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第72話

「はじめまして。

今回の旅行計画についてこれから細かい打ち合わせをしましょう」


庄司には護衛的な立場が用意されていて。

それは鉄壁のガードであり…

その顔は集がよく知る人物であった。

…間に合った。

少なくとも滑り込む事が出来たと集がほっとする人物。

紫龍司であった。


「焦る気持ちはわからないでもないですが…

CMの撮影の為ですのでご容赦願いたい」


大人の対応で集と大地の出鼻を挫く司。

決してその先に集と大地を行かせる事はなくその場で押しとどめて来た。

ため息をつくあたり、実態と状況を知っている集は司もまたこっち側の人間だろうと。

司と庄司に祥子の関係をどうしても考えてしまう。

ただそれこそ司の方が一枚上手である。

予定通りと言えばそれまでであるが。

問答無用で説明が始まってしまうのである。

大地と集のほかに後ろで控えている楓と紘一の様子も確認する司。

集と大地は演技を辞める事はなく弁を切り替える様に、

唐突な司の説明に合わせて行動することになった。

ただの旅行の説明。

それで終る一幕のはずで。


「…君達4人は同じ学校の生徒…というわけではなさそうだね?」

「そうですね。それが何か?」

「皆個性的だなぁと思ってしまってね」

「は、はぁ…」

「君達はその個性で彼女達に選ばれた訳だから。

そんなに不安になる事でもないだろう」

「…どうでしょうね?」

「恋に焦りは禁物だよ。

機が熟すのを待つのも必要だと思う」


それこそ…

大人の恋愛というか奥手である司の考え方だった。

ここはまだ仕掛ける所じゃないよと言うアドバイスでもあるのだが。

組まれているシナリオ通りに動いてほしいと言う意味も多分に含まれている。

その考えが後の後悔を司が作る事になった原因であるのだが。

あくまで庄司の補佐としての立場。

与えられた役割から離れない。

しかし司に時間は残されていないのである。

この旅行において一番の背水の陣であるのは大地でも集でもない。

司なのだ。

けれどそれは未来を知っている集だからこそ言える事である。

祥子と庄司の関係は進められてしまうのだ。

サプライズと言う形を取って。

既に用意された未来へと繋がる列車へと祥子が押し込められるかどうか。

それが決まるのがこの撮影旅行なのだ。

婚約の内定が済んでしまえばもう司が手を出す事は出来ない。

現在の司の社会的な立場としても。

救えるはずの手を祥子に伸ばさない。

だからこそ…旅行初期の段階において司と接触できた事は集にとって幸運であった。

集としては自分達の行動を止めて庄司を好きにさせておく場合じゃないのだ。


「なるほど。

そうやって待っているだけ?

