喫茶アルバレストに集が来るのはこれが初めてであった。
同時に有珠以外の叶える者と集が合うのも初めてであった。
「…いらっしゃい」
「いらっしゃいませー」
普通に入店したつもりであった集。
けれどその店の雰囲気と良一の立ち位置。
そして良一に見られている視線と言うより周囲の雰囲気に違和感を覚えていた。
店の外と中の風景が違いすぎるのである。
窓越しに見える店内は賑わっている。
集以外にも多数のお客が店内にはいるはずなのだ。
けれど店は静かであり客の姿はあれどその存在は極めて薄かった。
言葉にするとややこしい。
そこに有るハズの物が無いと言った曖昧な感覚とでも言えばいいのだろうか。
集は奇妙な空間に迷い込んだような感覚に陥っていた。
平然とその場にいるアリスは何も言わない。
そしてカウンター席に座る様に促されたのだ。
「…随分とまぁ丁寧に編み上げた物だな」
「え?」
「ああぁ、気にするな。
新たな契約者を歓迎する」
「有難うございます?」
集からすればいきなり声を掛けられ歓迎すると言われても、
そうピンとくるものではなかった。
自身の事を知っていながら得体の知れない存在だから警戒せずに入られない。
そんな心持ちで良一の事を観察していた。
一応「人」の形をしていて言葉を発している存在ではあるが。
その周囲から漂う雰囲気は人のそれじゃなかった。
「アナタも叶える者なんですね」
「ご名答。
察しが良くて助かるな。余計な説明をせずに済む」
「…集は私の契約者よ」
「あぁ。ここまで見事に編み上げてあれば誰だって気付くだろうさ。
そして他にパートナーを作る気が無い事もな」
アリスとの契約の意味は集には理解できていた。
叶える者との契約は未来を変える為に必要な事。
青木集という存在に過去に戻ってやり直しをさせる機会を与える為。
契約は必要な事であった。
だから集は受け入れ2度目の高校生活を始めている。
他にも気にしなければいけない重要な事があった様な気もするが。
今の集はこのやり直しに関して上手くいっているのかどうかわからない。
ただ確実に言える事は一回目の高校生活とは確実に違っている。
それだけの変化を感じられれば十分なのである。
「初めての出会いだ。一杯やろう」
カウンターの奥の棚。
その一角にあるアルコールが多種多様に置かれている棚の扉を開く良一。
喫茶店だけではなく夜遅くになれば良一の趣味の範囲内で店内は、
正しくお酒を嗜む場所として再オープンする。
その為の品々も密閉されたマジックミラー扉の裏に用意されていた。
そこから未開封のワインを取り出す。
良一は自然な素振りでその蓋を開こうとしたのである。
前世持ちであり既に大人と認識している良一にとって普通の歓迎。
大人として親交を手っ取り早く深める為の歓迎スタイルだった。
しかし集はそのワインの瓶を開ける事を許さなかった。
祝いのワインに対してその対応は失礼に値すると思いながらも。
良一を制止する事をやめなかった。
「勘弁してください。
僕はまだアルコールは飲んじゃいけない歳ですよ」
それは至極真っ当な意見である。
今の集は高校生であり当然の返答であったのだが。
けれどそこににやにやしながら良一は反論してきたのだ。
「おや、一度目の活動時間を合算すれば優に40を超えるじゃないか」
「確かにその通りですが…他のお客さんの目もありますから」
集はそう口にしてはいたのであるが。
誰もカウンターの集達を気にする様子はなかった。
アルコール類が保管されている扉を開いた瞬間店内に漏れた独特のにおい。
それでも店内は微動だにしなかった。
まるでその空間だけが隔離されているように。
にもかかわらず微動だにしない集に良一は酒を飲ませる事を諦めた。
「そいつは残念だ」
「ええ本当に。
アルコールが入っていては聞けない事が色々ありますからね」
この喫茶店がどういった場所なのか。
たった今招かれた集には解らない。
