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第70話

集にはどうして撮影しているのかも理解できないし。

その撮影した物が使える物だとも思えなかった。

ただ現場指揮の一端を担っていると思われるその人は納得しているご様子。

集も役者?と言われる二人をもう一度見る他なかった。


「そうなんですか?」

「ああ。こういった撮影はわざとらしい位でちょうどいいのさ。

絵さえあればあとは編集でどうにかするから。

自然な絵と言うのは貴重な物だからね」

「…ああ、そういう」


撮影される側の自分達は勿論カメラを意識して行動する事なんて出来ない。

もしも演技をしようとするのなら自然さが崩れそれこそ大根役者の様な事になる。

そうなる位であれば自然な映像が取れた方が良いのだろうと。

集は納得していた。


「確認したいのですが、僕たちは真夏に北にあるリゾートに遊びに行く学生…

というコンセプトですよね?」

「半分は当たっているよ」

「半分?」

「学生とは限らない絵が欲しいのさ。

少しばかりハイクラスの旅行で背伸びをしている感じがどうしても必要かな」

「…だから経験をあまりしていない僕達を使っていると」

「君は頭が良さそうだから先に行っておくよ。

あまり推察はしない方が良いよ。

それが君の為であり知らないからこそ幸せでいられる事もあるのだから」

「…大人の忠告有難く聞きました」

「物分かりが良くて助かるよ」


現場責任者から聞こえてくるその警告。

それが何を意味していようと集自身はそれほど気にはしていなかった。

逆に露骨に何かを仕込まれていると言う事があると。

知れたことだけでも集としてはありがたい。

既にアリスと集が考えている物語はこの責任者が動くよりも前から始まっている。

現場責任者からの警告ごときで素直に返事をして大人しくする訳がない。

配役も割り込ませる事が出来ている。

何を見ているのか。

何を知っているのか。

探りを入れるべきなのかと集は考え問い質そうと逆に質問をしようとした。

けれどそこでタイムリミットとなってしまったのである。


「何をしているの?」


有珠達の着替えが完了してしまったのである。

そして目に飛び込んできたのは大地と紘一が友情を深め合っている所。

大地と紘一は向かい合い強く握手をしながら師弟関係を構築している所だった。


「友情を確かめ合っているらしいよ」

「友情なのね」


既に大地は有珠に対してミロワールで誤解を招く様な行動をしている。

その為なのかどうしても素直に友情を確かめ合っていると言う言葉。

それ自体が怪しく感じられて疑ってしまっていた。


「ええと?その里桜…榊原君は大丈夫よね?」

「大丈夫よ彼は私のパートナーなのだから。

何も心配する必要はないわ」


カツカツと靴音を立てて里桜は紘一の腕に自身の腕を絡ませて…

その見つめ合った二人を引き離して距離を取らせたのだ。

そうすれば自然と大地の視線は紘一から里桜へと向けられる。


「…ふむ」

「な、なに?」


そのまま自然な形で大地は里桜の顎に手を添えるとクイクイと顔を動かす。

うんうんと納得して。


「やはり里桜には大人びた姿も良く似合うな」

「え?そ、そう」

「愛らしさの中にも凛々しさがありとても私好みだ」

「なっ…」


見る見るうちに里桜の顔は赤くなっていく。

そしてその瞬間を見逃すわけもなく大地は畳みかけるのだ。


「そうとなると私も少々本気にならないといけないかもしれないな」

「何を…言って!」


里桜の肩に顔をうずめる様にして大地は里桜の耳元で囁くのだ。

あくまで優しく。

そして当然の様に。

あくまでこれは演技だ。

カップルの真似を続けようと大地は里桜に対する攻撃の手を緩めない。


「ここまですれば集も黒江さんも自身の事に気付く切っ掛けとなるだろう?」

「それはっ!」

「旅行の始まりで集と黒江さんを焚きつける為にも…な?」

「解ってる」


とは言ってもいきなり難易度の高いカップルの演技を強いられる事になった里桜。

その動揺はどうしようもなく周囲に見られていて。

甘く彼氏から愛の囁きを受けている里桜の顔が平常に戻るには時間がかかっていた。

同時に楓もまた紘一の隣に立つと紘一は楓の腰に自然と腕を回していて。

そういった場所なのだとして立ち振る舞う事になる。

となれば…後は有珠と集なのであるが…

ぽつりと零した有珠の言葉を集は聞き逃さない。


「いいなぁ。彼氏持ちって」


里桜と大地の関係を容認している有珠としては普通に羨ましいとだけ。

感想を零したわけであるが。

その言葉は同時に集にとってはチャンスと思うよりも悔しさが先行する。

まだ高校入学して一学期を同じ教室で過しただけ。

言葉にすれば簡単な事でそれ以上にはなりえていない事。

それに苛立ちを少なからず覚えてしまうのは今の集にとっては贅沢な事だった。

考える事が出来るからこそ集はこの状況においても二の足を踏む。

まだ関係を構築するのは早いと考え自分を抑え込む。

いまは有珠との関係を良好な形で構築するよりも先にするべき事がある。

確認したいが今はアリスの作り上げたプランを実行する事。

それを優先する。

惜しいとは思う。

今一歩踏み出せば劇手に何かが変わる気がする。

けれどソレはダメなのだ。

その誘惑に負けて動いてしまえば、

この数カ月間の未来を変えるべきと努力した結果は無へと帰る。

確信めいた物が集の中にはあった。

時折感じるアリス・ミロノワールより感じる言わなくても解っているでしょう?

と言いたげな暗黙のルール。

それに触れる様な気がしていてそれがまた集を押しとどめる。

簡単な言葉ですら隣にいる有珠には言えなかった。


「可愛い。似合っている」


そんな言葉をかける事すら今の集は絞り出す事ができなかった。

最善の未来に手を届かせる為に今不要に動く事は不利益を産むかもしれない。

何もかもが集を自由にはしなかった。

今有珠との関係にかまけてやるべき事を疎かにする。

それだけは決して許されない。

だからこそ…集から出て来た言葉は


「全員着替えも終わった事だし。

綾小路さんの言っていた集合地点に向かおう」

「そうだね」


そっけない返事でありソレこそ他の4人には集の行動はありえなかった。

折角のチャンスを潰した様にしか見えないのだ。

一番その事に機敏に反応しているのは勿論里桜である。

夏のこの旅行を機にあの花火大会で進展しなかった夜の出来事。

集と有珠の関係をどうしても進めたい。

そう思っているからこそ里桜は大地からの愛の囁きに真っ赤になってでも、

演技を辞めないのだ。

既に演技では済まない程度には大地に惹かれつつある里桜であるが。

それでも今だ有珠の恋愛を進める為と言い張りながら。

大地と幸せそうにしている姿を有珠に見せつけ同じようにやって見せなさいと。

無言の圧力を有珠に与え続けているのである。



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