動かなかったからこそ手にいれたいと思った時には遠くにあるんですよ」

「…何のことなのかわからないな」


含みを持たせた言い回し。

そして初対面という形を取り払った棘があるその集の言い方。

司にとってその瞬間程肝を冷やした事はなかった。

場面に介入して庄司をかばい点数を稼ぐ。

突撃をしようとするのを軽く押しとどめるつもりだった相手。

それが何処からどう見ても見知った人物だった。

ビジネスの師として色々なアドバイスをしてもらい初期投資もしてもらった。

剰え出資者なのだ。

それは偶然なのか必然なのか司には解らなかった。

ただ言葉に込められた重みが司に焦りを与える。

友達とじゃれ合っているその姿とアドバイスをもらう時の姿が重ならない。

場を整えブランド物のスーツを着こなしアドバイスをしてくれた集を見ている。

その落ち着きと数千万単位の資金を捌き。

冷静に資金の回し方と動かし先を教えてくれた彼の有り様。

それを知っているからこそ二人の集が重ならず司は知っているはずなのに。

知らない人として対応を始めていた。

勿論出資者の名前は全くの違う名前はあくまで偽名を使っていた集。

何度も会って印象深く覚えていると思っていた。

重なるはずがないと何度となく頭の中で確認していた。

だって彼の経験則から来る正確性。

最低限自分自身と同じ年齢かそれ以上でなくては辻褄が合わないのだ。

それこそ集が2週目でありアドバンテージを明確に持っている証拠なのだが。

更に強く集は司を押すのだ。



「なら…今理解するべきですね。

手を伸ばさなければ後悔します。

そして何よりあなたにはその資格があるでしょう」

「資格?一体何の…」

「もう一度周囲を見渡す事をお勧めしますよ」

「…うん。それは考えておくから。

それで君たちの事なんだけれどね―――」


無理矢理会話は元に戻され。

そしてこれからの予定を聞かされることになったのである。

勿論空港にいるのだから。

現地までは専用に用意したプライベードジェットでの移動。

それ位は予想が付いていた。

しかしその飛行機での移動が凄まじくデンジャラスな事になる。

その時の集達には思いもよらなかったのである。



定刻通り集達を乗せた飛行機は離陸する。






「飛行機での移動時間は約2時間ほど。

それまでは快適な空の旅をお楽しみください」


定番の言葉を話して機内放送をしていたのは…

他でもない庄司であった。


それは作られたアクシデント。


厳密に決められ厳しい試験を合格して飛行機を操縦する資格を得る。

それこそ大型の旅客機を操縦するのであれば厳格な決まりを守る事になる。

けれど小型機に限って言えばそうではない。

それを勝手に拡大解釈した結果の「アクシデント」である。

庄司の作り出すカッコよくなんでもできる自分自身を表現する一幕。

搭乗手続きが終わるまでの待ち時間からはじまっていたのだ。


関係者らしき女性がラウンジで寛いでいた集達の所に慌ててやってきたのである。

伊集院様申し訳ありませんと謝罪をしに。


「パイロットが足りない?」

「申し訳ありません。少々お待ちいただいて。

直ぐに手配いたしますから」

「ふむ…機長はいるんだろう?」

「はい」

「では副機長がいれば問題ないわけだね?」

「それは…そうです」

「なら機体の準備が出来次第、直に出発しよう副機長は私がするよ」

「…なるほど!庄司様も操縦免許をお持ちでしたね!」

「なら…問題ありませんね!」

「ああ!」


それこそその場にいた機内に乗り込む事になる全員が不安を覚える事になる。

けれどそれも同調圧力と言うべきなのか。

寛ぎの時間で慌てず庄司の意見が通れば、

直ぐに申請される事になり庄司が副機長として承認される事になったのだ。

あくまで自然に。

そして堂々と行われたその急遽決まった変更。

それを誰も怪しむ事はない。

集達全員がそう言う物なのかと納得するほかなかった。

多少のアクシデントも素敵な男性がたまたま飛行機を操縦できて問題ない。

そういう展開。

納得できるような…出来ない様な。

けれど飛行機は無事に飛び立つ事が出来たから集達は安心していた。

大丈夫無事にたどり着ける。

撮影用のクルーも乗り込みその人数は20名前後と、

なかなかの乗客を乗せての移動となった。

集達全員を乗せた飛行機は順調に飛行を続け…


今度はそれに合わせて機内での優雅なひと時の撮影が始まったのだ。


数台のカメラがスタッフの手によって回され続け、

離陸始めからずっと撮影され続けている。

有珠や祥子達の旅の記録とでも言えば良いのか。