けれどその雰囲気だけには飲まれる訳にはいかなかった。
唐突であったが知りたい事を知るチャンスが貰えたのだから。
未来を変えた。
良い方向に進んでいる。
アリスはそう口にするが。
それに対して集は実感がないのである。
だからアリス以外の叶える者の考えと言葉を聞きたかったのだ。
「そう警戒してくれるな。
少なくとも同じ立場の者から見てもアリスは頑張っている。
それも強力に」
「そうなんですか?」
「叶える者は基本的に一人に固執しない。
その名の通り契約者の願いを叶える事を目的としている。
それは間違いない。
だが、なにより広範囲を見渡して災厄に対して対処する。
それが基本だからな。
しかしそのセオリーをアリスはしていない」
「…契約者が一人と言う意味ですか?」
「ちょっと!良一」
「ああその通りだ」
「広く見渡す事になればそれだけ一つ一つの事は疎かになるからっ。
それを嫌っただけよ。
特別な意味はないわ」
「そ、そうなんだ」
必死に否定しそれらしい言い訳をするアリス。
その事で良一はやれやれと言った具合だった。
集を特別視している事に変わりはない。
「契約者と叶える者の関係はそれぞれ。
俺にその事をとやかく言う権利はない。
だが、契約者と叶える者は何時かその形を変える時が来る。
叶える者から変質するか。
それとも契約者から昇華するか。
はたまたその関係を契約を満了として次のステップに進むか。
まだ始まったばかりだから今は気にする必要はない。
しかしいつかその形は変わることになるのだと覚えておく事だ」
「はい」
その他にも色々とあるがね。
そう付け加える事も良一は忘れなかった。
良一は叶える者になって長い。
そしてアリスや集とは違い、その叶える者と言う立場で色々な物を見てきている。
だからこそのお節介と言う意味もあった。
「あの、質問をしても良いでしょうか?」
「かまわない」
「なら遠慮なく。
いままでアリスに言われるがままに行動をしてきたつもりなんですけど。
それでも未来を変えているって言うイメージが無いんです。
それで未来が変わった事はどうすればわかるんでしょうか」
それは真っ当な質問であり同時に良一にとってその質問は理解できない事だった。
「残念ながらその質問に答える事は出来ない。
出来ないと言うより「変わる」という概念を感じる事が出来るのは、
当人たちだけだ」
「え?」
「叶える者は最良の未来を手繰り寄せる為に行動しているつもりだ。
だがその未来が「変わった未来」なのかそれとも「変わらない未来」なのか。
それは観測している契約者の主観によるところが多い。
理想として手繰り寄せた未来なんてものは無い。
ここにいて話しているのが「現在」積み重ねた日々が「過去」になる。
まぁ難しく言っても仕方がない。
青木集が持っている記憶と違う世界が眼前に広がっているのなら、
それは確実に変わっている。
何より君の記憶に「この店」はあるか?」
「商店街の風景は覚えています。
この店もありました。
…中に入った事は無いですけど」
「ならその行動だけで違う未来に向かって進んではいる。
ただしその未来が青木集にとって最良かどうかはまだ分からない事だろうが」
「言っている意味がよく解らないです」
「大丈夫だ。
話している俺もちゃんと説明できている気はしない」
「え?」
それはなんじゃないと、突っ込みたかった集であるが。
会話は唐突に打ち切られる事になる。
その内解る事だからな。
「最善の一手を打てていると信じて(アリスを信じて)
降りかかる災厄に抗い続けろとしか言えんな」
「解りました」
それにだ、とこの正解のない話を続けるつもりはないとして良一は会話を切る。
「今は聞きたいであろう結果を教えるのが先だと思うが?
そこから未来をまた考えるのが良いだろう」
良一はそう言いながらアリスを集の隣の席へと座らせたのである。
「アリス。頼まれていた結果だが確実に傷跡が残っていたぞ」