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第46話

「なぁアリス」

「何?」

「お前もアルバイトしないか?」

「する必要がないのだけれど?」

「いやあるだろ」

「…何のために?」

「当然有珠を見守る為にさ。

同性だから近くにいても怪しまれないだろうし」

「それは私もミロワールで働けって事?」

「そうそう。

それが一番簡単で有珠に何かあった時に解るだろ?

一方通行の連絡手段もあるし」

「あのねぇ…?

喫茶ミロワールで働きたいって言っても無理よ。

肝心のアルバイト募集なんてそう簡単に出る事がないし」

「そうか…アリスがいてくれれば安心できるって思ったんだけどな」

「まぁ…安心なさいな。少しばかり考えておくわ」


アリス・ミロノワールは叶える者として少々大胆に動く事にしたのである。

里桜と楓の運命はより良い方向に動き始めている。

けれどその未来はアリスが考えたような結末に向けての第一歩を歩き出しただけ。

だからこそ集が未来に抗い長い戦いをするならば拠点の一つも作るべき時期かもしれないと言う考えに至ったのだ。

長い夏休みが始まってしまえば学校の代わりに集合する場所が必要となる。

それは喫茶ミロワールで良いかとも思っていた。

アリスからすれば有珠と里桜が喫茶店の様な場所で働く事は想定外だった。

二人ともそう言った仕事には興味がないし。

そこまでお金で困るような生活もしていない。

工藤楽器で楓のトランペット修理に関して修理の時間を縮める為に壊れた楽器を買う様に仕向けたりはしたがそれでもその出費が大きかったとは思わない。

…ただしその出費はアリス・ミロノワールの金銭感覚から来ている訳である。

叶える者となる前彼女は一人の大人として人生を歩み終わらせている。

だからこそ学生の金銭感覚とはズレていても仕方がない…

のかもしれない。


進奏和高校のおひざ元にある商店街。

そこには喫茶ミロワール以外にも数店の喫茶店が存在する。

ミロワールが学生向けの喫茶店。

そうであのなら当然それ以外の客層を狙った店も存在する。

大手のコーヒーショップとは違った雰囲気。

大人の常連しか相手にしない店。

学生を卒業しその先もこの辺りを拠点にして生活する人達が使う店。

喫茶アルバ・レスト。

日の出の休憩所の名を冠するこの店は喫茶ミロワールの近くにありながら、

客層の住み分けの為に学生達は寄り付けない店なのである。

オーナーの悪戯で始めたような店であるからこそミロワールにも劣らない拘りの詰まった店であった。


厚めの扉を開き店内に入る。

一見さんお断りの雰囲気と明らかに防音設備が充実した室内。

扉一枚閉じられただけで外部の音は遮断されスピーカーから微かに水の流れる音がしている。

そこは自然が作り出しているかのような静寂に包まれる場所であった。

それに合わせて新緑の匂いがする場所であり到底学生が好む雰囲気ではなかった。

それこそ住み分けがなされていると言った店内。

背凭れの後ろに高いパーテーションが組み込まれ個室感を演出し喋り声もほとんどしない。

スーツを着て向かい合い商談をする社会人。

軽食に舌鼓を打ちながら持ち込んだノートパソコンで資料を創り続ける人。

そこは会社の外にある外部オフィスとしても機能するような場所であった。

お値段も大人向け。

何もかもがミロワールとは違った店であった。

それこそ進奏和の制服姿のアリスがいると場違いであるはずなのだが。


「…いらっしゃい」

「ええ。来たわ」


臆することなくアリスが店内に入っていける理由はここにあった。

マスターである悠良一とアリスは知り合いであった。

この店のもう一つの顔。

それはアリス・ミノロワールと同じ叶える者達の拠点の一つである。

自然発生する災厄に対処し世界が正しく流れる様にする為の場所であった。

彼等叶える者達に強いつながりは存在せず各々で動く。

