商店街の裏通りでの捕り物とその騒動は直ぐに商店街中に広がる事になった。
犯人を捕まえたのが進奏和の生徒であった事からもその噂が流れるのは早い。
しかしその噂の当事者である集はひったくり犯を捕まえ褒められる事に関心はそれほどない。
それ以上に恥ずかしくて仕方がない。
「彼が迷探偵か!」
「らしいぜ」
「へぇ…やっぱり迷探偵になるだけあって雰囲気がちがうな!」
その日の通学の道のりは集にとっては何だか普通とは違う雰囲気だった。
原因の半分は解っている。
勿論ひったくり犯を捕まえたからだ。
だからその部分で言えば別に何ら恥じる事はない。
けれどもう半分が問題だった。
「やはり(偽)助手を伴っていただけあって、冴えた(笑)推理をしたみたいだ」
「あの(偽)助手を使っている探偵だけあるよな!」
「俺らの想像の上をいく迷推理で犯人は捕まえられたらしいからな!」
「すげーぜ!」
それはそうだろう。
自信満々に不審者云々大地と一緒に推理をしてその結果迷推理は全て見当違い。
目的だった不審者に関する情報を調べるつもりだったのだから。
それが何故か壁に立てかけられた自転車を放置車だと思い込んだ。
確かにボロく半壊気味だったその自転車を不審者の物と決めつけ(不審者の物であったが)細工をしたのだから。
そしてチェーンを外しタイヤの空気を抜いていたのだ。
結果手に正解だったとはいえ…
その細工を施すまでの言動はそれはもう中二に溢れた行動である。
理論構築は無駄に複雑に。
そして正当性がある様に組み立てられ訳の分からない推理が完成。
その周囲を調べ回った結果ひったくり犯が偶然逃げて来たに過ぎないのだ。
勇敢にもタックルをしてひったくり犯を二人がかりで捕まえたのはいいものの…
その時の二人の言動は当然中二に溢れたワイルドな物だった。
「良く捕まえてくれたね。ありがとう」
「ふふふ。私は迷探偵の推理に従って不審者を追い込むために動いただけ。
全ては迷探偵の推理の成果なのさ。
彼は今日この時ひったくり犯がここに逃げてくることを知っていた。
だからこそ鍵もかけずに無造作に置かれていた自転車は迷探偵の目には怪しく見えてしまっていた。
流石迷探偵目の付け所が違う。
そしてその自転車を中心に私達は「気」を張り巡らせていたのさ。
そして感覚を研ぎ澄ませていたからこそ直感的に動く事が出来た迷探偵はすぐさま反応する事が出来たのだ!
そうだよな集!」
最後まで中二に侵されたままでいられれば集のダメージはある意味少なかった。
けれど最悪な事に集はその偽助手(大地)に自分達がしでかした事を説明されて気付いてしまった。
そして同意を求められて引き下がれない状態にまで話(迷探偵の物語)が進んでしまっていた。
既に後戻りはできない。
「…ああっ!そうともさぁ!」
「あ、ああその、なんだご苦労様…」
「同情してくれますか?」
「…良いお友達を持っているね」
「はい…」
大地は確かに良いお友達であった。
事情を聴いてくれた警察官にとても温かい目で見られる程度には。
その大地が作り上げた雰囲気に流され素面に戻る事は集には出来なかった。
演じていると考えるからこそその恥ずかしさから逃げられる。
素面ではいられない。
集は迷探偵と言う大地が作り上げた立場から逃げる事は出来なかったのである。
ここに進奏和に迷探偵あり(笑)が完成してしまったのだ。
悪い事をしたわけではない。
だから恥ずかしがるような事じゃないと言い聞かせても周囲はそうではなかった。
破天荒な行動の結果から生まれた迷探偵という存在。
それに脚色が付け加えられるのに時間はかからなかったのだ。
噂は噂を作りあげ集は指先一つで犯人を捕まえた頭脳を持つ天才とかなんとか。
友好関係がそこまで広く出来ていない集。
一種のミステリアス感も付け加えられ青木集の存在を知らない生徒はいない位に話は伝播したのである。
それはもう誰だよソレと言いたくなる位に別人の噂が飛び交ったのだ。
「やっちまった…」
頭を抱えて悩む事になる。
そして迷探偵らしく集は広がってしまった噂。
それに構っている暇はなく一時忘れる事にする。
「まだ不審者の手掛かりと呼べる手がかりは何も見つけていないのに」
ともかく一番の問題を解決できていない事に気付いたのだ。
大地によって加熱された中二が程よく冷めて抜けた後であった。
暴走気味に動いた結果であり大地が犯人を捕まえたと聞いた後の話。
ひったくり犯を捕まえると言う大取り物から数日たった放課後。
冷静になって集は気づいたのだ。
そう集は有珠を付け狙う不審者を捕まえる為に動いたのだ。
決してひったくり犯を捕まえる為ではない。
何のために現場を見回りに行ったのか…
今となっては意味が解らない状態だった。
教室の自分の席でうつ伏せになっている集。
後にいるアリスが焦りを隠せない集にのんびりと声をかける。
「素晴らしい活躍だったそうね?」
「…ああ、その事は忘れさせてくれると嬉しい」
「あらダメよ。
あれだけの活躍をしたのよ?
