大地の普段からは違いすぎているように見えなくもないその様子。
わざわざ里桜を抱き上げて連れて行くらしからぬ気遣い方。
違和感アリアリなその行動でありながら集は感謝した。
日暮れで花火の打ち上げ時間が近づいていて…
周囲に合宿の為に部活動をしていた青春を謳歌する生徒もちらほらと現れ始めている。
勿論部活の垣根を越えた親交を深める為の合宿である。
男子生徒と女子生徒の比率は黄金比1対1の空間であった。
誰も一人じゃない。
二人で見て親交と友情を深める決してやましい所なんてない、
健全な場所が屋上に広がっている。
ちょっとばかし激しいスキンシップが行われてもおかしくない雰囲気ではあるが。
進奏和の生徒達は高い倫理観を持ち健全に育った者ばかりだから問題はないのだ。
集にとってこの雰囲気はとても良い方向に動いている。
有珠と二人きりで何を話しても良い機会が今世に置いて初めて訪れたのだ。
やっと親睦を深めるチャンスなのであるが…
「里桜大丈夫かな?」
「大地が付いているから問題ないと思うけど」
「そ、そうだよね。
病み上がりで連れまわしちゃったかなぁ…」
「大丈夫だと思うけどね。
…どっちかと言うと、大地と大城さんが二人きりになりたかったんじゃないかな」
「え?それって」
「今日の屋台でのかき氷の件を思い出してみるとさ、
二人はさ、その付き合い始めたように見えない?」
「でも里桜はそんな素振りを見せなかったと思うの」
「今日の花火大会の前にさ、
大地が今日のイベンドの事を詳しく話してくれたんだ。少しだけど。
それで大城さんがお礼をしたいって事で大地も参加するって言われたんだ。
黒江さんも何か聞いてない?」
「私もこの花火大会の詳細はクラスメイトに聞いたんだけど。
それ以上に里桜が詳しくって驚いた事を思い出したわ。
私は何も知らないの?って聞き返されて。
それで…里桜も誘ったら付き合ってくれるって簡単に受け入れてくれたの…
けれどそれって」
有珠の中で歪なパズルが組みあがっていく。
そもそもこの花火大会の事を教えくれたクラスメイトの事がすっぽりと記憶から抜け落ちていた。
里桜から詳しく聞いた。
今日の屋上に屋台の食べ物を持ち込む方法も教えてくれたのは里桜だったのだ。
その事と集の意見と考えが原因で更なる勘違いを加速させる有珠。
「…たぶんだけど大城さんと大地は今日が初デートだったんじゃないかな?」
「えぇ!?そう言う事だったの?」
「初めてのデートで二人気になるのはまだ勇気がないとかでさ。
事前の連絡でも大地が大城さんからお礼を受けたいからって事をあまりにも強調していたからさ。
照れ隠しの意味もあったんじゃないかって今なら思うんだ」
「そうね。そう考えたら里桜の今日の様子は普通じゃなかったって思える。
心当たりが多すぎるわ。
里桜がかき氷を榊原君と一緒に食べたのはあまりにも意外だったもの」
一通り二人で酷い間違いだらけの理論を組み立てた有珠と集。
そもそもかき氷の件はただの見間違いであることに気付いていなかった。
有珠と集の二人の関係を進めてみたかった里桜が見せた只の悪戯だった。
大地と里桜は二人で食べ合いっこした様に見せる為にカップを近づけて。
シロップのかかっていない部分をお互いに自身のカップから救い上げたのだ。
それを少し離れた所から見ればお互いのかき氷を食べているように見せられた。
更にもう一芝居で2本貰っていた透明なプラスチックスプーンを氷の中に、
隠しておいて食べさせあ合いをして見せたのである。
二人ともまんまと騙された訳だが。
「ふふっ。そっか。里桜にもそういった人が出来たんだ。
以外だなぁって思う反面、確かに榊原君ならって思っちゃった」
「大地も悪い奴じゃないから大城さんと気が合ういいカップルになるでしょ」
「私が青木君の事を気にしているって言って里桜がからかってきたのは、
榊原君との関係を隠す為だったなんて…里桜も大きな秘密を持ったんだね」
「やっぱり色恋沙汰は恥ずかしくってあまり知られたくないからかな」
「そうかもしれないけれど…
もう少し面と向かって教えてほしかったなぁ」
「やっぱり大城さんの相手は気になるんだ」
「それはそうだよ。きっと長い付き合いになると思うから」
里桜の相手を気にする有珠はさも当然と話していた。
有珠は口に出したりしなかったが。
里桜のパートナーとなもればそれは当然の事であるが有珠と一緒に出掛ける機会もあるだろうし。
その時に気まずい思いをしたくないのは当然だろう。
少なくとも榊原大地は電波系天然装いであり美男子に属するのだが。
それを差し引いて余りある理解不能の言動をする事から女子からの評判は別れている。いい人だよね、面倒そうだけど。
とはいえ、何であれ良い人カテゴリーな事から里桜と付き合ったとしてもトラブルになる事は少ない。
これは集にとって千載一隅のチャンスであった。
里桜に恋人が出来た事から来る疎外感を集が恋人として立候補するチャンスなのである。
その瞬間集の頭の中で超高速な演算が始まった。
行けるか?
