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第44話

放課後大地は少々慌てたような雰囲気を創りながら集へと話しかけたのだ。

いかにも重要な情報を持って来たかのような雰囲気であり、

それはある意味正しかった。


「集。大変な事が起こるかもしれない」

「どうしたんだよ?」

「大城から聞いたのだが喫茶ミロワールに不審者が現れたらしい」

「何だって?!」


流石に集も不審者が有珠の周囲に現れたと聞いて大人しくしている訳にはいかなかった。

直ぐにでも駆け出して行って大地の言う不審者を捕まえてやりたい集である。

有珠のピンチともなれば、今はまだ関係が進んでいないが居ても立ってもいられない。


「一体何時から?」

「詳しくは聞いていないが店内に入って注文したまでは良かったらしい。

だがあまりにも不審な様子に店長が声をかけたところ、

一目散に退散したらしいのだ」


他者から伝えられる伝言である。

言うまでも無いがその情報は欠落し進奏和の制服を着ていたと言う部分は省かれた。

そして次に注文をした物を一気食いして帰った集。

不審人物は注文だけして帰ったと言うイメージになっている。

既に現実の状況と乖離している上にアリスと一緒に行ったことがあったがために、

美香の不審者に対するイメージは悪のイメージが追加されていてしまっていた。

その時点で大地から語られた不審者が自身の怪しい行動が原因だと気付けない。

そして集は思考を巡らせるのである。


「それは確かに怪しいな」

「犯人像も良くわからないが…

その日の店員が目当てで無かった事だけは確かだろう」

「大地の言うとおりだな」

「近頃周囲をうろついている怪しさ満点の人物に心当たりがある」

「そいつが犯人だと?」

「いや解からないだがどうしても臭うのだ。

ここはひとつ調べてみる気にはならないか?」


大地としては単に探偵の真似事をやってみたかっただけ。

そこに丁度いい題材を里桜が持って来てくれたので脚色して事態をより深刻に見える様に話したのである。

勿論その行動に根底にはベターに告白を失敗した集に対する鼓舞があり。

背中を押す…

のではなく回し蹴りを叩き込む勢いでの脚色を行なった。


「有珠は可愛いから。

一度くらいは青木君にアルバイト先に来るように言って。

それできっと二人の関係も少しは進展するはずだから」

「…すると思うか?」

「させるの!」


誰隔てなく接して他者との間を一定に保つ有珠がその距離を崩したのだ。

その距離を少しでも縮めて関係を進めてあげたいと里桜は割と本気で考えている。

その為に大地と偽装カップルもどきまでして4人グループで花火大会にまで参加したのだから。

だが、花火大会での告白の失敗。

そしてそれ以上に問題だったのか里桜と大地の関係である。

有珠と集を焚きつける為の関係だったはずなのだ。

なのにその焚きつけたい集と有珠以上に大地と里桜の関係の方が特別に見える。

密談をして作戦会議を大地と里桜で開くたびに教室の片隅でヒソヒソ話をする二人がどう見られるのか。

当然良い関係に見えてしまっていたのである。


「やっぱり榊原君と大城さんて…」

「とても目の保養になるわね」

「やっぱりお似合いよね」


クラス内では少しずつであるが公認の承認が下りそうな位。

二人でいる時間は長くなっていたのである。

かくして喫茶店にて有珠と集を鉢合わせさせたいと考えていた二人作戦とは違って別の所を探索し不審者をあぶりだす事に汗を流す事になった集と大地であった。


「まずは…その大地が知っている不審者の情報の整理からだな」

「ほう。そこに目を付けるとはなかなかだな集」

「では喫茶店で直接店主から鮮度の高い情報を…」

「大地それでは時間を無駄にしてしまうかもしれない。

それよりも目撃回数が多かった現場に行くべきだ。

そこにはきっと犯人の痕跡が多く残っているはずだ!

