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第61話

「本当に…あるんだ…」

「納得しているところ悪いのだけれど。

足りないわ。次の一本をつないでちょうだい」

「あ…うん」


3本目の光の線を繋いだ瞬間。

その中心地の空間は波打つように震えだして…

そしてその形を幾何学的に変えていったのである。

フィルムの黒い形は液体の様に震えそして球体になったかと思えば、

次の瞬間にはまたその形状を元に戻していったのである。


「このまま再構成を始めるから…離れて」


アリスの言葉と共に歪みズレた空間を元にす時間が始まったのである。

そのフィルムがあった空間を中心に光のラインが走り始める。

そのまま空間の輪郭線をなぞる様に描き続けられるその風景は、

まるで3D空間のワイヤフレームを見ている様であった。

だがそれで勿論終わる訳ではなかった。

細かくそして現実的になる為に光は壁や床に付いている傷跡すら正確になぞり、

正しく空間の作り直しと言うに相応しい風景だったのである。

災厄として干渉して来た力場を取り除いた再構成された現実が作られたのだ。

光の線が消えればそこには真っ黒な空間がまた戻ってきたのである。


「終わった?」

「そうね。おかしな所は取り除いたわ。

それで終わりじゃないけれどね」

「それはどういう?」

「次は日常の違和感を消さなくてはいけないでしょう?

けれどここにきて私達が何かを行なったと言う事実が出来てしまっている。

だから…集は役目を果たす必要があるのよ」

「…うん?ちょっと待て。それはどういう?」

「あら?言わないと解らない?」

「解りたくないと言うのが正しいな」

「でも整合性を取るためにはよろしくねとしか言えないわ」

「くそう泥をかぶるのは僕の役目ってことなのか?」

「そうね…筋書は決まっているし。

既に戻れない改変を受け入れて今回の事は終わりにしましょう」

「ははは…」



集とアリスがその場で空間の再構成を行った事。

その事実は表には出て来ない。

けれど誰かが写真愛好会の部室に入ったと言う事実を作らなくてはいけない。

叶える者であるアリスは存在していない事に出来る。

しかし集が部室に入ってしまったと言う事実は上書きする必要があるのだ。

その違和感を起点に災厄は起点を捻じ込む事が出来てしまうのだから。

修正が終っただけでは終われない。

最期に青木集がここにいてもおかしくなかったと言う事実が必要なのだ。

そして集はその事実を実行する為に動くのである。


「…良い根性だなぁ青木?」

「それほどでもないですね」

「部室棟の写真愛好会の部室に忘れたから取りに行きたいと?

そしてその忘れ物は今日中に回収しなければいけない物なんだな?」

「その通りです」


運が良いのか悪いのか…

その日学校に一番最後まで残っていた教師は集を屋上で捕まえた教師であった。

教師はたまたま偶然出会ったが写真愛好会の顧問もしていたのである。

相手が相手なだけに言い訳を続けても無駄と考えた集。

ここは潔―く怒られてでも目的は達成しようと腹をくくっていた。

最終下校時刻後にわざわざ現れてしかも部室に物を取りに行きたいと言い切る。

その豪胆さに教師は呆れたのか納得したのか。

それでも動いてくれるようで…


「まぁ…いいだろう」


長―い沈黙の後に前置きをして教師と一緒に部室棟へと向かったのだ。

教師としても集は一目置かれる存在へとランクアップしていた。

経験値を積んでレベルを上げていたようである。

集にとっては全く嬉しくはないだろうが。


「お前は優秀なんだかアホなんだかよくわからん奴だな」

「それはお褒めの言葉として受け取っておきます」

「…ここまで豪胆な返事をされると本当に言葉を返せなくなるな。

おまえは真面目何だか不真面目何だかわからんわ」


ひったくり犯を捕まえたかと思えば、

ここ数日不審者がどうので走り回っている姿は当然教師達にも目撃されている。

それでも成果を上げてしまっているからこそか。

教師も動かなくてはいけなかったのだった。

ガチャリと写真愛好会の部室を開けてもらい集はさっき訪れた部屋で、

アナログフィルムの束から一本のフィルムを抜き取ったのだ。

勿論それはアリスと共に災厄から因果の洗浄を行ったフィルムである。

そのフィルムを手に取った瞬間。

その時間軸の事象は固定され災厄からの攻撃を撥ね退け切ったのであった。


「先生。申し訳ないのですが…

どうしてもこのフィルムを今日中に確認したいんです。

今日中に確認して明日返却しに来ます」

「…ああ。迷探偵には必要な事なんだろ?」

「はい」

「解った。持っていけ」


淀むことなく断言した集。

その言葉にしょうがないと言った形式で答えた教師との語らいはそのまま終わり、

集は今度こそ帰路につく事になる。

帰宅後に集はそのフィルムの一枚を確認するべく

室内の蛍光灯にかざしていた。

小さく細かいその風景画。

引き延ばさなければ見れないほど小さいはずで、

その風景には不審者のシルエットが写っているはずである。

しかしどう覗き込んでもその写真のネガには不審者の映像は映っていなかった。


「コレが改変されなかったって事なんだよな」


ぽつりとつぶやき。

超常現象に片足を突っ込み契約者として働いた瞬間を思い出しながら集はその日眠りについたのだ。




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