しかしそれでも災厄が複数個重なる事になれば叶える者同士も協力する事になる。

全ては世界の流れを乱さない為なのだ。

喫茶店と言う場の表層の下。

そこには叶える者達が集めた情報を交換する場所である。

とは言ってもその叶える者としてアリスはこの場に訪れた訳ではない。


「…一番奥の席が空いてる」

「残念。今日は少しばかり違うの」

「ほう?」

「私を雇わない?」

「突然何を?」

「この商店街に不審者が現れたんですって?」

「…そんな話はない」

「そう。ならなくとも構わないのだけれどね?

ただ少しばかりこの場所を提供してほしいのよ」

「ほう?」

「私の契約者がとっても心配性なのよ。

未来のパートナーの事が気になって仕方がないの。

彼のその想いを汲んで私にはその未来のパートナーを見守ってほしいのだそうよ」

「それはまた厄介な…

しかしアリスは今進奏和の生徒だろう?

その生徒をアルバレストで雇う事になると色々と問題がだな?」

「そうそう長い期間にならないわ。

その不審者が捕まるまでだしね」

「…面倒な事だな」

「それぐらい協力してくれたっていいでしょ?

今の所災厄の芽を摘んで世界の流れを阻害していないし」

「そっちは問題じゃない。

問題なのは商店街の寄り合いの方が」

「あ、そっちなのね。

じゃぁ姪を預かっているとでもいう設定を追加すればいいでしょ」

「簡単に言ってくれる」


そうやってアリスはミロワールの代わりの働き先を確保したのである。

しかし同時に良一はその波を立てずに小さな改編で災厄に対処している。

アリスの手際は見事だと考えてもいた。

未来に訪れる事が確定している災厄に対してアリスは的確に盾を造っている。

そしてその盾が大きく成長する為のきっかけ作りは良一の目から見ても上手くいっていたのだ。

だからこその提案でもあった。

そろそろアリス自身がその存在とあり方を見せても良いのではないかと。

ありていに言えば何故集に協力し続けているのかを。

隠さなければいけない理由が解らない。


「まだ話してないのか?」

「話すわけにはいかないわよ運命が確定するまで。

少なくとも将来に訪れる災厄に対抗する手段が得られるまではね」

「お前もそのパートナーを見ていても上手くいくようにしか見えないが」

「それは集が有珠の方を向いているからこそ、そう見えるのよ」

「それでいいのではないか?こんな回りくどい事をして。

時間をかけるよりもよほど簡単になると思うが」

「それは幻想ね。

人の心の奥底。

特に集の心の奥底は良く理解できているつもり。

集は今やり直したい。

やり直せると思っているからこそ無謀な突撃をしてでも未来を変えるべきと考えているでしょう。

でも違うのよ。

彼は失敗した未来を知っている。

知っていて尚求めているのはあの時の集のパートナーだった未来の青木有珠なの。

記憶を持ってやり直しをやっている以上今の集にとってはね。

今も救いたい有珠は未来のパートナーなのよ。

この時代の有珠は未来の有珠の代替品にしか過ぎない。

やり直しと集にとっての救いは同義じゃないわ」

「複雑だな」

「そうよ。複雑だからこそ青木有珠の記憶を持つ叶える者である私しか、

この未来へと続く災厄への対処は出来ない。

出来ないからこそ私は叶える者へのスカウトを受け入れたのよ」

「あぁ…そうだったな」


集の複雑な心境と葛藤の裏で潰れ行く集を見続けた有珠。

全てがうまくいかなくなる集が30歳になった時の結末。

彼をおいていくしかなかった自分自身を思い出して有珠は決断を下したのだ。

変異を受け入れ世界と繋がる。

そして集にやり直しの機会を与える。

出なければ集はその時点で自身の人生を終らせてしまう。

その事が解っていたからこそ…

青木有珠はアリス・ミノロワールになる事を受け入れたのだ。



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