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第43話

「いらっしゃいませ!喫茶ミロワールにようこそ!

何名様ですか?」

「え、あ…えっと3人です」

「ではボックス席にご案内します!」


ミロワール特有のフリルとレースをふんだんに縫い付けた胸当て付きのエプロンを身に付けた姿。

ほのかに香るバニラビーンズの甘く優しい匂い。

それは有珠を飾り立てとても目立たせる。

そしてとても愛らしく周囲を魅了した。

何よりも有珠が持つ雰囲気と育ちの良さから来る衣装に自然と合わせる動き。

それは仕草一つとっても絵になる動きだったのである。

中学生の時マーチングバンドで嫌というほど人への見られ方を教えられた成果であった。

それは本人にとっては中学校時代のマーチングバンドの活動事は最悪の思い出ではあるのだが。

そこで教えられた美しくみられる動き。

それは今の有珠が意識せずとも出来る様に有珠の体の中に染み込んでいた。

人でありながら他者を引き付ける一種の魔法の様にすら感じられる。

目立つ髪色とその仕草は喫茶店の看板娘としてミロワールの客足を途絶えさせない位にはお客さんを呼び寄せる。

店内は話声で溢れ笑い声が絶える事はなかった。


「つ…つかれた…」

「客足が途絶えなかったわね」


有珠と里桜は交代交代で休憩をはさみながらの接客をする事になっていた。

授業が終ってからのアルバイトでありその時間を考えればそんなに長時間ではないし。

まして毎日仕事をしている訳じゃない。

だからこそ自分達がいる時だけこうも忙しいのは有珠としては不思議でならなかった。

ただイメージの良い喫茶店にしては随分と混みすぎている様な気はする。

しかしその原因の半分は自分自身の働きぶりに原因があるとは思えなかった。


「今日もご苦労様ね」


美香は疲れ果てた里桜と有珠に労いの言葉をかけた。

閉店後は特別な時間をアルバイトに励んでくれる子達に提供する事にしている。

それは喫茶ミロワールの新作の試食会や新しい制服のサンプルの試着など。

多岐に渡る事だった。

とりわけ店長の美香によりる遊び心の披露には里桜も有珠も楽しみにする位には、楽しい時間であった。

美香はその時だけは時間をかけてラテアート等を披露する事になる。

書くのは定番ハートの物だけじゃなく複雑な似顔絵なども短時間でするすると書き上げあるだけの技量も持っていた。


「今日はネコちゃんと…ワンちゃんね」

「わぁ…」

「かわいい」


もふもふのサモエドの様な絵とこれまたもふもふのペルシャに見える猫。

それは少しばかり崩しすぎて差が解りづらくはあるが特徴は抑えられ猫と犬の絵である事は間違いなかった。

その絵を見ながら勿体ないなぁと考える二人は同時に出された試作品のケーキに舌鼓を打つ事になる。

甘くて少々酸味の強いチーズケーキであった。

少しばかり疲れた声で有珠は美香に話し始めた。


「店長…今日も随分とお客様が多かった気がします」

「そう?確かに多かった気はするけれど…これからもっと忙しくなると思うわ」

「…何かあったのですか?」

「何かあったと言うか、今日の客足でそうなると言うべきかもしれないわね」

「へ?」「え?」

「二人とも緊張と忙しさでお客様の会話は聞いている余裕は無かったと思う。

けれどお話の話題の提供者が今日は2つもあったのよ」


美香はふふふと笑いながら話を続ける。

ただその美香の嬉しさとは裏腹に有珠と里桜は表情を固める事になる。


「一人は不思議の国の妖精だって。

もう一人は深緑の窓際の知だそうよ」

「「…」」

「つまりあなた達の話題から会話が始まっていたのね。

それだけ視線を引き付けていたって事なの」

「そう、だったんですか?」

「そうなってしまったのよ。

余りにもイメージ通りだったから。

まるで物語から出て来たみたいだって言われていた位よ?」


その言葉を聞いて有珠も里桜も忙しさの原因が自分達なのだと。

初めて聞かされ知るのだった。

有珠も里桜もまだ始めて一週間。

そして毎日仕事をしていた訳じゃない。

始めたばかりだからと週3回ぐらいでの様子見と言われていた。

馴れない接客で気を遣うと言う事もあって毎日はしていない。

それにも関わらずである。

美香としてもしばらくの間この話題は出すつもりは無かった。

けれど研修後にやらせた滲み出る育ちの良さと言うか…

持ち前の所作の綺麗な所と進奏和の生徒という特性の賜物なのだろうか。

一種の魔法の様な芸術がそこにはあったのである。


「有珠はそうかもしれませんが私は…」

「そうね。そう思っている事は解っていたわ」


有珠の亜麻色の髪と青い瞳の色はとても目立つ。

その目立つ有珠の隣にいるからこそ里桜はそれまで目立つ事は無かった。

