すつもりでいたのである。

だからこそ操縦席に戻って来た庄司は…

震える手で書類を見ながら…

カチカチと操作をして目的地に着ける様にその座標を入力だけしたのだ。


「後はこの誘導に従って飛行し着陸したまえ。

それなら技量の低い君達でもできるだろう。

空港としてはまだオープンしたばかりで他の機体が下りる事もない。

だから安心して着陸するんだ」

「そこまで…解っているのならご自身でやってみては?」

「…何を言っているんだい?若い者達に経験をさせる事も、

年長者の役目なのだからそのまま続けたまえ」


でまかせでいい加減な言い訳。

それが逃げでしかない事は言われるまでもない。

そして何故か安心した様な素振りを見せる庄司。

それこそ集には理解できなかった。

理解できなかったがもう集に後戻りする選択はない。


「了解」


返事をすれば庄司の機嫌は更に良くなり今度は別の命令を始めたのだ。

集の後ろにいた撮影責任者カメラを回す様に促されていた。

ともかく現実を忘れたい庄司がなせる現実からの逃避。

撮影という仮想空間の様な場所を作って逃げたかった庄司ならではの行動だった。


「撮影スタッフは撮影の続きを!」

「何を言って」

「映像を取る事こそ今スタッフがやらなくてはいけない事だ。

このような非常事態になってしまっているがその非常事態に、

私が決死の決断をした事を記録として残さなくてはいけないだろう。

部屋に戻って撮影を再開する」


それこそ…

理解に苦しむ事であったが。

庄司の考えと立場は何も変わっていないのだ。

機内での絶対的な責任者。

その立ち振る舞いだけは一丁前であり。

けれどそれ以上は責任のかかる事は何もする気はない宣言だった。

それは庄司の精神的な逃げの有り様を見せつける事になる。

ただ…決断だけはしたと言うべきか。

失敗すれば糾弾して逃げる準備だけは出来ている様であった。

責任を取らされるような場所には一時だっていたくない。

庄司の行動はそう言う所だけは早かった。


「祥子来い。あと有珠さんだったかな?

君も一緒に来るんだ」

「え?」


何故などと有珠が疑問に思う暇はなかった。

ただ抗えない。

庄司の力は強く引きずられる様に有珠と祥子は歩かされたのだ。

庄司は撮影の続きをする為と言った言葉に嘘偽りはなくて。

そのまま個室へと二人の手を掴んで逃げる様にして戻ったのである。


…今までの座っていた位置とは違って今度は、二人を窓側に。


庄司自身を入り口側に座る様にして着席。

カメラクルーは無言で段取りを整え平然と入り口側から撮影する形を取ったのだ。

それこそ庄司の背中しか映らないようにしての撮影再開だった。

何よりも今庄司の顔を取られる訳にはいかない。

けれど撮影を続けると言ってしまった以上カメラを回すのを止めろとは言えず…

撮影は始まる。




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