大々的に立ち回ったのだから忘れる事なんて出来る訳ないでしょう。
色々と楽しい噂が出回っているのだからね!」
「相変わらず人の心をえぐるようなボディーブロー…
僕じゃなきゃ耐えられないね」
「耐えられると知っているから言っているのよ。
きっと叩かれる事によって鍛えられる心もあるのだから」
「あったとしてもご遠慮願いたいよ」
「心身共に強くならなくちゃいけないのだから訓練の一環よ」
「そーですか」
それはアリスからのメッセージ。
未来を変える為に頑張るのでしょう?
彼女からの励ましの言葉のつもりでもあった。
「そんなに落ち込んでいてどうするのよ?
目的はまだ果たせていないでしょ。
不審者を探して捕まえるんでしょう?」
「それは…そうなんだけど…もう何も手がかりがないんだ」
「手がかりがない?それって…」
どういう事なの?と続けたかったアリスであったが。
しばし考え込む事にする。
そもそもアリスは集の言う不審者に心当たりがない。
それは別の言い方をすれば叶える者として知っているべき事。
干渉するべき事柄に不審者が上がっていないと言う証明でもあった。
違う情報と論理を知るアリス。
彼女の情報網に引っかからないのは少なくとも集と有珠の運命に干渉する不審者と断定する存在はいないと言う事である。
いるのならアリスは感知できる揺らぎとして現れるはずなのだから。
運命を上手に転がして未来を変える計算をし続けるアリス。
集の思考を占拠する不審者と言う存在が現実は本当にいる?
いるのなら対処をしなくてはと頭を悩ませる。
未来に影響を与える事になる可能性がある。
アリスも集の言う不審者に対して何某かの対処を考えるべきかと考えていた。
全ては集の暴走から始まった幻の不審者であるのだが。
関係ないがひったくり犯を捕まえてしまった事でアリスもまた勘違いする。
集の言う不審者がいても可笑しくないと。
不審者がいる事を前提に考えてしまったのだ。
誰もがいもしない存在をいると思い込んで行動する。
だからこそこの思い込みの連鎖は止まらないのだ。
有珠の事を第一に考える集は言い淀んだアリスを見て更に勘違いは加速する。
「何か知っている?」
「いいえ。思い当たることがないの。
ないから困っているのよ」
「どうして?」
「私達は運命を変える為に行動を起こしているでしょ?
だからその反動もどこかしらで出る可能性だってある。
その反動が出ているのかも…
そんな事態を大きく変える様な事はまだしていないつもりなのだけれど」
「そうなのか?」
「喜ぶべき事ではあるのよ。
未来を変えるために動いたその反動が来ていると言う事ならば。
それは集が行った改変は確実に良い方向へと干渉している証明なのだから」
「そうか!」
アリスに運命を変えると言ってやった事は手伝いと慈善事業。
それでいて変化はしていると言われても集には実感がなかなかわかなかった。
けれどそれでも未来を変えた反動で不審者が出て来たと言われれば成果を感じる事が出来た。
…実際はただの勘違いであるが。
集のやる気と言う意味では、いもしない不審者は確かに集を元気づける。
それならと提案せずにはいられなくなっていた。