「行ってきます。今日は花火見て帰って来るから遅くなるから」
「ええ、行ってらっしゃいな」
母親に見送られて休日なのに制服で家から出た集が向かった先は、
学校…ではなくて花火大会が行われる河川敷に出展される屋台の近くだった。
屋台で物を買って食べて楽しんで…
そして学校の屋上で花火を楽しむ。
そんな予定だろうと考えていた集。
その考えはちょっとダメな考えだった。
花火大会の前日。
集の下に大地からメッセージが届いたのだ。
―明日の集合前に家に寄ってくれ―
―一人で持ち運ぶのはキツイ―
―あ、言い忘れていたが私と大城さんも参加するぞ―
「なん…だと?」
唐突に参加を告げられた集。
花火大会の説明をやけに詳しくされた時に、
そうなるんじゃないかって思ってもいた。
けれど前日まで何も言わなかったから別のグループに参加して。
そして有珠と二人きりになれると思っていたのだ。
慌てて大地に電話をする事にした。
「一体どういう心算だ?」
「つもりも何も、お前が資料返却の手伝いをブッチした結果だ」
「は?」
「だから手伝わなかった「集君」の代わりに手伝ってくれた「私」に?
大城さんがお礼をして下さるのだそうな」
「なるほど。なるほど」
「まぁ、まて集。
お前の気持ちを私は、「全く」「これっぽっちも」「全然」解からないんだが。
「実は初めて黒江さんと二人でデートが出来る!やった!わーい!」なんて考えていないと思うのだが?
だって「ヴァイオリンの練習に付き合ってくれたお返し」のはずだからな?
それでだ、そのタイミングで大城さんがお礼をしたいと言ってくださったのだ。
私に!
その真心に応える義務があると思うのだがその辺りをどう思う?
その原因が「集がどういう訳か約束を破って帰ってしまった」為なんだが?
私がこの大城さんからのお礼を受け取るのは悪い事だろうか?
全く悪い事はないな?
そうだよな?」
「…あ、ああ。
悪い事はないな」
もはや大地からの説明は、説明と言うより命令に近かった。
断ることなど出来なかった集は大地の家に向かう事になった。
そこで待っていたのは、大き目の一つ2リッターは入る空の水筒だった。
それが4本も用意されていたのだ。
「…大地?これはどういう事なんだ?」
「なに大した事じゃないさ。
彼女達に重たい物を持たせるわけにはいかないだろう」
「だな」
持ち上げてみればその水筒の中身は空で…
重さはほとんど感じられなかったのだ。
「え?」
「中身は彼女達と一緒に決める。私達の好みだけで入れる訳にはいかんだろう」
「それもそうか」
こうして大地と二人大き目の水筒を担いだ二人は集合場所へ時間通りに向かったのだ。
「おまたせ!」
「まった?」
みたいな事は起こらず。
集合場所としていた場所で笑いあう、青春を謳歌する学生の一枚の写真図の様な風景にはならず。
四人が行き会ったのは偶然もへったくれもない学校に通うために下りる電車の駅の改札口であった。
「「「「…」」」」
全員が全員無言になり…
そして目的に向かって歩き始めたのである。
何故か解からないがちょっとした気まずさもあり…
集合場所まで四人は誰も口をきかなかったのであった。
「オ、オマタセ」
「イ、イイエ。マッテナイヨ」
「ソレジャアイコウ」
「ソ、ソウネ!」
絞り出した4人が気まずさを覚えながら定番の挨拶?を終らせて歩き始めたのは、生真面目な4人らしく予定通りの時間だった。
有珠と里桜は大き目のバスケットに空のお弁同箱を用意してきていて。
里桜は大地に尋ねたのだ。
「二人とも、運動部とかじゃないから…これで足りるよね?」
「ああ、問題ないな」
いまはまだ屋台通りには人は少ない位で。
屋台の人も店を開け始める時間くらいだった。
それでも、この時間から屋台巡りをしなければ食べたい物も買えないし、混みあってきたら会場から抜け出す事も難しくなる。
「ねぇ有珠何を食べたい?」
「やっぱりりんご飴とかは外せないよね」
「かき氷は?」
「もちろん。持っていけないからここで食べちゃうでしょ?」
「そうね」
