災厄と呼ばれるソレ。
この根底と有り様は変質し続ける得体の知れない何かでしかない。
その動きと働きがどういった意味を持つのかは解らない。
けれど災厄が起こし干渉した結果抗う術のない者達は引きずられる様に不幸になるしかないのだ。
集もその一人であった。
言い換えるのならば超越者が知的生物で遊ぶ様子を見ているかの様でもあった。
確実に災厄は何かに合わせられるかのように負が連鎖する。
その連鎖がどうやって始まるのか。
回避するのであればどうやれば往なして避け切ること出来るのか。
頭を悩ませて考えさせられる。
叶える者はその知恵比べに勝ち災厄の連鎖をマイナスに動く力場を相殺する事で、
契約者の願いを聞き入れ未来の導くのだ。
それが叶える者がいる存在理由であり世界に干渉する権利を持つ特異点。
アリスは叶える者であり未来を黒く塗りつぶそうとしている災厄と戦う剣である。
パートナーと契約して災厄を食い止めるために日夜情報を集め最良の未来を手に入れる為に計算し続けているのだ!
だが…
「ねぇ…私は叶える者よね?」
「そうだな。BLT2番テーブルだ」
はっきりと断言してくれる良一にアリスは安堵する。
安堵するがそれとは別に良一の対応は変わることはなかった。
「しかし今は俺の運営する店で働く店員だ。
ロールプレイを楽しめ」
「ロールプレイって…」
「仕事(建前)ならロールプレイだ。
クレームを付けられないように愛想を振りまけ。
可愛いウェイトレスなのだろう」
「解ったわよ」
自身では集めきれない情報を集めてくれる良一。
その情報が無ければアリスの計算は狂ってしまう。
その事からも良一に逆らう事がアリスにできるはずなかったのだ。
そして頼んでしまった以上アルバレストの店員と言う立場からは逃げられない。
そのご要望通りにふんわりとスカートを振り回して注文されたサンドイッチを運ぶアリスはとても目を引く。
落ち着いた店内の造りだからこそその動きは目立つのである。
「お待たせいたしました」
「あ、ああ。ありがとう」
接客相手の年齢が高い事とアリス自身の落ち着き様とその雰囲気。
それらがマッチしている為なのか。
誰もがアリス・ミロノワールである事に気付かないという。
奇跡的な結果をもたらしていたのである。
眼鏡をかけている地味な女の子が実は可愛いと言う様な効果と同じであった。
アリス自身学校では当たり障りのない生活を送っている。
上手くクラスに溶け込みすぎていると言った方が良い。
クラスに有珠とその幼馴染のグループがあるお陰か綺麗に隠れてしまっていた。
髪と目の色こそ違い別人に見えるが逆に言うと差異はそこしかない。
明るめの場所で目を閉じて髪が陽の光に照らされればその黒い髪の毛でも、
ふんわりとした色合いに。
アリスの席は窓際の一番後ろである。
それこそ一瞬であるがよく見なければ有珠と錯覚しそうな雰囲気なのだ。
その似た子がライバル店のウェイトレスとして働いている。
その容姿が似ている事が更に美香のライバル心を煽ることになる。
「黒江さん。少し聞きたい事があるのだけれど」
「何でしょうか店長」
「学校に黒江さんの親戚の子がいる?」
「え?親戚ですか?」
「ええ」
「…いいえ。その私は一人っ子ですし。
父方は海外ですし。母親も一人っ子で同年代に親戚はいないです」
「そう。なら偶然なのね」
「何かありました?」
「たいしたことではないのだけれどね。
ライバル店で働き始めた子が黒江さんに似ている気がするのよ」
「そうなのですか?
私自身容姿が似ているって言われるような子は思いつかないです」
「そうなのね」
美香と有珠の会話にもしも里桜が加わっていたのであれば少しばかり展開は変っていた。
けれどその日は偶然にも里桜は別件で休みであり有珠しかいなかったのである。
少しばかりの認識の違い。
本人とその他の人から見た視点の違いだろうか。
第3者から見れば有珠とアリスは似ている。
けれど本人の視点からすると有珠はアリスとはかなり違って見えていたのだ。
と言うより同族嫌悪とでも言えば良いのか。
一卵性の双子でもない上に他者で血の繋がりのない他人。
それがそっくりだとは認めたくないと言う先入観があった結果であった。
美香からすれば十分にそっくりなのである。
「他人なら…気にする必要はないわね」
「うん???どういう事でしょうか?」
「これはね。私のプライドの話になってしまったのよ」
ギュッと握りこぶしを造った美香は有珠をより一層じろじろと見ながら考える。
「私はあくまでも進奏和の制服を崩さないつもりでいたの。
けれどアルバレストが本気で戦いを挑んできた以上。
私はその勝負を受けて立つわ!
この勝負に対して正々堂々と対抗しなければいけないのよ」
「その話はもう何度も聞いていますから…」
本音を言ってしまえばその店主である美香の対抗意識は有珠にとってはとても困った事である。
見せに来るたびに豪華にそして派手になっていくエプロン。
そしてそれ以外にブレスレットの様に巻き付けるふわふわの装飾リボン。
これだけで十分に気を遣う制服なのだ。
これ以上は勘弁願いたい。
「ダメよ!負ける訳にはいかないのよ!
私の有珠ちゃんが一番可愛いのだから」
「有珠…ちゃん?」
「え、あっ!」
その呼ばれ方に有珠は一種の衝撃を受ける事になったのだ。
自身の名前は有名な童話にも使われる名前であるから口からポロリと出てもおかしくはない。
しかしそれはあくまで親しい間柄があっての事。
店主とは言え名前で呼ばれるのはちょっと…
そう考えてしまう有珠であったが。
その後に上目遣いで良いよねぇ?良いって言って!
という、無言の圧力と共に許可を求める美香。
「そ、そのぉ有珠ちゃんって呼んでも良い?」
「えぇ…はい」
「ありがとう私の有珠ちゃん!」
「いえいえ…」
そこまで懇願されてはと了承こそした有珠であったが…
その言葉の中に「私の」という単語が追加されていた事に有珠は気づけない。
そしてファッション戦争の矢面に立つ事が決まった瞬間であった。
この時美香の頭の中にはアルバレスト対ミロワールと言う図式はなくなっている。
あろうことか「私の有珠」しか頭にない。
ライバル店に負けないアイドル?にする為に着飾らせる事しか頭に無かったのだ。
あの落ち着いた感じのクラシックなメイドスタイルに対抗する。
その為の回答は有珠を着飾らせる事その為に有珠の装飾品は増えていく。
それは明らかに仕事をする店員と言う姿からはかけ離れたものとなりそうで。
「せめてお仕事をちゃんとできるエプロンにしてくださいね」
「そ、それくらい解っているから心配しないでね!」
どもりながら返事をする美香に不安になる有珠であった。