しかしまだお礼の為に誘われたに過ぎない関係だぞ。
だが色々な意味で最高のシチュエーションだ。
ここで行かねば男が廃るだろ?
有珠に密かに好意を向け続けていた事はきっと気付いてくれている。
脈が無ければこうして誘ってももらえないはず。
つまり今、自身は最高の状態で告白するチャンスであると結論付けたのだ。
青木集!
ここが勝負どころと決めた以上突き進むのみ!
「あ、あのさ黒江さん!」
「え?な何かな?」
―ひゅゅぃゅド「つ」ドドーン「い」―
花火大会の打ち上げが始まりその初弾として連発で、
夜空に大輪の花を咲かせる時間が始まったのだ。
その花火が打ちあがる音は決心して告白をした集の言葉を聞き取れないレベルにかき消していた。
余りにもベタな告白の失敗。
それが自身に起きた事が信じられず呆然とするしかない集。
打ちあがった花火に驚いた有珠は時間を確認して少しばかり集と長話をしてしまった事に気付いたのだ。
地元の花火大会でありそこまでの打ち上げ数はないから、
終わるまでそんなに時間はかからない。
来られるなら直ぐにでも大地と里桜を連れて来るべきと考えついた有珠。
「もうっ里桜達大丈夫かしら?
私ちょっと保健室に行ってくるから…
青木君は場所の確保お願いね!」
「ああ…うん。解った待っテルヨォ」
告白の失敗どころか告白自体が無くなるかのような結果になって一気に気の抜けた集。
これが運命なのかそれとも定めなのか解からない。
はたまた集が有珠と戦うべき災厄が原因なのか。
それを知る術は集には無かったが…
確実に言える事は最高のシチュエーションを用意されていたのにも関わらず。
里桜と大地に背中を押してもらってチャンスを与えられながら。
集は時間をかけすぎて失敗したと言う現実であった。
大地は里桜をお姫様抱っこのまま保健室へと連れ込み保険医の教師にお熱があると判断され、寝かされる事になったものの…
その原因を察した教師は直ぐに「体調が戻ったと言う事」で二人は保健室から追い出される事になった。
場所シチュエーションもお膳立てする事が目的だった里桜にとっては今日自身がなすべき事はやり切ったのだ。
だからこそ屋上にはすぐに戻らず花火大会が終ったら戻るつもりだった。
二人が選んだのは何時も授業を受けている教室。
集には悪いと思ったが大地は窓際の集の机に腰かけトントンと膝を叩いて、
里桜を誘導した。
今日の二人は恋人を演じると言うルール。
お姫様抱っこで恥ずかしさのレベルが可笑しくなっていた里桜はその誘いに何の抵抗もなくのったのだ。
実際疲れている事もあった。大地の膝の上は暖かく良い寄り掛かり先に丁度いい体格差であった。
「榊原君…有珠と青木君はちゃんとカップルになれたと思う?」
「…失敗するだろうな。チャンスをピンチに変えそうな気がする」
「それは…ありえるかも?」
その会話と状況を見れば集が大地に嫉妬する事は間違いなさそうな雰囲気をかりそめのカップルである二人は出していた。
集の告白は失敗…
と言うより無かった事になり集は再出発する事になる。