迷探偵たちが迷な推理を展開している同時刻。
アリス・ミロノワールは集の願いを聞き入れつつ情報を自身でも集め始めた。
喫茶アルバレストの店主である良一から情報を得る事にしたのである。
余りにもおかしさを孕んでいるこの出来事。
姿を現さない不審者もさることながらそれ以上にある種の不信感を抱いていた。
「学校で聞き取れる情報がおかしな事になっていてね?
辻褄が合わないの」
「それで不審者とやらが本当に居るのかどうかの確認をしたいのか?」
「ええ。余りにも不自然に話が進んでいくから。
色々と計算結果の辻褄が狂うのよ」
「…そうだろうな。
叶える者になって日が浅いお前にはそう見えているだろう」
「含みのある言い方ね?」
「叶える者は災厄に対抗する立場であることは解っているだろう?」
「それは重々」
「なら簡単な事だろう?
叶える者が動いたのなら当然災厄側もカウンターを仕掛けてくる」
「…でもそれは未来が変わる事が決まった時からでしょう?」
現状アリスが手掛けた事は時間を少々繰り上げただけ。
里桜の救急車が定刻通りに病院にたどり着く様にして。
楓のトランペットを予定通りに直した事の2点だけである。
けれどその2つの要因は大きく彼女達の未来を変えている。
「確かにお前の言うとおりだ。
そしてお前が緻密な計算をした結果、青木集の周囲は変わった。
そしてこのまま押し上げていけば彼の未来は変わるだろう」
良一はアリスの改変方法を一番近くで見ていた叶える者である。
最低限の労力を働かせることによって運命と未来を良い方向に傾かせる。
その手際は新米の成り立てにも関わらず素晴らしい物であった。
だからこそ対抗側の予定は繰り上がる事が確実だろうとも。
「で、あれば災厄側もお前と同じように力を働かせてもおかしくはないだろう」
「既に災厄側が動き出した?」
「…過去に遡れば遡るほど未来は大きく変えやすい。
それでも十数年単位で地道に変えていく事を考えた奴など俺は知らない。
お前以外に改変させる為に数十年単位で労力を割く奴などな。
普通は契約者に対してそこまで思い入れが強い奴もいないんだが…
お前にとっては仕方がない事なのかもな」
「…」
災厄に気付かれず。
そして確実に集の未来を良い方向に傾ける。
ただその傾きは小さいが未来に対して考えるとズレは壮大な事になる。
でなければ集の結末はそう簡単に変えられない。
だからこそアリスは時間をかける事を厭わないつもりであった。
しかしアリスの行動は別の意味を示していた。
「アリス。お前のやっている事は未来を変える事と言うより、
未来を創る事と表現した方が近しい。
その改変は集の周辺だけではない。
環境にまで変化を強要する可能性もある」
「だから最小限の変化を私は計算したわ。
そして自然に変化するように仕向けたつもりよ」
「自然か…それはアリスにとっての自然であったに過ぎないのではないか?」
「それはっ」
「別に責めている訳じゃない。
叶える者は契約者の願いを具現化する事が存在意義である訳だからな。
その願いに則した行動を取る事を咎めるつもりはない。
その権限も俺にはない。
お前の求める結果はとても美しかった。
少なくとも今見える所はな。
完璧な計算すらみえる。
なんの予想外も認められない様な形だった。
だがそれは…」
そこで良一は一旦言葉を止めてアリスを見ていた。
それは確認であった。
どの程度アリスが考慮出来ていたのかの。
「まだ災厄が動かない事を前提とした内容だ。
災厄の引き起こす因子は叶える者では計算しきれない不安定要素だ」
チラリと視線をずらしたアリス。
けれどそれは決して考えていなかったわけじゃない。
ただ考慮するのには早すぎると思っていただけだった。
青木有珠だった彼女は集の結末と破滅。
そして変えられない運命が加速し始めたタイミングを知っている。
そこを起点にした計算結果と導き出した未来への改編計画。
そこに敵対する可能性のある災厄の存在は考慮する必要はない。
はずなのだ。
「集が追い込まれ始めたのは仕事が始まってから。
順調だった集の人生は2年で破滅にまで追い込まれた。
その破滅までに別の未来を準備する事こそ災厄に抗う手段でしょ?」
「そこをお前は勘違いしているのではないか?
不幸の連鎖は始まる前から長い時間をかけて積み上げられていた。
そう考えるのが普通だろう。
青木集はどの時点か解からないが災厄に目を付けられている。
でなければ崩壊の仕方に道筋はつかない」
「もう一度再計算が必要と言う事なのね?」
「最善で最良は常に変わり続けている。
叶える者も対抗する災厄も同じだ。
何某かの結果を求めて動いているのは災厄も同じだ。
当然運命の流れが推測通りに動かなければ反動と軋みは何処かで具現化する。
少なくとも今青木集の周囲に表向きには不審な点は見当たらない。
それが調査結果だな。
だがあくまでも表向きだ。
お前が感じている不信感と違和感の正体はその辺りから来ているのではないか?
