「解ってしまえば簡単な事だったな。
済まないな、集。
店内にこういった気持ち悪い物を置いておきたくない。
…なんだか酒が飲みたくなっただろう?」
「そうですね。テキーラとかスピリタスとか強い奴が飲みたいですね」
「優等生な顔をしてずいぶんと悪じゃないか」
「いえいえそんな…」
集は「あってはいけない」世界に干渉した証拠を消し去る。
良一が用意した底が深く作られている皿の中に持っていたその写真を入れると、
あぁ、手が滑ってしまったと言いたげにその中に良一が酒を注ぎ、
マッチに火をつけるとポンとその皿の中に放り込んだのである。
瞬間写真は燃え始め何が写っているのかも解らない真っ黒な灰へと変わった。
更に言うのであれば皿の中からその灰すら燃えて何もない。
ただの空のお皿となったのである。
「あぁ、すみませんその手が滑ってしまって」
「手が滑ったのなら仕方のない事だ」
「中身は…あれれ?無くなってしまいましたね」
「…初めから皿の中には何も入っていなかっただろう?」
「そうでした」
現実の改変をするのに必要な災厄側からの最小限の干渉。
それは正しくアリスが行った手法であり災厄方もまた全面的に、
やり合う心算が無い事は伝わってきていた。
まるで打ち手の解らない相手と戦っているかのような気分。
そしてその繋がりは確実にあり叶える者のパートナーとなった集。
災厄との繋がりがある事がはっきりしてしまった。
「アリス。仕事だ」
「なによ?今はテーブルに運ぶ物は無いはずでしょ」
「…何を言っている契約者が災厄を処理すると言っているんだ。
その手法を考えるのはお前の役割だろう。
叶える者としての仕事をしろ」
「え?あっ!わ、かってるわ。直ぐにでも調べるからね!」
アリスはそのままテーブルの上でまた計算式を解き始める。
それはアリスと集が初めて行う災厄に対し直接反撃する戦いの始まりであった。
「…少しばかり早いが店じまいか」
良一もまた動き始め、
店の入り口にあるプレートをクローズに掛け替えたのだった。
なるべく早くするつもりとアリスは言うものの…
それから数日間計算結果が出るまで待っていて頂戴と言われてしまった集は、
表向きの不審者に対する決着をする事にしたのである。
情報を修正して間違いようなく確定した形にする事にしたのである。
「なぁ大地。少し相談があるんだけれど」
「どうした集。改まって。
今日は商店街で自転車の探索をする予定ではなかったか?」
「それは後にしよう。
昨日帰って寝たら、まずは根本の確認が必要だって結論に至った」
「それはどういう意味だ?」
「不審者の話は大地から聞いた話だったな?」
「ああ里桜から聞いた話で間違いない」
「ならそれを確かめさせてくれ」
「それは喫茶ミロワールに行きたいと言う事か?」
「そうだね。
それで人伝じゃなくて直接店長さんにも確かめた方がいいかなって。
それなら不審者の事を詳しく聞けるかなって」
「それは名案ではないか!
…イヤ私達はその基本的な事に何故気付かなかったんだ?
そして何故その重要な証言を聞かずに不審者を特定できると思った」
「それは…」
「それは?」
「若気の至りって奴さ。
若さが暴走してしまったんだよ」
「そうか!我々はまだ若いから間違えて暴走する事は仕方がない事だな!」
うんうんと納得してそう言う事だったのかぁ!
と言いながら大地は里桜の方に向かって行った。
どうやら色々複雑なすれ違いは合ったもののミロワール聞き込みに行く事。
同時に有珠と里桜の働く姿を見たいと思った集の考え。
同調するように汲んでもらえたようである。
「明日の放課後は黒江さんも大城さんもシフトに入るそうだ」
「そう、か。これでやっと有珠のウェイトレス姿を見る事が出来るんだな」
「良かったな集」
「ありがとうと言っておくよ。持つべきものは彼女を持つ友達だな」
「よせよ…照れるじゃないか」
「あぁ。うん」
凄まじい遠回りの末一番初めの目的地に戻ると言う結末を迎えた不審者騒ぎ。
その悪夢の連鎖はこれにて終わりを告げる事になる。
大地が里桜から聞いた時間は接客のピークタイムが終わり仕事がひと段落する時間。
多少の余裕が出来て入れちょっとした話なら出来る時間である。
今日も喫茶ミロワールの忙しい時間が終わるかなと言った時であった。
ふぅと一息ついて有珠が入り口の方を見ると扉が開きかけていて、
フッと反射的に対応してしまった。
「いらっしゃいませー。喫茶ミロワールにようこそ!」
自然と言葉が口から流れ出て笑顔で接客をする有珠。
それはそれは喫茶店のウェイトレスとして相応しい模範的な対応だった。
何も恥じる事はないはずで。
それがたとえクラスメイトでも仕事である以上ごく自然に対応する事が普通の事である。
…先に入れと大地に促されて入店した集。
年相応に愛らしくそして可愛い胸当て付きエプロン。
そしてふんわりとした揺れ動くリボンは笑顔を向ける本人をとても、
愛らしくみせ、その視界に入る人の視線を釘付けにする。
当然真正面から見せつけられた有珠のその笑顔。
それは集が見たいと思いながら…
数年間見る事が出来なかった屈託のない有珠の笑顔であった。
「…いらっしゃいました」
そんな笑顔にやられた集。
何よりも大人の綺麗、ではなくて学生の頃。
アルバムの写真でしか見れなかった有珠の生の可愛いを直視した集。
その精神的衝撃はかなり大きなものであった。
同時にいらっしゃいましたという何ともお客らしからぬ言葉を聞いてしまった有珠であったが。
そのふかく被り込んで隠していたウェイトレスとしての仮面がポロリと落ちる。
そして普通のごくありふれた言葉が出て来なかったのである。
「あ…うん。えとな、何人かな?」
「二人…かな」
「そうすると席は…」
店内見渡して開いている席に案内しようとしていた有珠であったが。
そんなとてもお熱い雰囲気を見せてい二人をよそに、
大地はフンフンと店内を見回り、開いている席を見つけてしまったのである。
だがそこは普通の席では無かった。
そして男同士で座ると別の意味で誤解を生む可能性がある席だったのである。
少しばかり目立つように作られたその席はアノ特別な席だったのである。
そこに座った二人は学校公認のカップルとして認めてほしい。
もしくは認められる二人が座る場所であった。
「目立つ所に良い席があるではないか。
ウェイトレスさん。私達はあそこで良い」
「…え?」
そう宣言してずんずんと歩き始めてしまった大地。
甘い雰囲気を出そうとしていた有珠と集の会話をぶった切り、
集の腕を掴んで強引に引きずるように歩き始めてしまったのだ。
「ま、待って榊原君その席は!」
「ま、まて大地!」
大地自身その席の意味など知らないし。
何よりも(偽)助手として判断が鈍っていた探偵と店主との会話に移りたかった。
ただそれだけだった。
けれど強引に腕を引かれ連れていかれたその席。
そしてそれを制止しようとした有珠。
それでも引きずられていかれた集。
その三者三葉の動きは店内にいたとあるジャンルに熱狂していた生徒達に。
それはそれは素晴らしい燃料と言う名の噂を投下する事になったのだ。