有珠と里桜の後ろをついて回る事になった集と大地であったが。
二人の可愛い会話を聞いて癒されつつ、ニコニコ笑いながらあっちへふらふら、
こっちにふらふらする二人を見ているのはとても楽しかった。
それだけでも集にとっては楽しい時間であった。
二人の持っていたバスケットの中のお弁同箱はそんなに時間もかからない内に充実していく事になる。
「お兄さんこっちに詰めてもらえませんか?」
「…おう!そっか進奏和だな?」
「はい!」
「おまけしてやんよ!」
「わぁ嬉しい!」
プラスチック製のトレイに入れてもらうんじゃなくて、
持ってきたお弁当箱に詰め込んでいく店員も慣れた物で躊躇う事も無かった。
持続可能な環境を考えた優秀な進奏和の生徒らしい行動…
なんてことは無くてそれは別の理由があってそうなっているのである。
屋台での買い物にそれなりに時間をかけつつ…
「ねね。有珠。どれが食べたい?」
「やっぱりブルーハワイとイチゴかな」
「私はメロンとレモンも手を出してみたい」
かき氷屋の前で二人は完全に止まってしまったのである。
「お兄さん!ミックスって出来る?」
「それはちょっと苦しいなぁ」
「だよねぇ」
じゃ、じゃ…
里桜は集と大地を向いて良いかなって?同意を求めるようなそぶりを、
見せてきたのだ。
つまり集と大地がメロンとレモンで…って事だった。
唐突に始まった事で有珠と集は動揺を隠せなくなりつつあって。
けれど大地と里桜はそのまま何事も無かったように、
頼んだかき氷を受け取ったのだ。
冷たくておいしーと、普通の感想を述べつつ、
里桜は大地に食べきれなかった自身の残り(ほとんど食べてない)を、
大地に渡すと大地が掬い取っていたスプーンに乗っていたかき氷をパクリと加えこむ。
「…うん、レモンも冷たくて良いわね」
「そ、そうなんだ」
その中で一番驚いていたのは有珠であり集もまた「え?この二人ってそういう関係だった?」と確認したくなっていた。
大地と里桜のその雰囲気は…
何ていうかカップルのする行動だったのだ。
けれど二人とも頬を赤らめるとかそういった仕草をする事もなく。
普通の事でしょうと気にも留めていなかった。
そしてあっけに取られて「あれ?アレ?あれ?」と思っている間に、
コンビニに寄った4人はペットボトルの飲み物を買って、
水筒へと詰め替えた後、日が暮れる前に学校へと場所を移す事になったのである。
土日であっても学校である。
食べ物の持ち込みには煩い。
花火大会の屋台で売っている様な物を持ち込ませない様にする為。
わざわざ解放してある裏口にはその日限りで雇った持ち物チェック用の警備員がいる位である。
勿論…その警備に有珠達が引っかかる事は無かった。
「屋台で買ったような物はないね?」
「はい!持っているのはお弁同と飲み物だけです!」
「…そうだね」
こうしてお
四人は屋上の一部に陣取って花火大会が始まるまでゆっくりと待つのである。
「…ちょとはしゃぎすぎてしまったかしら」
「里桜?大丈夫?」
「ええ。楽しくってねっ」
初めてにしては手際も良く目的の場所を陣取る事も出来てしまったのであるが。
里桜は病み上がりでもあり体力的にはまだまだ戻り切っていなかったのか。
屋上に敷いたレジャーシートの上に寝転がる事にしようとしたのだが…
「…なら保健室のベッドを少々借りるとしよう」
「え?!あっ…お願い」
大地はレジャーシートに寝転がった里桜を抱き上げると、
そのままお姫様抱っこをして立ち上がったのである。
その行動に里桜は驚いてそして完全に顔を赤らめていた。
けれど大地に寄りかかる様にしてじっとしたのである。
「始まる前には戻ってくるつもりだから、二人は場所取りをよろしく。
何、少しばかり涼しい所で休めば体調も戻るはずだ」
「ご、ごめんね有珠」
「大丈夫」
そしてあっという間に里桜と大地は屋上から去りその場には有珠と集しかいなくなったのであった。
日が落ち始めて周囲が薄暗くなることで、
真っ赤に染まった夕日が情熱的に二人を照らして長い影を造っていた。