そう踏まえれば今の不自然な出来事にも一定の理由付けが出来るかもしれない」
「もう災厄の手は集に伸びているのね?」
「それは解らない。
裏側からの力場も観測は出来ていない。
確定した物も見つけられていない。
災厄や叶える者以外の力すら感じる。
おまえが行った様にあまりにも自然に力が込められていたら、
判断のしようもないからな。
今の青木集の行動は確かにアリスの考える通り可笑しい。
正しいように見える間違った誘導を受けていると考えると辻褄が一部合う」
「この不審者騒動には別の何かの力を考慮するべきなのね?」
「情報だけでなく叶える者としての考えを重ね合わせるとそうなるな。
この考えも何かが足りていない様に感じるが」
「そう。貴重な情報をありがとう」
「なに。新人を育てるのも役割だ気にする事はない。
そして考え推論を思案する時間は終わりだ」
「なかなか難しいわね」
アリスはふうとため息をしてカウンター席に座りメニューを眺めていた。
妙に甘いものが食べたく感じてしまったのだから仕方がない。
だが良一はそんなに甘くはないのである。
「難しく悩みながらメニューを見ているところ悪いんだがな?」
「何かしら?」
良一は気づいていないのかと言いたげに指先をスタッフルームへとむける。
「働け」
「え?」
「お前のせいで客層が増えた。
というかお前が増やして店が混みあっている分をどうにかしろ」
「計算が違っていたのならもう一度検算をしたいのだけれど」
「それよりも騒がしくなった店内の責任を取ること。
それがお客様を呼び込んだお前がしなくてはいけない事だ」
「あとに出来ない?」
「扉の外を見てから言え」
「あぁ…」
そこには明らかに進奏和の制服を着た生徒が数名いる。
喫茶ミロワールが混みあってしまって入店できなかった生徒達だった。
「少しくらい高くっても…」
「そうね?入ってみようかな」
好奇心とアリスと言う進奏和の生徒がアルバイトとして働き始めた結果。
高かった敷居は程よく下がってしまったのだ。
入り難かったアルバレストのイメージは程よくマイルドに。
それは大人びたい生徒達の心をくすぐる形となり、
何よりお1人様が好きな生徒達にとってはミロワールよりも入りやすい。
おしゃべりの為でなく一人の時間を楽しみたい生徒にとっては理想郷ともいえる。
そうして行き場を失った生徒はアルバレストに足を向けていたのだった。
名目上アリスが喫茶アルバレストに来る理由はアルバイトなのだ。
そしてこの日アルバレストに来た理由は調査結果を聞く為であり仕事をするつもりはなかった。
しかし表向きの理由は店員として働きたいと言って。
親類に無茶を聞いてもらった進奏和の生徒という立場である。
良一が用意したのは汎用品のメイド服であった。
女生徒の制服は何が良いのかなんて考えられなかった良一である。
それこそ店員としてそれっぽい格好をしていればなんでも良かった。
手っ取り早く近場の店(ミロワール)をまねる事にしたのである。
アリス用に用意した標準的な給仕用の制服。
それは凝ったつもりはなくとも身に付けている人の容姿の良さが致命的だった。
とても知的で愛らしい姿になったのだ。
先日それを見たミロワールの店主である美香が誤解する程度には。
当然対抗意識を燃やしてミロワールがライバル視して活気づく結果となったのだ。
やれやれと言った感じで良一はため息をつく。
「繁盛する事は良い事ではあるのだがね。
本業を疎かにするつもりはない。
招き入れた客の対応位はしっかりとやれ」
「解ったわよ」
良一にとって喫茶店の運営は本業の片手間でやるべき事。
叶える者として抱える物が多い裏の顔を持つがゆえか。
そんなにアルバレストは繁盛しなくともいいのだ。
けれど客が来る以上当然理由もなく入店拒否できる訳もなく。
まして入店拒否なんてしたら次の商店街の会合で何を言われるかわからない。
ご近所さん付き合いはたとえ「叶える者」であっても人と変わらない。
とても大切な事なのである。
お目当ての店員が働いていると解ればどうやって知るのか解らないが。
釣られて入店してくるお客様もいる。
月一で開かれる町内会の会合まであと半月はある。
アリスが預かった姪と言う設定とその内情。
ミロワールの店主である美香か知るまで。
商店街の集客戦争は更に苛烈に進んでいく事になるのである。