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第62話

一通りの収まりを見せた不審者騒動。

淀みなく繋がっていた情報が正され時間軸としても問題なく流れ始めた事で、

アリスはほっとしていた。

けれど彼女にとって今回の不審者騒動は大きな影を落とす事になっていた。

自身の計算の甘さが露呈したミスとは言い難いが。

災厄と戦う事を想定していなかった。

反撃されるとは思っていなかったのだ。

相手は機械的にそして決まった時に襲ってくるもの。

叶える者になりたてのアリス。

その経験の低さから災厄はただ決まったイベントの様に動き出す、

機械的な存在だと思い込んでいたのだ。

しかしそうではない。

アリス達叶える者が降りかかった火の粉を払うのであれば、

その手が届かない場所に火の粉を振りかけるのが災厄なのだ。

何かを防いだら別の所から魔の手を伸ばしてくる厄介な敵。

そう理解した以上アリスも黙っているつもりはないのである。

そう意気込んでこれからの事を相談しようとするアリス。

集を放課後呼び出す事にしたのだがそこで予想外の事を聞かされるのである。


季節は夏。


長期の休みにが始まる少し前の出来事であった。


「集。夏休みを使って少しばかり災厄の種を摘み取るわよ」

「あ…その、なんだそのつもりだったんだけどさ。

少しばかり大きめの旅行をする事になりそうなんだ。

その間は自由にして大丈夫かな?」

「…うん?」

「黒江さんから誘いを受けたんだ。

新しくオープンするリゾート地のレセプションパーティーがあるとかで。

男女の数を揃えて参加してほしいって」


集から聞かされたその言葉。

それはアリスにとってとても重要な意味があった。

集の未来を破滅から守る最後のピース。

大城里桜の生涯のパートナーとなる榊原大地。

聖楓にとっての相手である工藤紘一。

二人に続く綾小路祥子のパートナー。

祥子の将来を決める出会いがこのリゾート地から始まるのだ。



時間は少しばかり遡る。


「夏休み後半の予定は決まってる?」


昼休みの時間。

いつも通り4人での昼食をとっていた有珠のグループ。

忙しくも充実している吹奏楽部の練習を続けている祥子と楓であるが。

コンクール後は少しばかり自主練と報告会の時間が取られる事になる。

それは各々で鍛錬を積むと言う名目。

そしてそれ以上に部活動を支援してくれる保護者に対してお礼をしに行く。

そう言った意味での時間だった。

集合する事もなく部活動が行われない所謂休みの日程が設けられていた。

唐突に夏休み後半の予定を聞かれた有珠と里桜。

その祥子からの言葉に食べていた有珠の箸が止まる。


「そうね。特に混みあった予定はないかな」

「私もそこまで融通の利かない事は無いわね」


有珠も里桜も祥子から出た言葉に言い淀むことなく答えたのである。

そうは言いつつも今年の夏は思いっきり好きな事と気になっていた事を解消する。

そう言った意気込みでいたのである。

中学の3年間はほとんと吹奏楽部で練習させられた有珠にとって今年の夏の自由度は大きかった。

同時に高校に入学してある程度の遠出を親から許してもらえるようになった二人。

進学校らしく夏期講習もありソレに参加する合間に行きたい所があったのだ。

アルバイトをしてお金をためていた理由もそこにあった。

有珠が進奏和に入学を考えた一番の理由は関係者(生徒)にしか入室が許されない、

資料館を進奏和が持っていた事である。

それと同じように平日の休みを利用して遠くの美術館に足を伸ばしたかった。

当然その美術館巡りは里桜も一緒であった。

有珠と里桜の夏休みは夏期講習と美術館巡りでほとんどが埋まっているのである。

そんな中での祥子からの質問であったが。

その表情は何だか楽しそうであり。

とっておきを持ってきてくれたのである。


「あのね。北海道に行かない?

