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第26話



昨日とは違って顧問の教師を説得すための練習を始める事にした有珠は二手に分かれる事を提案して有珠と集、里桜と祥子に分かれての練習を始める事になる。


「私と祥子は向こう側のちょっと日陰になっている所で練習するわ」

「解ったわ」

「ともかくお互い頑張りましょう」

「ええ」


分かれての練習でありあまり他人に見られたくない有珠は昨日と同じ場所で。

里桜と祥子は別の木陰のベンチがある場所に移動する事にしたのだった。

有珠はそのまま練習の準備をするものの…

その隣で楽器ケースから取り出した集のヴァイオリンに視線を向けて…


「え、えと青木君?そのあまり言いたくはないのだけれど?

持ち方が少し違うんじゃないかな?」

「あ、うん。違うけど弾けるからこれでいいよ」

「いいよって…」


集のヴァイオリンの持ち方は特殊…というか独特だった。

独特過ぎて曲芸師の様な形で真面目に弾いているとは思えない格好だった。

けれど…


~♪


弾けてしまったのである。

ねじ曲がった努力の結果だったと言えばそれまでなのだが、所謂ギャップ萌えであると表現すべきか。

ある程度の人の集まりの中で一発芸を求められた時、集が披露するべく努力し進化した結果であった。

何とも言えない複雑な表情を見せる事になる有珠。

その曲芸に近い格好での演奏を見て遠くで集の姿を覗き見ていたアリスは爆笑していたが、その事を知るすべはない。


「まぁこんなもんさ」

「ある意味素晴らしい演奏だったわ青木君…

真面目に演奏する気はある?」

「当然」

「なら私と同じように構えて頂戴」

「おーけーおーけー」


まったくもうと言いながら有珠と集は練習に励む事になる。

しかし…

音の重ね合わせと集の作り出すリズムはやはり有珠にとって理想であった。

音程と音の響きはともかくその他があまりにも有珠に心地いい。

その集との2週間の練習は有珠にとって掛け替えのない楽しい時間となった。

2週間と言う練習時間の最終日の事である。

これから音楽室で審査を受ける前。

有珠は集と最後の調整的な演奏を屋上でしていた。

自身のリズムを完全に作り上げる事が出来ていた有珠は嬉しさと自信に満ち溢れていた。

大丈夫上手く腕は動く。

そう自分が納得できるほどに。

上達の速さもさることながら演奏スタイルを曲芸から普通に戻された集はその日は通しで有珠のテスト用の課題曲を仕上げる為の音を合わせていた。

しみじみと有珠の演奏に合わせながら集は演奏の合間に有珠に話しかけたのだ。

それほどまでに余裕が二人の間には出来ていたのだ。


「ずいぶんと黒江さんは楽しそうに演奏するね」

「あらそれは青木君だって同じじゃない?

演奏スタイルはあまり褒められた物じゃないけれど…

真面目に練習していたらオーケストラの一角を担える様になれるんじゃない?

