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第42話

アリスは表情を緩ませながらその先の言葉を紡ぐ。

当然の様に解ったように続けたのだ。


「大丈夫よ既に昔を思い出しながらのアルバイトでしょうからね」

「それはどういう意味だ?」

「黒江有珠が妖精と呼ばれるのは初めてではないって事ね。

中学の頃に耳が腐るほど聞かされた言葉だから。

亜麻色の髪の妖精と呼ばれている間は何も起きないわ…」

「そ、そうか」


その有珠の考えを読んだかのような回答は集を安心させるのには十分な説得力を持っていた。

いたが…大地としてはそれでは困るのだ。

有珠と集の関係を少しでも進めたいと考えている里桜。

今回の可愛らしい有珠のウェイトレス姿はどうしても集に見せたい姿である。

そして人気があり声を掛けられる事が多くなれば集も気が気ではなくなる。

それは集を焦らせ告白への道がグッと近づくと言う事でもある。

里桜はどうしても有珠と集の関係を進めたい。

進める事によって遠くに行ってしまい気味になっている有珠を変えたいのだ。

他者が望むままに動く有珠ではなくて有珠が動いて周囲を引っ張る。

そんな彼女に戻ってほしい。

そのきっかけに集がなるのなら。

恋愛が有珠を変えるのなら里桜は喜んで有珠をその道に連れて行く。

そんな里桜の考えとそれに協力する大地の誘導は集を思い通りに動かせない。

大地は次なる手段を講じるべきかと頭を悩ませた。

それも一瞬の事である。

アリス・ミロノワールが何かを思い立ったかのようにしゃべりだしたのだ。


「でも中学時代を知らない集にとっては亜麻色の髪の妖精として立ち振る舞う姿は今しか生で見られないわね」

「え??」

「だって有珠はお金がなくって仕方がなくアルバイトを始めたのよ。

それは逆に言うと必要分稼げてしまったらすぐにでも辞めてしまうでしょ。

人前に立つ仕事は中学の時の苦労があるから嫌がるし。

有珠はよほどの事が無いとウェイトレスの様な仕事は選ばないでしょ。

選んだのはミロワールの募集が奇跡的にあったから。

その巡り合わせが無ければきっと有珠は亜麻色の妖精になっていないでしょ」

「あ…」


様は考えようである。

有珠がウェイトレスとして働く事は高校時代の今を除いてない。

未来に置いて彼女はそう言った事はせずともヴァイオリンの先生として、

生徒に教えるだけで十分に稼げるだけの技量がある。

容姿の事もあって有珠は祝辞に引っ張りだこになるのだ。

結婚式の様な場所で依頼を受けて演奏を行う。

それだけで喜ばれそれが仕事となってしまうのである。

だからこそヴァイオリンの弾き語りをまだしてない今しかウェイトレス姿は見られないのだ。


「何時までミロワールで仕事を続けるのか解らないのだから。

見たいのなら意地貼ってないで見てきなさいな。

見られない事の方が後悔するわよ」

「解ったよアリス。そのアドバイスは貴重な意見だな」

「ええだから…」

「それじゃすぐに行ってくるよ」


がばっと立ち上がった集はその最速の足取りで教室を後にしたのである。

目指すは当然喫茶ミロワールである。

そして全力ダッシュした集がミロワールに到着するのにそう時間がかかる事は無かった。

無かったが…


「いらっしゃいませー

何名様ですか?」

「い、一名です」

「カウンター席で宜しいでしょうか?」

「宜しいです」


ではこちらでーす。

と軽やかに挨拶されて案内された席に座った集。

そこに有珠の姿はなく注文を受けたのも持って来てくれたのも知らない進奏和の生徒であった。


「ねぇ榊原君。黒江さんと大城さんは毎日アルバイトしているの?」

「まさか」

「ちゃんとシフトの確認とかをするべきよねぇ…」

「そうだな」

「因みに今日黒江さんと大城さんは」

「無論休みだ」

「…でしょうね」


二人は走り去った集の背中を確認しながらそれでも引き止める事はしなかった。

猪突猛進する集を止めるのは面倒という考えは二人の共通認識である。

そしてミロワールで一人有珠が何処にいるのか解らずきょろきょろと周囲を見渡す挙動不審な集はそれだけで不審者にしか見えなかった。