一刻も早くその場所に向かって痕跡が消える前に情報を手に入れよう」

「…それは一理ある…のか?」


大地が大げさに伝えた結果は集に大きく響いていた。

そしてその響きはどう考えても集の思考を間違った方向へと向けさせる。

不審者を捕まえて有珠に迫りくる危機を排除したい。

その考えは幻?の犯人を創り始めたと言う事なのである。

何処にいるかもわからない怪しげな不審者。

何時の間にやら犯人と言う言葉に置き換わった辺りで彼等の行動原理は、

違う方向を向いたのだ。

ここに迷探偵と偽助手の関係が誕生したのである。


大地が知っている不審者をよく見かけた現場。

そこは喫茶ミロワールがある通りの一本奥の生活用の裏通り。

そう言った道であるから当然生活する人々の営みの形がありありと映し出される場所である。

なら少しばかし可笑しな事があったとしても不思議ではない所である。

そして今の彼等には全てが怪しく見えてしまっていたのである。


「こ、これはっ!」

「集!大きな発見だぞ!」


迷探偵と偽助手に徹する彼等はその場に置かれていた自転車に注目した。

いや生活通りである以上自転車の一つや二つ置いてあっても不思議ではない。

しかし迷探偵は脳内で素晴らしい解釈をするのだ。


「助手っ!この手掛かりはとても大きなことだよなぁ!」

「ああっ!まさかこの場所に置かれている自転車にガキがかかっていないだなんてありえてはいけないっ!」

「これは重大な犯人が残したミスだ!」

「おう!」

「この自転車の持ち主を探そう!」


普通の自転車であったが鍵がかかっていなかったのである。

人通りの少ない場所での自転車の鍵の掛け忘れは特段可笑しな事ではない。

しかし妄想は膨らむ。

犯人は迷探偵と偽助手の手によって作られるのだ。

不審な自転車に仕立て上げられた集と大地はここで犯罪が行われる事を確信したのだ。

間違った推理。

いい加減な理由付け。

しかし運命は彼等に幸運?を授ける事になるのだ。


―ドン―

「きゃぁ!ひったくりよぉ!」


集達がその辺りを探索し始めてから数十分が経った頃である。

表通りの方から大きな叫び声がする。

それから数分もしない内に細い道から深いフードを被った逃走者が、

抜け出してきたのである。

そして集達の目の前で先ほど見ていた自転車に跨ると逃走者は必死に走りだそうとしたのだ。

ペダルを回そうとした瞬間ズテンと逃走者は転ぶことになったのである。


「なっ!」


驚く逃走者。

けれどここまで来て大地も集も黙っている訳がないのである。

深いフードを被って顔が解らない犯人であったがそれでも集には関係なかった。

コイツを捕まえれば有珠が安心する。

その思いは恐怖をどっかに置き去りにさせ集に行動を促すのだ。


「悪いが捕まってもらう!」

「観念せよ」


集と大地の剣幕に転んでいた逃走者はそれなりに恐怖する。

いやどうしてこんなことになっているのか解らない。

迷探偵の推理は間違っていたが自転車は逃走者の物だったのである。


「え?なんてチェーンえ?空気?」


ともかく動けない様に男二人に押さえつけられた逃走者は、

混乱しながら自身の身に何が起こっているのかを確認していた。


「ふっ…こんな事も有ろうかとチェーンは外しておいたのさ」

「こっちはタイヤの空気を抜いておいたぞ」

「な、なんで?」


本当に偶然であり逃走者からすれば本当に何で?であった。

地面に押さえつけられるようにして羽交い絞めにされながら集と大地は、

ひったくられ鞄の持ち主が追いつくと直ぐに通報してもらい犯人は逮捕となったのである。


「やったな集!」

「ああ!大地のアシストがあったからさ!」


素晴らしい友情を深めあう二人であったが…

当初の目的を忘れていたのである。

迷探偵と偽助手は不審者を見つける事は出来なかったのだが。

浮かれている二人はその事に気付くのには時間がかかったのだ。




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