今からでも本格的に始めてみたら?」


脳に響き渡るその言葉は集にとって思い出を思い起こさせる言葉だった。

冗談交じりに…それでも確実に集を誘う様にしながら、

その時の有珠は集を話しかけそして説得してきたのだ。


「…ああそう、かもしれないな」


けれど集はその選択をしなかった。

折れる事はしなかった。

夢を追いかける事を諦められなかった。

あの時、集は夢へと近づく切符を確実につかんでいた。

その列車に乗り遅れる訳にはいかない。

乗り遅れたら今までの努力が無駄になる。

確かに当時有珠と演奏するのは楽しかった。

その時間は尊い時間だったと思う。

けれど有珠から音楽の道に進んではと言われた時迷えなかった。

迷えるほど楽器を弾く事を好きになれなかったのだから仕方がない。

言い訳にする事も出来ず。

それ以上この誘いの事を思い出したくなかった。

だから「かも」で終わらせるのだ。

高校生の可能性に満ちていたこの時期ですら照らされた可能性の一つ。

その道を歩くと宣言は出来なかった。


「そろそろ時間じゃないか?」

「ああ…そうね。それじゃぁ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」


集はそのまま有珠を屋上から送り出したのであった。

一人残された集は呟かずにいられない。


「まいったね。

遠い未来で直接言われる事になる事を学生の時に聞かされることになるなんてさ。

確かに、ターニングポイントだったのかもしれないけど。

そうであったとしてもあの時に有珠の言葉に賛同する訳にはいかないんだよなぁ。

やっぱさ、夢を捨てられるほど僕は強くなかった事は悔しいけど認めるよ」


誰に対して言った言葉でもない。

それは自分と未来の自分に対して宣言した集の弱音と本音だった。

本質的に有珠よりも夢を選んでいたと言う事なのだろう。

しばらくすれば音楽室から有珠のヴァイオリンの音が聞こえてくる。

姿を見ていなくとも聞けば演奏していると解る自分の耳に感謝しながら。

有珠のテストが順調に始まった事だけは解ってしまう集であった。




音楽室で吹奏楽部の合同練習が始まる前の時間。

その僅かな時間を使って有珠のテストは行われる事になっていた。

休憩時間の様な集合するまでの時間の合間での事である。

とはいうものの部員たちはそのテストを見たかったのかほとんどの部員が集合していた。

その中心で指揮を取る顧問の教師の前での演奏である。

顧問の教師にとってこのテストは有珠にヴァイオリンを諦めさせる場所としか考えていなかった。

合格なんて出すつもりは無かったのである。


「さて黒江、約束は覚えているな?」

「はい。フルート以上にヴァイオリンを弾ける事を示せばよいのでしたね?」

「あぁそうだ。

お前はヴァイオリンよりフルートの方が似合っているからな?

もうヴァイオリンは諦めろ?お前に…」

「それは演奏が聞き終わってからお願いしますね」

「…解った」


有珠の奏でた音は周囲を魅了する。

集のヴァイオリンの演奏する姿こそ可笑しかった。

しかしその中に隠れていた「未来の有珠」の演奏は確かにあった。

見えなかった理想を見る事が出来た有珠。

それだけで短時間で飛躍的に音に彩を与え有珠の時間を進める結果となった。

演奏の評価は言葉によって言い表せる結果とはならなかったのである。

周囲にいた吹奏楽部員達が演奏の終わりと同時に拍手をして祝福してくれたのだ。

自然と叩かれる拍手。

それが覆せない評価。

その結果に顧問の教師も指導員たちも認めざるを得ない空間を作り出していた。


「如何でしたでしょうか?」

「…ああ、周囲の拍手が評価だろう。

認めよう黒江。お前はフルートよりもヴァイオリンを学ぶべきだ」

「ありがとうございます」


その結果を聞くだけで良かった。

それで有珠はもう吹奏楽部との直接的な勧誘も関りも持つ必要が無くなったのだから。

有珠にとっては最高の結果。

けれどその有珠の結果こそが次の悪夢が始まる原因となる。

災厄の種が芽吹く結果となるのであった。


部長である涼子は追い詰められる事になる。

叶えられなかった全国大会優勝の夢。

その夢を叶えるために必要だった有珠はもう入部しない。

そして場合によっては有珠について楓も辞めてしまうかもしれない。


「も、もう聖さんだけは…、彼女だけは逃がすわけにはいかない」


その心の隙間に滑り込んだ悪意は徐々に形を作ることになる。

有珠の吹奏楽部からの解放と同時に、

楓は根深い所に捕まる事になる。



合格の結果は聞くまでもないが集は屋上の練習場所から動く事は無かった。

そしてテストを終えた有珠はその報告をしに屋上にいた集の所に走ってきたのである。

その走りに合わせて集は片腕を上げる。

その上げた腕に対して意を組んだ有珠は走りながら手を当てるのだ。


パァンと綺麗な手を打ち鳴らす音が響いて。

あはははと自然と有珠は笑い声を漏らしていた。

その声につられる様に集も笑顔になる。

結果は聞くまでもないから集は何も言わずに祝福する。


「…おめでと」

「ありがとう」


解放感に満ちた表情をする有珠はそのまま集に提案をしたのだ。


「ねえ青木君。近い内に花火大会があるって知ってる?」

「いや知らない」

「ならちょっと遊びに行かない?

色々と解放されて遊びたい気分なの。

付き合ってね!」

「あ、うん」


その拒否をされるとは思わない屈託な笑顔を向けられた集。

余りにも有珠が可愛すぎて直視する事が出来なくなり、

空を見上げながらなんとか返事だけはしたのだった。

耳が真っ赤になっている事を気付かれなかった集は運が良かったのかもしれない。

ともかく一つの厄介事を終えた二人はそれなりに仲を深める結果となっていた。



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