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第71話

着替えを終らせた彼等が向かったのは空港の中でも特別な場所。

普通の空港会社が持つようなラウンジとは違う場所であった。

集合場所こそ空港と言われて来たもののそのまま飛行機に乗る事はなく。

案内人に特別に用意されていた車によって移動。

連れて行かれた場所はプライベードジェット用の離発着場。

それに隣接する大きな建物であった。

それこそ真新しい建物でありその建物こそ、

今回撮影するべき場所なのであった。

屋上に大型のヘリポートを完備している建物であり、

高層階層はともかく地面に面している部分には窓が少ない。

それこそ内側に誰がいるのかが解らないように作られていた。

強度も高く旅客機とヘリのハブとして使われる様に作られた建物であった。

集達は空港に繋がっている鉄道でこの場にやって来たのであるが。

祥子とそのパートナーである庄司がどうやってこの場に来たのかと言えば、

勿論ヘリコプターを使っての移動。

それだけでこの旅行パッケージの対象となる相手がどんな人達なのか。

誰に呈して用意される物なのか伺い知れる。

内部は自然であり飾り気があまり多くは作られていない。

豊富な人工灯を使って建物の内側には植物をふんだんに取り入れた造りは、

外の無機質な建物と言う雰囲気を吹き飛ばすほどに印象が違う場所であった。


「すごい…」


有珠はそう呟く。

本物を使っているからこそ出せるその雰囲気と木々の匂い。

手入れのコストという意味では莫大にかかるが。

本物にこだわったからこそ出来上がる空間は人の目を誤魔化す事もなく、

感動を与える事が出来る者として仕上がっていた。

だが集は知っている。

この過剰な拘りこそ、この伊集院家と綾小路家を追い込む結果となるのだから。

意気込みは理解できる。

しかしその意気込みとは時として諸刃の刃になるのである。

千円を稼ぐのに千円かけていては意味がない。

利益が出せる範囲での投資こそ最適解である。

ここまで伊集院家と綾小路家の計画が始まってしまっている以上引き返せない。

だから成功させるしかない訳であるが…


「ようこそおいで下さいました!