けれど里桜もそれ相応に良い立ち振る舞いをしている。

有珠が悪目立ちしないのは有珠の立ち振る舞いに合った所作が里桜にも出来ているからである。

有珠のエプロンが不思議の国なら里桜のエプロンは高貴なメイドが纏う複雑なレース編みが使われた物であった。

カウンター席で休んでいた里桜を立たせると美香は手招きをする。

店内も有珠と里桜に合わせて少しばかりだがレイアウトを弄っている。

別に改修工事をするとかではなくて壁際に書籍を収納する為の本棚が、

パーテーションの様にあったのであるが入れる本は無なかった。

そこに美香は古い洋書を買ってきて埋めておいたのだ。

その前に里桜を立たせる。

それだけで良かった。


「想像通りのなんでも教えてくれそうな司書さんね」

「そうでしょうか?」

「ちょっと本を抱きしめる様に持って見せて」

「は、はい」


その姿のまま美香はスマホで写真を取る。

それこそ画像処理一切なしで一枚の絵になっていた。


「ね?貴女達は自然な仕草とイメージに合った衣装を着れば、

それこそ有名な女優さんだって狙えそうよ?

すこしばかり用心して貰わないといけないほどにね」

「…はい」


スマホの画面に映る里桜の姿に有珠も素敵と呟いてしまうほどであった。

里桜には里桜の愛らしさがそこにはあった。


「ちゃんと榊原君にも見せてあげないといけないね?」

「え?あ…そ、そうね。

でも彼は私のこういった姿は望んでいないって思う」

「ダメだよ里桜!

ちゃんと可愛い所を見せないとせっかくできた彼氏が離れて行っちゃうよ!」

「え、あの、うんそうだね…」


里桜からすれば有珠と集を近づける為の演技。

だから究極別れてしまったとしても有珠と集が近づけば自身が離れてしまっても構わない。

全ては演技なのだから。

それでも一番騙されてほしい有珠に心配されるほどに恋人に見えているのならそれは喜ぶべき事だとは思っているが。


「里桜と榊原君は絵になるんだから。

榊原君の病気を治せばきっと素敵な恋愛が出来るよ!」

「あ、はい」


力説する有珠に美香はクスクスと笑いながらその話題を戻す。


「それで問題なのだけれどね?

たった3回にもかかわらず知り合いが働いてるから。

なんて言い訳をして店内をじろじろと見まわるお客様が出て来てしまったの」

「それは…なんか失礼ですね」

「そうね。

私もそう思うのだけれど。

悪いのだけれどその子の印象があまりよくなくってね。

制服は着てたから進奏和の生徒だとは思うわ。

慌てて退店したんだけれど…

そう言った事をするようなお友達はいる?」


それは美香にとっての最終確認であった。

従業員を守るためのそれなりに準備が必要かもしれないと考えたお節介。

けれど二人とも知り合いの男子生徒に対してそこまで親しい人はいなかった。

けれど有珠は里桜に関しては一人候補を上げる。


「里桜は榊原君が来る事があるでしょ?」

「確かに彼なら可笑しな行動はとりそうだけれど。

それ以上に喫茶店に来る事は無いと思う」

「確かに彼にそんなイメージはないけど。

里桜が来てほしいって言えばくるでしょ」

「そうかしら?」

「そうよ」


大地のその行動原理は理解しがたい事が多い。

しかし同時に喫茶店の様な所にはよほどの用がなければ寄り付かない。

喫茶店と榊原大地のイメージは結びつかないのであった。


「アルバイトを始める事は榊原君には言ってあるけど。

わざわざ仕事ぶりを見に来るようなことは…」


里桜の頭に少し考えがよぎる。

来ないはずと言いきりたかった。

けれど否定できない理由が一つ里桜にはあったのである。


「無いと言い切れないか、な?」

「そうよね!可愛い彼女の働く姿は見たいものね!」

「い、いえ。そこまで燥ぐような事もしないと思うのだけれど」


存在を濁しながらも二人から出てくる名前。

一人上がった大地と言う存在。

更に認めたくはないけれど認めなくちゃいけない関係の様で。

その学生特有のじれったさ。

それに美香が飛びつかない訳がないのである。


「彼氏なのよね?」

「えっと…その…そうな様な?そうでもない様な」

「煮え切らないわね」

「色々とあるんです」

「そう。ともかく親しい男子生徒はその榊原君だけね?」

「そうですね」

「はい」

「ならそれ以外にはそれ相応の対応をするからね」


はい。と返事をしてその後は美香との楽しい新作の感想会となり二人は遅くならないうちに家へと帰るのである。

そしてその不審者の情報は里桜から大地へ大地から集へと伝わる。

遠回りな伝言ゲームとなったのである。



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