カリカリとノートに数式を敷き詰め魔法陣の様な物を創り上げていたアリス。
それは外から見れば立派な中二病のノートの完成であったのだが。
アリス・ミノロワールにとってそれは中二ではあっても病気ではない物であった。
導き出された結果を見てアリスはうんうんとうなづき、
同時に前の席ですやすやと眠っていた集の椅子に蹴りを入れたのだ。
ゴンと良い感じの音が鳴った瞬間。
集は頭を起こし、後ろから聞こえてくる声に耳を傾ける事になったのだ。
「お待たせしたわね集?そろそろ出番よ」
「…一体何の出番なんだ?」
「勿論良い未来に手を伸ばす為に努力する出番ね」
「そうか…」
「そうよ。気が抜けているところ悪いのだけれどね。
それなりに時間はタイトなの」
「急がなくっちゃいけないなら早く始めさせてほしかったんだが?」
「それは無理ね。天秤が傾いてやっと黒江さんの手元に来たんだから」
「…何が?」
「勿論ブツが来たのよ」
「ほほう。言い方を聞いていると危険な香りがするな」
「そうよ今回は危険な展開になるわ」
「…本当に?」
「…勿論嘘よ」
「おい、今の間はなんだ」
「でも時間制限は本当に厳しいわ」
「危険なのか?いやそれ以上に何でそこまで時間を気にしているんだよ?」
「未来を変えるのには信頼と友情と努力が必要だからよ」
「誰に?」
「聖さんにね」
「…ますます意味が解らない」
「解らなくても良いわ。
結果的に大城里桜を助けたように聖楓も救わなくてはいけない。
でなければ今、青木集がここにいる意味が無くなる。
だから…さぁ!集。動くわよ」
「お。おぉ」
アリスのやる気に言われるがまま行動を開始する。
その第一歩はアリスが作り上げた中二ノートの計算結果を覚える事からであった。
「な、なぁこの数字を覚える意味はあるのか?」
「あるわね。というかこれがレシピだから」
「は?レシピ」
「そうよー。これから黒江さんと集が行動を起こす意味で必要な数字ね」
「あ?そうなのか…ん?」
「ともかく覚えておいて後は集の努力と友情でどうにかするのよ」
「え?努力?友情?友情って誰とのだ?」
「後は集の体力と集中力で時間を縮めるのよ!」
「あ?まったく解らないが。わ、解った」
その勢いでアリスが集を連れてきたのは小さい町工場であった。
そこの呼び鈴を鳴らすと、
ぶっきらぼうな、いかにもな「昔のオヤジ」が出てきたのである。
「…んだ?」
「約束通りライバルとなりうる人材を連れて来たわ」
「ほぉ?経験者とでも言うのか?」
「ええ。未来の天才ヴァイオリニストになりうる存在のパートナー候補ね」
「そいつはまた偉い評価だな?」
「すごいでしょう?だからまぁやらせてみてよ」
「…解った。だが後悔するなよ」
「しないわ。しなければいけないほど彼は弱くない事を保証するわ」
「…解った。ついてきな」
工場の主らしきその親父はそのまま工場内へと戻っていったのである。
「さぁ集。話は付けてあげたわ。後は貴方の努力次第よ!」
「だから意味が解んねぇーぞ!」
「ここまで来て解からないの?鈍いわねぇ」
クイクイとアリスは指を刺したその先。
そこには工藤楽器と書かれた看板があったのである。
そして店内を覗き込めばそこは大量に積まれた筒の材料と加工する為の機械。
「ま、まさか…」
「そうよこれからアナタには楽器を…トランペットを作ってもらうわ!」
「更に意味が解かんねぇー。というか素人に楽器作りができる訳がねー」
「まぁまぁ…
本当にできるようになるなんて思っていないから気にしないで。
でも。集がここで楽器を創る事には意味があるの。
まぁ私を信じて今日から放課後はココで修行すれば運命が変わるのよ!」
「…説明する気はないのか?本当に解らないんだが?」
「ええ、大丈夫。今回は私も動いてあげるからね。安心なさいな」
「おぉそれは助かる…じゃない。
だから意味が解らない楽器を造る理由を教えてくれ」
「正しくは楽器を造ることが目的じゃないわ。
ここにいる店主の息子である工藤紘一のライバルになる事が目的ね」
