暑すぎるひと夏が始まる前。
進奏和高校の近くの自治体が主催で行うちょっと変わった風物詩。
6月の初旬に行われる花火大会は天候不良によって開催日がコロコロ変わる不思議な花火大会だった。
打ち上げの開催日が長引いた分だけ屋台の出店が延長される。
その為に雨天による延期を喜ぶ人もいる。
それ相応に期間の長いイベンドになりがちの賑やかな物だった。
晴れの日の週末に行われる事から下手をすると2~3週間続きそれは祭りと言うより何かのフェアの様相になってくる。
それでも花火大会という名目で行われていた。
集の高校時代の思い出に色恋沙汰が含まれるのは卒業間際。
彼自身が存在を知らないと言うよりもその屋台が出ている時期。
それが花火大会だったという認識が無かったからに他ならない。
「なぁ大地。花火大会なんてあったんだ」
「知らなかったのか?
あれだけ屋台が並んで組み立てが始まっているではないか」
「アレがそうだったんだ」
「鈍感にも程があるぞ…
と言う事は大事な事を知らないな?」
「大事ってなんだよ?」
「進奏和のとある界隈の生徒はこの花火大会を独特の方法で楽しむのだよ」
「は?」
「花火の打ち上げ会場は河川敷で行われるが高校からそんなに離れていない。
そして学校は他の場所より高い場所にあるのだ」
「…それは解るが何の関係が?」
「花火大会当日は土日である事から特定の部活動は校内宿泊で合宿をする場合がほとんどなのだ」
「へぇ、生徒ならではの特等席で花火を見る訳か」
集はそのある種の強かさに感銘を受けると同時に、物は言い様なのだと改めて考えさせられていたのであるが…
そこからの大地の説明は可笑しなことになっていく。
「それもある。
だがそれは些細な事らしいぞ。
これはあくまで偶然なのだがな。
野球部やサッカー部等の部長クラスとその時だけ大量に発生する部長補佐が出来るらしい。
そして、その吹奏楽部の合宿に付き合って補佐達は荷物運びを体験して全国大会で応援する時の楽器の搬送手順を合同で確認する為なのだそうだ。
野球部もサッカー部も大会当日手伝う訳ではないのだかね」
「ほほう?」
夏の大会は大きな大会が続く。
それは勿論サッカー部も野球部も応援は欲しいだろう。
その協力の為に手伝いをする事は悪い事じゃない。
…はずだ。
「熱い友情と応援に気合が入る事によって応援と演奏に熱がはいるそうだ。
友情以外にも何か特別な事が芽生えるらしいがね」
「へぇ…」
「花火大会以降校内での親睦は深まる様で男女の友情が多くなるそうだ。
友好関係が深まって実に良いと思わないか」
「オイ…」
色々と隠しきれない部分が表層の裏にありそうなことが…
「まぁ増えた友好関係も10月位にはなくなってしまう儚い友情の様だし。
ひと夏の思い出となる事が多いそうだ」
「なるほど?」
「ここで重要なのだが部活の活動範囲を超えて男女の友情を深めようと考えてくれる生徒が多いらしくてな。
午後10時くらいまでは学校の非常口は解放されたままになるそうだ。
ひと夏の情熱的なあばんちゅーる♡を…じゃなかった。
友情を高め親睦を深める為に合宿に参加する生徒達が自由なる扉を開けてくれるらしい」
仕舞には大地も隠し通せない事がポロポロと出てきているが、
それでも健全ではある。
むしろ学校であるが故に間違いも起きない安心感もあった。
「あー…良いのかソレ?」
「生徒の自主性を鍛えあげる実に良いトレーニングらしい」
「そうなんだ」
確かに学生で無くては学校に合法的に泊まる事は出来ないだろう。
しかも正当な理由付けをしながら学校での一夜は、健全で深い友情を結べるに違いない。
更にその御裾分けまで考えてくれて校内に招き入れてくれると言うのは至れり尽くせりだ。
苦笑いをしつつ集は納得したのだ。
だが大地の話はここで終わってくれなかった。
「そうなのだ。
だから喜べ集」
「何を喜べばいいんだよ」
「勿論進奏和らしい花火大会を楽しめと言う事と余計な事を考えるなって事だ」
「…は?」
「この事を教えてくれたのは大城さんだ。
恐らく花火大会当日の予定は決まっている。
だから「制服」で待ち合わせ場所に来いって事だ」
「…解った」
大地によって良からぬ方向に暴走しかねないブレーキを掛けられた集。
その暴走と違う形で有珠達もまた花火大会当日までに色々と考えなくてはいけない事が出来ていた。
有珠と言うよりは里桜であるが。
「有珠にも心に留める人が出来たのね」
「そ、そんなんじゃないわ」
「そうかしら?
否定しても説得力ないわよ。
特にヴァイオリンの練習もそうだったけれど、
花火大会に誘ったのでしょう?」
「それはっ!これでもう部活動に誘われないって思ったら、
嬉しくってちょっとだけ。そうよちょっとだけ開放的になっただけなの!」
「わざわざテスト結果を青木君が待っていた屋上にしに行ったのに?」
「練習に付き合っていたのだから結果の報告位するでしょ?!」
「そうねー」
「里桜!」
「でも、花火大会。
学校の屋上でって、考えてるでしょ?」
「え?あ、うんそうだよ」
「…ねえ有珠?花火大会当日学校の屋上に上がれるって誰に聞いたの?」
「クラスメイトの子。情報通のあの子に教えてもらったわ。
とても見晴らしが良くって、高さもあるから良く見えるんですって」
「…ねぇ聞いたのそれだけ?」
「それだけだよ」
「そう」
「だから当日は里桜も一緒に行こうね!」
「…へ?」
「やっぱり夜暗い中、学校から帰る事になるでしょう?
なら、帰りは二人の方が安全でしょ?」
「…確かに安全なのだけれど」
「なら…」
「わ、解ったわ」
有珠の集に対するその言動はあくまでもお礼なのだ。
それ以上に考えて動いているように見えても、それは見えているだけなのである。
純粋に集に練習を手伝ってもらって感謝しているからこそのお礼。
けれど集の有珠の触りづらい心にスッと入ってきて手助けをしてくれる所の心地よさを感じているのは確かであった。
集が有珠を良く知りすぎているからこそできる心遣いであり、他の人にはまねできない事であった。
中学の部活動で普通以上に目立った有珠に声をかけてくる人は多かった。
有珠を横に置いて自慢したり、恋仲気取りで奉仕する事になった事もある。
相手のメンツをつぶさない為の配慮はした。
そのお返しにプレゼントも貰った事もある。
そう言った関係になれる人は多かった。
有珠は基本的に優秀で何でもそつなく熟してしまえるために手伝う事は多い。
けれど自身が困っている時に手伝ってもらったから助かったと言うのは、
今回のヴァイオリンの練習が初めてだったのだ。
だから自然と喜んでいたし、お返しをしなくちゃいけないではなくて。
したかったのだ。
クラスメイトの友達から聞いた花火大会のイベンド内容は有珠にとって助け舟となっていたのである。
ただし…
その助け舟の形がちょっと…
いや…かなり「愛」に満ち溢れた形のイベントであることに本人が気づけていなかったのは問題かもしれない。