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第31話


一般生徒にとってはただの花火大会。

夏に向けて彼氏彼女をつくる一大恋愛イベントである花火大会も部活動が関わるとまったく違った形になる。

得に進奏和は吹奏楽部の強豪高校なのだ。

この花火大会と言う名を使った学校での楽しそうな一泊二日の合宿。

それは夢と苦しみが折り重なる青春の一幕。

開催する吹奏楽部員にとっては大切な扱きの場となるのである。

先輩から後輩に受け継がれる伝統の一日。

目的は団結心を高めより深い演奏技術を会得する為に必要な事。

そして部員同士の心を通い合わせる大切な時間との事なのだが。

その実態は2つのグループに分かれる為に全く別の顔を持つ事になる。

勿論部員は全員参加が当然のこととして求められ、当たり前のように練習をする。

…という建前なのだ。

けれどそのグループは既に始まりから2つに分かれているのである。

それは部員たちにとっては選別が終った事を意味するのであった。

これ以上の努力は無駄。

それまでパート別に分かれて仲良く練習して来た仲間意識に溢れた彼女達にとってもその関係が終る。

区別される瞬間だった。

涼子は最後まで頑張った。

頑張ったがやはり届かなかった。

5人目に滑り込む事は出来なかったのだ。


「部長残念だったわね」

「あそこまで実力を見せつけられちゃうとね」

「悔しいけれど聖さんの技量は凄いから」

「彼女を外してまで部長を入れる事は考えられないもの」


生徒の将来性や練習による伸びと他のメンバーとの相性も考慮されて何度となく入れ変えも行われる。

けれどそれもこの花火大会までの話。

レギュラーを勝ち取りコンクールに出場する事がほぼ決まった子達はこの合宿を皮切りに扱いが変わる。

勿論選ばれなかったメンバーもやるべき事はある。

レギュラーを徹底的に補佐する為に合宿に参加するのだ。

夏の全国に向けてのコンクールに集中する形を取る時期なのだ。

技量の有る者を集中的に指導して才覚を引き延ばしコンクールで秀でた演奏をできるようにする。

それは部員数の多い新奏和の吹奏楽部では普通の事だった。

言い方は悪いが才能が無い者に時間を費やすだけの時間が指導員にも顧問もない。

そう言った割り切りと選別が出来るからこそ強豪校となれるのだ。

全ては勝つために。

その勝ちにこだわるからこそレギュラーメンバーは美しい音色を奏でる為に一層の努力をする。

選ばれた側には選ばれた側の責任がある。

レギュラーメンバーが練習をしている間に周囲の雑事を終らせて練習に集中できるようにするのが選ばれなかった部員の役目である。

楽器の手入れや部室に校内の掃除。

そして花火大会の有る合宿の日は他の部活のお手伝いをしに来てくれた方々のおもてなしもするのである。


そして選ばれてしまった楓の心境は複雑な事になってしまっていた。

有珠のヴァイオリンの発表。

そして里桜の証拠に対しての指導。

それは楓がどう考えていても里桜も有珠も吹奏楽部へと入ってくれないと言う、

宣言だった。

楓は有珠と里桜に祥子がいればいい。

それだけで楽しい時間だった。

そこに吹奏楽部はいらなかった。

けれどもう彼女は選ばれてしまった。

選ばれてしまったからには役目を果たす義務が生まれていた。


「さぁ聖さん?練習を続けましょう」

「はい…」


既にやる気と言う意味では楓が本気で取り組む理由なんて一つしかない。

取り上げられた自分のトランペットを無事に返してもらうための続けているに過ぎなかった。

自分のトランペットさえ返してもらえればそれでよかったのだ。

けれどその楓の気持ちに反して彼女の奏でる音と技量は本物だった。

本物だったからこそ指導員と涼子は楓を鍛え続ける。


「聖さん音がぶれていますよ」

「はい」

「聖さんもう少し感情を込めてください」

「はい」

「聖さんもっと音を強く表現して」

「はい…」


朝から始まった3人での特訓と呼ぶに相応しい時間が続く。

トランペットでのソロパートも受け持つ事になった楓は当然その練習もする事になっていた。