「…は?」
そこでアリスの目付きが変わったのだ。
それは「叶える者」としてのアリスの態度であった。
「これから数日後。
この工藤楽器店に黒江有珠が聖楓と一緒に彼女のトランペットを持って現れるの。
それは彼女達が必死に探した最後の希望だった。
けれど確認して店主に言われてしまうの。
状態は酷いの一言であり買い替えるべきだと。
もしも直すのならそれは並の楽器以上の金額が掛かり手間も時間もが必要になるのよ」
「…それで?」
「それでも黒江有珠と聖楓は諦められなくてお店主にお願いするのだけれどね。
金額面で折り合いがつかなかった。
けれどその交渉を見ていた工藤紘一が動いてくれることになる。
工藤楽器でバイト強いている自分が「趣味で修理する」のなら問題ないだろうと。
それで父親が面白がってやって見せろと言って、
修理してもらう事になったのだけれどね」
「出来なかったのか?」
「違うわ。できたのだけれどね。チューニングに時間を取られる事になるのよ」
「調整…?」
「そう、聖楓が納得のいく形になるのに時間がかかるの」
「それが…これからの出来事にどうかかわって来るんだ?」
「今年の夏のコンクールに進奏和の吹奏楽部の演奏の質が落ちるの。
仕上げが間に合わなくなるのよ。
特に顧問の教師と部長の久遠涼子が聖楓に執着した事が原因なのだけれどね。
楓がいる事で楓に頼った形から脱却できなくなったのよ。
あとは楓の調子が上がらずそのまま全国大会へといけなくなる」
「それは残念な事だと思うが…」
「問題はココから。
聖楓の両親はコンクールがあったその日に建設現場からの落下物によって重体を負う事になる。
それが先の聖楓の人生に暗い影を落とす事になる。
彼女は最後まで立ち直れなかった。
…これで説明は納得できたかしら?」
「つまりトランペットを修復する時間をかけすぎた所為で、
練習する時間が取れずに練習不足で全国に行けなかったと。
「ええ」
「全国に行けば楓の両親は救われる事になると?」
「その通りね。聖楓のご両親は楓がレギュラーでソロ演奏に選ばれた事で、
全国に行ったとしても応援しに行けるように今から宿泊先を抑えるほど熱心な方々だからね」
「…事情は分かった。
ともかく聖さんにトランペットを一日でも早く返せるようにする為に、
修理を請け負った工藤紘一のやる気を引き出せばいいんだな?」
「ありていに言えばそうね」
「するとあの計算結果と数字は?」
「聖楓が理想とするトランペットの数値ね。
ただしその数値がトランペットのどの部位に当たる数値なのか。
私には解らない。
それが「叶える者」として導き出せた近似値。
後はその数字をどこで使うのかは契約した集が干渉する事によって決まる」
「解った」
「それと…私は次に移るわ。
トランペットの復元を助ける為の部品の提供元となってくれる
同じメーカーのトランペットを黒江有珠に頼んで回収してもらうの」
「それは」
「なかなか面倒な事になりそうでしょう?」
「でも聖楓がこれ以上涙を流さないようにするのにはこれが最適解ね。
さぁ集。私を信じて!働きなさい!」
「おぉ!俺はやるぜ!」
アリスに乗せられた様な形で未来の形を聞かされた集。
やる気はとても満ちていた。
そして集は工藤楽器の息子である工藤紘一との熱い戦いを始めるのだ。
「おう。紘一今日からこいつも働くから色々と教えてやってくれ」
「あ?なんだよ親父?いつからそんな話になってんだよって…
お前進奏和の生徒だろ?なんでそんな進学校の奴がこんな所に来てんだよ」
「勿論楽器を作ってみたいからです!」
「お、おう。そのなんだ熱意はありそうだから…頑張るか?」
「はい!」
集は頑張った。
それはもう。
何をやらされているのかなんて全く分からないが。
それでも機械の掃除から初めて嗅いだことのない匂いと煩い工作機械に、
耳と鼻をやられてもめげなかった。
そしてよくわからない無駄にやる気だけがある集の働きを見ていて、
紘一も動かずにはいられなかったのである。