この度は新しい形の旅に参加して下さりありがとうございます」


満面の笑みで出迎えてくれた庄司。

その後ろには祥子が立ち笑顔を向けてきていた。


「この度はご招待いただきありがとうございます!」

「素晴らしい場所ですね」


庄司に対して平然と返事をした集。

こういったセレモニーへの参加は慣れた物。

何よりも新しいビジネスの形として用意された場所であるが。

その根底にあるのが庄司の軽い思い付きから始まった計画である事を知っている。

ともあれば確かに形にはなっているのであるがそれこそ…

端々にはほころびが見て取れていた。

庄司は本気でこの計画を成功させるつもりがあるのか。

集にとっては甚だ疑問であった。

笑顔で褒めたたえる対応をしてはいるものの…

その笑顔の下に何があるのかを庄司は感じ取る事が出来ない。

ただの祥子のお友達であるのだ。

なら警戒するだけ意味がないと庄司は考えていたのである。

ただ…場慣れしているなとしか。


「まさかここまで作り込まれた自然があるとは思いませんでした」

「そうだろう?この場所はお客様が一番最初に見られる場所なんだ。

だからどうしても本物を用意してあげたくってね。

色々と苦労をしながら仕上げた場所なんだ。

けれどここはまだ旅の序章に過ぎない。

さぁ…目的地への旅も楽しみながら向かおうか」

「「はい」」


そうして伸ばされる庄司の手。

彼が延ばした先にいたのは有珠と里桜であった。


「二人ともとても愛らしいお姿ですね」

「へ?」「はい?」

「さぁ…向かいましょう」


それこそ…

突然の出来事で大地と集はあっけにとられる事になったのだ。

そもそも庄司の後ろには祥子がいたのである。

その彼女を差し置いて里桜と有珠に手を伸ばし腰に腕を回す。

そのまま二人と侍らせるようにしながら…

飛行機が用意できるまでラウンジで待つことになるのであるが。

この状況でもカメラは回り続けその様子を撮影し続けていた。


「…集?これはどういう意味でとらえたらいいのだろうな?」

「勿論これはプロモーションのためでCMとして演者でいるべき所だろ」

「…一体どういった構想の映像になると考えている?」

「それはもう…いや解っているだろう?」

「そうだな」


大地と集がそれ以上の会話をしなかった理由など簡単な事だった。

セレブに目を掛けられ選ばれた「女の子」になって喜ぶ有珠達。

そしてセレブとして立ち振る舞う庄司はそんな愛らしい子達を優しく導いて。

素晴らしい旅行が始まるのだ。


…みたいな展開だろうか。


白馬の王子様願望をかなえてもらうお姫様。

コッテコテの使い古された手法であるが。

それでも出演者の容姿が水準以上であればそれなりに見えてしまう場面である。

それこそ有珠と里桜は驚いていてこれから王子様に惚れると言う展開も有りだ。

カメラのアングルは考えられており、庄司は王子様としてちゃんと演じているからこそ絵にはなる。

あとは編集の腕前次第と言う事かもしれない。

惜しむべきなのは有珠も里桜もこのシナリオを理解できていない事だろうか。

庄司のその優しい言動と腰に添えられた手を振り解こうとしていた位である。

カメラの撮影は止まる事はない。

そして美人彼女を奪われた集と大地は庄司に男として負けて悔しがる。

そんな二人を「なぐさめる」のが紘一と楓と言う構図。

そこまでのシナリオ。

ある意味完璧な布陣が自然と出来上がっていた。

見ればこのままでいいのかと言わんばかりに撮影責任者…

監督っぽい人が行け!アクションを起こせと言った具合だった。

集達にGOサインを出している。

もう一波乱が欲しそうであった。

しかしその点でも集は疑念を覚えている。

一種の構想と言うよりも…少しばかりの波乱も欲しいと言う事か。

余りにもあっけない負けの表現。

庄司が簡単すぎて不満げの表情を見せていると言う事でもあった。



「では集?私達も役割を果たすとしようか?」

「そうだね。

ここは師匠にはっぱをかけて貰って僕達が反撃する所…なのかな?」

師匠!お願いします」


いきなり演技をしてほしいと振られた紘一。

しかしこういった場において紘一が集達にかける言葉など決まっていた。

既に集と大地は紘一を師匠である。

楓もそのノリに乗る様にして場面を楽しんでいた。


「弟子たちよ。

このままでいいわけないだろう。

ちゃんと愛しい者達を奪い返すのだ!」

「のだ!…そうなんだ?」


ノリノリで返してきた紘一の態度に寄り添っていた楓は疑問を抱く。

大地と里桜はともかく集と有珠ってそういった関係になっていたっけ?

けれどこのノリに水を差す事は楓もしなかったのだ。

対して集達が返す言葉など決まっている。

紘一がせっかく体育会系のノリを見せたのだ。


「はい!」「オス!」


揃わない大地と集。

しばしの沈黙が訪れるも気を取り直して行動を開始するのであった。

きっとこの辺りの音声は後で差し替えてもらえるだろう。

行け!と言われた以上大地も集もこの場に沿った動きをする為に!

さて言うまでもないが集と庄司は初対面である。

やり直す前。

前回の出来事でも祥子と会う事はあったが庄司に会った事はなかった。

だから庄司がどんな人物なのか集は知らない。

知らないがそれでも目の形が金に見える様な人物である事は解っている。

そんな成金から有珠を奪い返すと言う大義名分が出来たのだ。

集と大地が暴れない訳がない。

が…現実は甘くないのである。


青春?真っ盛りの熱いがベタな展開が待っているかと思いきや、

庄司達と集の間には一人の男が割り込む事になったのだ。

その男が割り込む事が決まっていたからこその挑発だった。



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