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第68話

ただ旅行の対価としてプロモーションに協力する。

その事自体に有珠達は別に文句を言うつもりは無かった。

実際その撮影に協力すると言う意味がどういった事になるのか。

想像がついていなかったのである。

空港の一室に用意された部屋へと案内される有珠達。

そこは一人につき数着の洋服が用意されていた。

よろしくお願いしますねとスタイリストの様な人に声を掛けられれば、

集達も別の場所へと案内され男女に分かれて準備を始める事になったのだ。

その時点で数日の宿泊用の着替えなどを入れてきていた鞄は、

お預かりしますねーと別に人に預けられる事なっていて…


「それでは後ほど」

「あ、はい」


男性陣は別の部屋に。

そしてアリス達女性陣はそれからテキパキと準備が始まったのである。


「な、なんだか恥ずかしいな」

「こ、ここまで本格的な事になるなんて…」

「そうね…」


3人の容姿は祥子を通して既に伝えられている。

同時にどういった物が似合うのかもスタイリスト達によって決められていたのだ。

それこそ…少々浮世離れした格好の物がほとんど。

同世代の子が着る様な物は一着もなかったのである。

4種類のパターンに合わせて用意されている衣装。

それは極端な話アイドルグループの個性を表現するように作られていた。

色はそれに準じて用意されたのだ。

有珠は白・里桜には水色・楓は明るい茶色と言った具合。

どれもこれも高校生が着る物よりも年齢が高く見えるものであった。

決して有珠達に似合わない訳ではない衣装なのだが。

普段着慣れない格好と言うか…

少しばかり堅苦しさがあることからも楽しい旅行というよりも仕事感がある。

スリーピースのレディーススーツをカジュアルよりに作ったが一番近い。

光物のアクセサリーが縫い付けられているあたり撮影用と言えば良いのか。

華やかさをより重視している様な物ばかりであった。

それこそ…着こなし以前に普段使いとしてと言うのであれば難易度が高い。

そう感じてしまえる出来栄えだったのだ。

明らかに一般向けの物ではない。

有珠達も及び腰になりそうになるのであるが、

けれど撮影時間は待ってくれないのである。

ニコニコ笑顔で取り仕切るリーダ格の女性が有珠の背中をぐいぐいと押す。

壁際に用意された有珠用の衣装はどれも紙の色に合わせた明るい色合い。

姿見を用意されていてその前に立たされると有珠。

直ぐに胸前に、用意されている衣装を宛がったのだ。


「どれになさいますかー」

「そ、そうですねどれが良いのでしょうか?

私が普段着る物よりもどれも大人びて見えてしまって」


その意見を聞いたスタイリストは有珠に優しく語り掛けるのである。

その言葉を待っていましたと言わんばかりに。

解っているじゃないのとでも言いたげだった。


「そうですね!そうなんですよ!

今回の旅行のコンセプトは若い子の初めてのちょっとした大人びた旅。

それが中心になりますから!

少しばかり背伸びをする衣装をご用意したんです!」


それは有珠を納得させる言葉ではあったのだ。

とはいえ進んで袖を通す様な物でもなく。

有珠は躊躇する。

けれど今まで着ていた洋服のボタンにさらりと彼女達の手が伸びてきたのだ。

役者をその気にさせて大人しく着換えさせるのが彼女達の役目。

その話術と手さばきに有珠達が逆らえるはずもない。


「ええ!ですがご安心ください!ちゃんと素敵に変身させて見せますから!」

「は、はぁそうですね?」

「はい!」


スルリといつの間にか手が滑り込んできていて、

姿見を見たままでいた有珠。

着替えはあれよあれよという間に始まってしまったのだ。

待ってくださいなどと作業を止める様な言葉は挟まれない。

そうやって流されている様に見えていた有珠であったが。

それなりに有珠自身は冷静でいられた。

スタイリスト達のその反応を有珠は知っている。

知っていると言うかそういう目に何度か会っているから今回もなのね。

そうとしか思えなかった。

マーチングバンドで「特別」な一着を用意される事になった時と同じ。

それこそ自身に合わせて作られた物を着るのは初めてじゃないし。

ミロワールでも当然用意された物だから今更どんなものであっても驚かない。

ただ今回は撮影される事が前提の物であったから。

普段の色使いよりもくっきりと映る姿になっていて。

勿論それが自分以外の周囲とも考えられた配色だったから。

そこまで考えるのねと感心していたのである。

有珠自身の容姿の良さもあってか。

体のシルエットを強調するようなコルセットスカート。

そして肩に膨らみのあるパフスリーブの組み合わせは、

レディーススーツで普段着と言うには苦しい組み合わせ。

けれどそれを受けて入れる有珠の容姿があったから迷わず採用された。

ブラウスはフリルの付いた華やかな物。

そして首元には大き目の飾りが付いたリボンがある。

それこそ真面目な仕事着と言うには厳しくおしゃれをしているように見せる姿。

髪もその格好に準じて綺麗に整えられ随分と大人びた格好となった。

袖先からも少しばかり見えるフリルがまた愛らしい。

準備は次々と進み…

真夏にしては、どう見ても厚着となる姿ではあったが。


「あの、さすがにこれだと季節外れかと思うのですが」

「撮影用だから我慢してね。

終わり次第上着を脱いでもらって…夏用の姿になってもらうから。

放送時期が秋から冬の始まり付近なの。

大丈夫よ「こっち」は暑いかもしれないけれど、

現地は違うから」


そうなのねと納得するしかない有珠だった。

けれど大人しく着替えて言われるがまま整えられていた有珠とは違い、

里桜はともかく楓は驚きを隠せない。

里桜は有珠を近くで見る事があったからそう驚かない。

自身が着飾る側に立つ事が無いわけじゃない。

有珠の傍にいるとこういった事で補佐役として採用される事。

そんな事もたまにではあるがある。

ほとんどは有珠の格好とは色違いである。

里桜の場合は長いウェーブのかかった髪の長さが大人びた印象になる。

何よりもその長い髪がスタイリストによって仕上げられると知的な雰囲気となる。

そしてフリルをなくして有珠とお揃いの髪飾りを使い髪を束ねたのだ。

伊達眼鏡をかければ有珠とは違った雰囲気と愛らしさ。

それらが調和した有珠の横にいてもおかしくない形となる。

決して脇役にはならない凛とした雰囲気が出来上がっていた。


「わぁ!いつ見ても有珠と里桜はお揃いで可愛いわね!」

「あの!動かないでください」

「あ!ごめんなさい」


そんな二人の着替えの様子を離れた所から見続けている楓。

他の皆よりも身長が少々高めの楓はその身長の高さから、

いつも有珠と里桜の後ろ側に立つ事が多い。

そうなると必然的に他の人達の視線は里桜と有珠に集まるものだから。

見られると言う経験はそんなにしてこなかった。

それこそ中学時代のマーチングバンドでは目立つ立場となるはずなのに。

妖精となった有珠が皆の視線を奪っていくから目立たない。

だから自分は背景の様な立場だって思っていたのだ。

けれど実際は違うのだ。

楓だって十分に容姿は良い。

着飾れば里桜と有珠とは違ってすらりとしている。

その姿はとても健康的であり元気な子と言うイメージ通りの姿だった。

そんな楓に合わせてスカートよりもパンツスーツが用意されていて。

ただでさえ長いその足の長さを強調するようになっていた。

三者三様の着替えがそれぞれの目を楽しませていた。

素材が良ければ周囲もまた気合が入る。

和やかな雰囲気で有珠達の準備は進んでいた。



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