「先生!合宿の期間は聖さんを徹底的に鍛えるべきだと思うんです。

指導員の方にもついてもらって聖さんを育てれば。

コンクールの勝ちも近づきます」

「その意見には賛成だが…

他のトランペット奏者との音合わせをまったくやらない訳にはいかないだろう」

「はい。ですからその役目は私が引き受けます。

彼女には徹底的に練習してもらって理想の形になってもらいます。

それで…

今の聖さんに部員関係の事を持ち込むのは余り良くないと考えました。

そんな事で時間を使う位なら…

更に演奏に磨きをかける時間を与えた方が良いと思います。

彼女を引き上げれば他の演奏の技量も上がるって思うんです。

それできっとうまくいくはずです。

それが…それが一番コンクールで優勝に近づける形だから」

「聖を特別扱いするべきだと?」

「はい。期待していたもう一人のフルート奏者はもう手に入らないでしょう?

なら今いる人を最大に活用する事こそ部長である私の役目です」

「そうか。そこまで言いきるか。

それは明確な特別扱いだ相当の反発もあるだろう。

それを抑え込めるのか?」

「やってみせます」

「…指導員と久遠。二人での指導を認めよう」

「ありがとうございます!」


顧問の教師の了承を得た涼子はその2日間で楓を誰もが納得する形に仕上げる。

周囲を実力で黙らせた黒江有珠と同じ様な演奏をさせるべく練習させる。

それが正しい事だと迷いなく決めつけたのである。

楓の技量を高める事が出来ればそれはコンクールでの勝率が上がる。

優勝という甘美な響きに酔いしれている指導員も涼子もその事しか見えていない。

何せ指導すればするほど楓のトランペットの音色は面白いように綺麗になる。

伸ばし続ければ理想に近付いていくのだ。

それこそ指導し甲斐があると言う物だった。


「先生…楽しいですね」

「久遠さんもそう思っていたのね。

そうね!とても楽しいわ。

今までで一番教えがいがあるもの聖さんは」


涼子と指導員の楽しい時間は過ぎていく。

打てば響く。

ちゃんと反映されて音を返してくるのだから楽しくない訳がない。

そして涼子と音を合わせれば明らかに技量差がある涼子ですら自身が旨くなったのだと錯覚するほどの音が出せる。

楓による引き上げの効果は絶大だった。

けれど指導をつづければ続けるほど目につく事がある。

指摘する点が少なくなってくれば指導員はその癖が気になり始めたのだ。


「聖さん自分の楽器以外でも同じ音を出せるようになりなさい」

「…それ、本当にできるようになる必要ありますか?」

「あります。

アナタはトランペット奏者としてこれから大成したいと考えなくてはいけないのですからね。

アナタの様な子を指導した事は私の誇りにもなります。

聖さんアナタは人とのかかわりを軽んじる部分がありますね。

けれどそれではいけません。

アナタの成功は指導した私の成功ともなるのですから」

「…はい」


返事こそするものの楓としては納得できる事ではない。

そもそもなんて頼んでもいないのに合宿が特別レッスンになっているのか。

その事すら楓にとっては不満でしかない。


「どうして私だけが?」

「何度も言っているでしょう?アナタがソロパートを担当するのだから。

当然先生にみてもらって演奏のレベルを上げるのよ」


涼子からの言い分も聞き飽きていた。

けれどそれ以上に楓は指導員を気持ち悪く見ていた。

その気持ち悪さは当たりであったのだ。

確かに熱心に教えているがそこには指導員の透けた未来の一幕が見え隠れし始めてもいたのである。

教え子が音楽家として成功者になれば自身の指導に拍が付く。

それは指導員にとっても良い事なのだから仕方がない。

指導すると言う気持ちよりも未来を見て利用してやると言う意思を楓が感じ取っていたからに他ならない。

それでいて指導員は人知れず楓に自身の理想を押し付け始めていたのだった。

いつもと違う特別な指導という形でその行為は更に形に拍車をかけていた。


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