当然店主である美香はそう言った事に敏感に反応する。

怪しい客の典型的な仕草をする集に目が向かないはずがない。


「あ、あのお客様?どなたかお探しでしょうか?」

「え、あのその知人がここで働き始めたらしくって。

それでその姿が見えないなぁって」


何処までもド直球でありそしてストレートな物言いで聞いてしまった故に質問した美香は警戒レベルを上げずにはいられない。

確かに今の集は進奏和の男子生徒の制服を着ている。

同じ学校の生徒には見えるが。

果たしてその制服は本物かと疑いたくなる程度には学生らしくない。

何かに突き動かされて止まれなくなっているその姿には怪しさが先行してしまう。

お預かりして働いてもらっている生徒目当てでいきなり現れ人目もはばからずに周囲をガン見しているのだ。

少しは遠慮しろと言いたい所である。

そして何よりも問題だったのは美香は集に見覚えがあったのだ。

喫茶ミロワールの公認カップル限定席。

その席を知っていて解っているから座らなかったお客様である。

同じ進奏和の女子生徒と来店してひと悶着あった事を美香は覚えていた。

そして更に言うのであれば女の子はそのカップル席に座ったのに。

集はその誘いを断り別の席に移り二人で座ってカップル用の商品を頼んだのだ。

ある意味で苦々しい、見様によっては悲しい場面となってしまっていたのである。

迎え入れた店員も「女の子が可哀そうだったね」という言葉を残していて。

会話を終らせた女子生徒の方が先に帰ってしまっていた。

会話内容は解らなかったけれど美香とアルバイトの店員からすれば集はせっかくの告白を無下に断ったように見えてしまっていたのだ。

そしてそんな状況を目撃しているが故に怪しさにプラスして節操ない人物にも見える。

そこに来て知人が働いているからと言っての来店。

けれどその日のシフトの子達は全員集の事を知らない子達だった。

完全に集は怪しいです疑ってください。

そんな空気を漂わせる奴になってしまっていたのである。


「お客様?お客様を知っている店員は今日はいないみたいですが…

そのお名前を伺っても?」

「え、あの…その…あ、あれぇ?」


ここでも致命的なすれ違いが起こってしまっていたのである。

美香は誰か知り合いなのか解からないから集の名前を知りたかったのだ。

同時に集は考え込む素振りを見せてしまったのだ。

知り合いなのだから名前くらい直ぐに出せるはず。

それなのに言葉を濁すなんて怪しんでくださいと言っている様な物。

それは美香の警戒度を更に跳ね上げる結果となった。

店員を守るのは店主の務めである。

集は確かに有珠とは知り合いである。

しかし、ここで名前を出しても良いほど親しいかと言われたら疑問が残る。

知り合い以上友達未満…か友達…だろうか?という所である。

確かに花火大会を一緒に過した。

しかしそれは「お礼」だったから。

有珠との関係は極めて複雑な利害関係が関わっている。

単純に考えればいいだけなのだが。

少しばかり大人の思考が交じり合ってしまった。

結果的に知り合いと友達の境界線が集には複雑になってしまっていたのである。

友達か?知り合いか?その差は小さいようで大きい。

カウンターに置かれた飲み物を一気飲みすると集は勢いよく立って、

会計を済ませたのだ。


「え、えと、今日はいないみたいなのでまた来ますね」

「は、はい…またのご利用をお待ちしております…」

「ありがとうございましたっ!」


その言い淀みと名乗らない言動。

天啓的な挙動不審な行動は完全に店主である美香を誤解させた。

更に印象深く女の子を振ったというイメージがあった事。

怪しいうえに下手をすれば二股をしようとしている?いけ好かない奴かもしれない。

集はこの日を境に喫茶ミロワールにて要注意人物に格上げされる事になってしまったのであった。

集にとっては有珠が制服姿で愛らしく働いている姿が見たいだけ。

けれどもその姿を拝見する難易度は彼の考えの寄らぬところで難しくなっていっくのである。



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