機内での楽しい女の子同士の会話の様子を撮影するカメラは止まらなかった。


安定飛行が始まってからは庄司の出番が始まる事になった。

シートベルト着用のサインが消されて立つ事が出来るようになれば、

それこそ撮影用に用意されていた場所に有珠達女性陣は呼び出されたのだ。

撮影スタッフに促されるままに有珠達4人は用意された個室へと入る。

有珠と里桜はスタッフに手を引かれて部屋へと連れ込まれ…


「え?私もですか?」

「そうです。今回は楓さんもですよ~」

「わ、わかりました」


困惑しながらも楓も個室に連れ込まれたのである。

スタイリストの手によってカメラ移りを考えられた席。

配置は変更され何度か座り直す事になっていた。


「それじゃぁ副機長によるおもてなしの撮影を始めますね!」


それこそ向かい合って2名で腰かける個室の座席配置。

一番奥にも一人座れるように作られており5人席のコの字型のスペース。

個室の様に壁も作られたその座席に副機長として乗り込んだ庄司が呼ばれて来た。

スタイリストによって整えられた庄司のその姿。

どこかの航空会社の制服を模した物を身に付けていたのである。

当然カメラの中心には庄司であり一番奥に座ったのである。

更に言うのであれば庄司に近い位置に祥子とその反対には有珠。

個室で庄司のおもてなしを受ける形での撮影が始まったのだ。

有珠は真正面に座った祥子にどういうことなのか。

問い質したくもあったのだが祥子はただ笑みを見せるだけ。

深く考える様な事はせず…有珠は自然と隣に座った里桜の手を握っていた。

撮影である以上明るく。

そして素敵な言葉が飛び交う楽しい場になっていたのである。


「庄司さんて飛行機の操縦も出来たんですね!」

「お陰で予定通り旅行が出来そうで嬉しいです」

「やっぱり操縦って難しいんですか?」

「おいおいいきなり質問攻めにし泣いてくれないかな。

私は今ここに食事をとりに来ているんだから」

「あ!そうでしたねすみません」


それこそ…

食事なんて操縦席で取るべきではないのかという単純な考えも捨て去って。

その場は庄司を持ち上げる場と化していた。



「それにしても…飛行機の操縦資格なんてどこで取ったんですか?」

「ああ、海外で簡単に取れる所があるのさ。

それ相応に才能と実力も必用だけれどね。

けれど私にはそんなに難しい事じゃ無かったかな」

「そうなんですね!」

「なら庄司さんにお願いしたら色々な所に私達を連れてってくれますか?」

「私も忙しいから…けれど君たちみたいな可愛い子にお願いされたら、

嫌とは言わないよ」

「「「やったぁ!」」」

「祥子もこんな人が婚約者候補だなんて羨ましいなぁ」

「素敵で優しそうな人だものね!」

「やっぱり愛されていてうらやましいな!」

「そんな…ソンナコト…無い…よ」


自然な笑顔は崩れ去って必死に笑顔を作っている祥子。

その裏側に何か隠れている物があるのだと。

祥子は有珠達に警告を出してくれていたのだ。

決して油断しないで。

その願いはちゃんと有珠達に届いている。

婚約者候補でありまだ正式な婚約でもない。

破棄だってできる立場であるが。

家と家との関係がある以上祥子の口は重かった。

けれどその違和感を見逃す庄司では無かった。

もう少し踏み込んで…

有珠と里桜と…ついでに会話を楽しみたかった庄司の態度は露骨に変化する。


「ああ、そうだ祥子。

機長もお腹が空いているだろうと思うんだ。

だから食事を届けてくれないか?」

「…解りました。

それでは失礼します」


それが体のいい厄介払いである事は解っている。

解っていながらそれでも祥子に従わずにその場にいる事は許されない。

言われた通りに動く事。

それしか望まれていないのだから。

祥子が席を立ち個室から出て行った事を確認した庄司。

チラリと祥子が座っていた席を見た。


「うん…私の隣の席が空いてしまったね」

「なら、それじゃぁ私が座りますね」


そう言って移動したのは里桜であった。

さっきから有珠に積極的に話しかけていた庄司。

それを出来るだけ遮ろうとしていた祥子という図式。

里桜は自然とその状態を感じ取りこのまま有珠一人に庄司の相手をさせない。

そう考えて庄司の横に移動したのである。


「もっと私もお話が聞きたいです」

「ははは…そんな。

それじゃあ次はどんな話をしようか」


こうして個室内での楽しいおもてなしの時間は続けられたのだ。



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