お父様がホテルをオープンさせるとかでね。

正式オープンする冬の前に仮オープンするんだって。

でまずは関係者を呼んで、接客を練習したいんだって。

そこにみんなで行かないかな?」


夏の北海道と言う事で当然ウィンタースポーツは楽しめない。

けれどその代わりに立地条件はとても良く、泉質のよい温泉もある。

祥子は必死に行こうと誘ってきたのである。

けれど本来そう言った事を提案する事を祥子はしない。

基本的にお嬢様育ちの祥子である。

けれどそのお嬢様の部分は学校や有珠達のグループ内ではなりを潜めていた。

基本的に家の事柄を友達関係に持ち込まない。

だからこそ教育方針に沿わない事は当然やらせてもらえない。

洋楽器が演奏したかった祥子であったが練習出来たのは三味線だった。

それでも諦めきれないからこそ里桜からサックスを借りて練習している位である。

そこまで厳しく育てられている祥子からの提案。

いきなりホテルのオープンに合わせて行こうと言うのは明らかにおかしかった。

だから…簡単に有珠も返事は出来ないし。

いくら友達からの提案だからと言っても直ぐに返答する事はしなかった。


「行くのは構わないけれど。

何某か条件があるんじゃない?」

「え…えと、そのぉ」


直ぐに言い淀む事になる祥子。

けれどダメとも言わない有珠である。

やれやれと言った感じで今度は楓がその先を促す事になった。


「ほらほら。有珠に隠し事なんて出来ないって」

「あう…その…ね」

「早く言って楽になっちゃいなよ」

「う、うん。

その、呼ばれているのは私達4人と…その男子を誘って来てほしいんだって。

学生のグループ旅行の様なアピールをしたいとかで…

私も伊集院さんと一緒に行く事になっているの。

だけど、その…」


その先を祥子は濁していた。

名家のお嬢様に相応しく祥子には既に許嫁がいる。

結婚適齢期になれば自動的にその嫁ぎ先へと嫁く事が決定しているのであるが。

その祥子の許嫁に対して有珠達もあまりいい印象を持っていない。

いわゆる俺様系と言ってしまえるような性格だった。

厄介な事に祥子を貰ってやるのだと言う感じなのである。

伊集院家と綾小路家の家格からくるその関係が二人の関係をより複雑にしていた。

それでも辛抱強く育てられている祥子は何も言わない。

両親の望むままに結婚するしかない事も理解しているのだから。

家の将来の事が関係無ければ祥子は絶対に結婚したくないだろう。


「なるほどね」

「それは…難易度が高そうね」


単体の旅行ではなくグループの旅行。

そう言った形にすれば少なくとも許嫁と二人っきりにならずに済む。

これは祥子から有珠達に向けて発されたSOSなのであった。

それが解らない里桜と有珠ではない。

だから提案に乗って一緒に行ってあげたいとは思う。

けれど相手が有珠には思いつかなかった。

里桜も楓も同じ立場だと思っていたのだがそうでもないらしく。


「ええと随分と楓も乗り気みたいだけれど…

誘えるような人がいるの?」

「えへへへ…紘一さんを誘うつもりだよ」

「紘一…ああ楽器店の」

「そうなの!この頃は楽器の調律をしてくれていてね。

色々とお世話になっているから。

これを機会に恩返しが出来たらなって思っていて

誘ってみたらOKが貰えたの!」


嬉しそうに話す楓は既に紘一に話も通してある準備ぶりだった。

その楓の行動の速さと言動は有珠を追い詰める事になる。

有珠自身にはそう言った旅行が出来るほど仲が深い相手はいない。

だから誘う男子は慎重にならざるを得ないはずだった。

けれど、内情を思いつかない楓は既に行く気満々である。

それに断る必要が無いほどに親しい相手がいると思い込んでいた。


「里桜は榊原君を誘うでしょ。

それで有珠は青木君を誘えば万事解決でしょ?」

「は?」「へ?」


その楓の意見に里桜は箸を落とし有珠はビクンと反応してしまっていた。



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